2-13 ふたりの絆
ビビアナ殿下は聖女見習いとして思った以上に真面目に修行に取り組んでいます。修行と言っても朝と夕のお祈りや畑仕事を除けば、バルバラ様から聖女としての業務を引継ぐことが主ですけれど。
大聖樹に向かってお祈りをすることで体内のマナが淀みなく循環し、畑仕事を通して体力をつける。あとは教典をおさらいして精霊の歴史や聖女の意義を学び、各地の教会で民に精霊の声を届けたりも。お身体にさわりますから今はバルバラ様が王都から出ることはなく、そのお仕事は次代の聖女から再開される予定です。
ビビアナ殿下が何から何まで私と同じことをするのは立場上難しいようですが、朝のお祈りだけは欠かしたことがありません。
そして兵士に対する慰労を兼ねて王都外の演習場へ視察に行ったり、各国の使者をもてなしたりという公務の合間を縫ってはバルバラ様に教えを乞いに来るのです。
それはまるで自分が聖女でなければならないと思っているかのような、焦りや必死さを感じさせるほどのものでした。
正直言うと、私は少し浮かれていたのかもしれないと気落ちしています。聖女だともてはやされ、キラキラのドレスやセレスタン様から受ける特別扱いに有頂天になっていたのではないかと。
国民が求める聖女ってビビアナ殿下のような人なんだろうな、なんて……。
「元気がないようだけれど、大丈夫?」
今日も朝のお祈りを終え、バルバラ様のお屋敷での事務仕事に向かおうとしたところでバルバラ様から声がかかりました。周囲は蝶や鳥の形をした精霊様が飛び回るばかりで、ビビアナ殿下の姿はすでにありません。
「バルバラ様……。いえ、元気です。ありがとうございます」
「あなたがここへ来て、早いものでそろそろふた月ね」
そう言う間にも何度か咳を挟んでいて、本当に苦しそう。議会はすぐにも聖女の交代を望んでいるそうですが、彼らが私を聖女と認めるまで引退はしないと言ってくださるのが心苦しくて。
「そんなに経つのに私はまだ自分が聖女だと認めさせることもできなくて、それに心構えもまるで足りてなくて……」
「あらやっぱり落ち込んでいたのね。認めさせられないのはわたくしの不徳だわ。ごめんなさいね」
「いえ、そんな!」
体調も思わしくない中で、次の聖女をビビアナ殿下で決定させようとする議会と真っ向からぶつかってくださっていると聞きます。それに、「いずれハッキリする時が来るから」といつも私を励ましてくれる。不徳だなんてとんでもないことです。
バルバラ様は私にひとつ頷いて見せてから話を続けました。
「心構えは……そうね、そんな風に自己を振り返ることができたのは精霊様のお導きだけではないわ。あなたが聖女であろうとするからだもの。大丈夫よ」
「そうだといいなとは思うんですけど……」
「そうよ。一生懸命やっていると、このわたくしが保証するわ」
バルバラ様はご自身の胸をどんと叩いてみせます。
その包容力というのでしょうか、私にとってはお母さんみたいで。いや失礼だってことは重々承知してるんですけど。でもたまに甘えたくなってしまうのです。それでつい抱き着いてしまったりして。
「バルバラ様ぁ~」
「あらあら。では大聖堂へのお使いを頼まれてくれる? きっと美味しいお菓子を出してもらえるから、少し気分転換をしていらっしゃいな」
ぱちりと片目をつぶって見せたバルバラ様が可愛くて、またその心遣いが嬉しくて、私たちはクスクスと笑い合いました。
バルバラ様から預かった荷物を片手にセレスタン様を探します。城の外に出るのだからついて来ていただかないといけないのです。
「そんなに離れたところにはいないと思うけど……」
いつもなら朝のお祈りが終わる頃に迎えに来てくれるのですが、見当たらないということは他のお仕事が立て込んでいるのでしょうか。
遅くなるようなら別の護衛を探せばいいし、いったん自宅に戻って彼が来るのを待つことにしました。
が、途中の東屋から激昂する女性の声が聞こえて来たのです。それは紛れもなくビビアナ殿下のもので。いつも王女らしく、そして聖女らしくと心掛けている彼女にしては珍しい剣幕です。
つい好奇心で足を止めて様子を窺ってしまいます。
「なぜあの人なのっ? わたしの騎士になってくださるって信じてたのに!」
「殿下……」
お相手の声を聞いてびっくりして声を出してしまうところでした。ビビアナ殿下のお話し相手はセレスタン様だったのです。
気付かれることなく東屋の脇を通り抜けようと、そっと足を忍ばせます。
「昔からタルカークで剣の腕を磨きたいと言っていたでしょう? わたしなら連れて行ってあげられるのよ?」
「お言葉ですが」
「いやよ。そんな他人行儀な言葉遣いはやめてちょうだい、お兄さま」
甘えるような、けれども切実さをはらんだ声に胸が苦しくなりました。ビビアナ殿下のセレスタン様への気持ちが痛いくらいに伝わって来て。
タルカークというのは我がアルカロマ王国の西に位置する隣国です。我が国と同じくらい魔術師が多い上に剣術においてもかなり精強な兵団を抱えているのだとか。それは淑女教育の中で教えてもらいました。
剣の腕を磨くとなれば彼らの修練に混ざるということでしょうから、それを叶えられるのは王族をおいてほかにいないでしょう。
私はセレスタン様の願いを知らなかったし、知ったとて現実のものにする力を持ちません。
「いいえ。ご自身のお立場を――」
「ちゃんとわかってるわ! だからこうして頑張ってるんじゃない!」
「殿下、どうか落ち着いて」
一度は落ち着いたかと思われたビビアナ殿下が再び声を荒げ、セレスタン様の優しい声がそれをなだめます。私は音をたてるのも気にせず走ってその場を後にしました。
ふたりが積み重ねてきた時間や絆を見せつけられているようで、もうこれ以上聞いていられないもの。
飛び込むようにして自宅へ戻ると、ダイニングの椅子に腰かけてウトウトしていたらしいベアトリスさんが「ヒッ」と声を上げて立ち上がりました。
「お、おかえりなさい……?」
「ただいま」
「なんだか顔色が悪いですね、お茶を淹れてあげます」
「……え?」
今までセレスタン様がいらっしゃるときにしか淹れてくれなかったのに、どうした風の吹き回しでしょうか。
でも私の様子がいつもと違うのだと気付いてくれたのなら少し嬉しい。




