2-21 ずいぶん眠っていたみたい
目を覚ますと私はグテーナの領主邸にいました。目覚めたと知れるや否やお医者様に領主のグテーナ伯爵、それにセレスタン様までがお部屋へいらっしゃって、ふかふかのベッドを堪能する暇もないまま。
お医者様がおっしゃるには、私は体内のマナが枯渇して死にかけていたそうです。とっても叱られました。マナがなくなったら死んでしまうと知ってはいるのですけど、体験してみないとわからないものだ、ということを学んだというか。
王国騎士の一団からさらに一歩遅れてグテーナへ戻っていらした伯爵様は、始終感謝を述べてくださって私の方が恐縮しっぱなしでした。伯爵に頭を下げられては困ってしまいます。
一通りの診察やご挨拶を終えたところへ食事が運ばれて、私は壁際の小さなテーブルへ。
窓から入る光は真っ白で、まだ朝なのだろうということが窺い知れます。
「腕、大丈夫そうで良かったです」
窓辺に立ったセレスタン様の左手はすっかり綺麗になっていて、腫れなどもなさそう。きっとお医者様の処置が素晴らしかったのでしょう。私の必死の毒抜きも多少は役に立っているといいのだけど。
彼は左手を持ち上げて握ったり開いたりしながら頷きました。
「ああ、おかげさまで」
「さっき伯爵もおっしゃってましたが、火は消えたんですよね」
トロトロのパン粥を掬ってフゥーと湯気を吹き飛ばしながら尋ねると、セレスタン様が反応するより先に給仕のメイドさんがお顔を真っ赤にしながらこちらへと小走りで駆け寄って来ました。
「もっちろんでございますっ! 聖女様がお降らせになったあの大雨は二晩続き、森の火はもうすっかり! 行方の知れなかった民も無事に保護していただきましたし……っ」
「よかったです……」
目に涙を浮かべて主張するメイドさんの様子に、私はどんな顔をしていいのかわかりません。スプーンをぱくっと口に入れるとミルクのまったりしたスープとコンソメの塩気がじゅわっと広がって、その温かさが身体中に染み渡っていくようです。
美味しい……。そっか、二晩も降りましたか……二晩……。
「ふたばんっ?」
「はい!」
「え……私そんなに寝ていましたか」
「はい! ですからお腹に優しいお粥を」
「寝てたというか生死をさまよってたんだ」
セレスタン様が不機嫌そうにそう言いました。
マナ枯渇の影響ってそんなに大きいのでしたか。生きててよかった……。と安堵の溜め息をついたところで、セレスタン様が難しいお顔のままメイドさんに外へ出るよう命じます。
小さく頭を下げて部屋を出て行くメイドさんを見つめながら、私はパン粥をぱくぱく食べ進めます。とても美味しい。
「君には聞きたいことも言いたいこともたくさんあるが――」
低い声で静かに言いながらこちらへ近づいてくるセレスタン様。ちょっと怒ってるような、そうでもないような。
私の真横まで来ると私の手からスプーンをとって皿に戻し、ぎゅーっと私を抱き締めます。
「ひゃっ?」
「二度と、もう二度とあんな馬鹿なことはやめてくれ。たとえ救われても君の命が失われたら俺は生きる意味がなくなるんだ」
「生きる意味って、大袈裟な」
「騎士の誓いを舐めるな」
声は怒ってるのに、私を抱く手は優しくて。でも苦しいくらいに抱きしめられて。
確かに、彼は命に代えて私を守ると誓ってくれているのでした。もし彼を助けるために私が死んでしまったら本末転倒と言えましょう。
「でも毒はちゃんと吐き出しましたし」
「それも許しがたいが、その後だ。怪我を治すためにマナが尽きるまで祈るなんて、もう絶対にやめてくれ」
「は? え? マナの枯渇は雨を降らせたせいでは?」
「医師にもグテーナ伯爵にもそう説明しておいた。だが雨が降り出したとき君はまだ元気だったろう?」
身体を離し、セレスタン様は左の袖をまくりました。やっぱり毒に侵されたとは思えない綺麗な肌で……ていうか、狼の引っ掻いた痕さえも綺麗になくなってるんですけど! さすがに二晩でここまで治るのは治癒力が桁外れすぎます。
「え。怪我がすっかり治って」
「怪我を治す聖女なんて聞いたことがない」
「私もありません」
「だがこれは君がやったとしか考えられない」
精霊が私の指先に頬擦りをして、火傷みたいなヒリヒリしたのが治ったのを覚えています。そのときも、精霊が怪我を治すはずがないから思い過ごしだと思って……。
「そういえばステラが、『えらかったね』って私たちの手を握ってくれて」
「ステラめ……!」
小さな声でそう呟いて、セレスタン様は再び私を抱き締めました。大きな溜め息をついた彼が少し震えているような気がして、その頭をゆっくりと撫でます。
「ごめんなさい」
「無理はしないで」
「はい」
でも、セレスタン様が無事でよかった。それにきっと今後も同じ状況に陥ったらそうしてしまうんだと思います。私だってセレスタン様のいない生活なんて、もう想像できないんだから。
「ひとまず、君に治癒能力があるかもしれないってことは誰にも言わないでくれ。バルバラ様や陛下に上奏し、意見を窺ってからでないと――」
そこへノックの音が響き、セレスタン様は大股で扉の方へ。やって来たのは王国騎士の人だったのですが、私に向けて右手を額のあたりにピッと掲げて敬礼をするとすぐ、セレスタン様に向き直りました。
彼らの話し声は聞こえてきませんし、私は目の前のお皿を綺麗にするべくお粥を掬っては口に運ぶ作業を進めていきます。あっ、チーズも入ってる! おいしい!
「病み上がりのところ大変すまないんだが、食事を終えたら早速ここを出て王都を目指したい」
しばらくして戻って来たセレスタン様はため息交じりにそう言いました。




