2-11 真の聖女は
さて、お茶会が始まってからどれだけの時間が経ったでしょうか。
当初予想した通り、王女様の取り巻きのご令嬢たちは私をいじめることに夢中になっていました。故郷を「聞いたことがない」と嘲笑ってみたり、下町言葉……いわゆる平民の発音ですね。それを揶揄する目的で何度も聞き返してみたり。
けれどビビアナ王女殿下がずっと想定外の動きをするので、不愉快よりも感心のほうが強いというか。
たとえば私の故郷、リトンという街を知らないと笑う令嬢たちにビビアナ殿下は、「国境を守る大侯爵家の飛び地でしょう」と眉をひそめました。そしてどういった歴史的背景のある地かを簡潔に説明するのです。彼女の言葉や表情は、まるでそれが貴族として知っておかなければならない最低限のことだと言っているみたいでした。
令嬢たちが私の発音を揶揄って聞き返す際にも三度目には咳払いをしていましたし。それに私の隣に座るご令嬢が銀器を落としたとき、拾おうとする私をビビアナ殿下が呼び止めました。なんでしょうかと返事をする間に給仕が銀器を拾って新しいものに変えたのです。なるほど確かにマナーの先生もそう説明していたような気がする、と思い出したことで確信しました。殿下はきっと嫌がらせに慣れてないぞ、と。
きっといつも令嬢たちの模範であろうとしてきたんだと思います。その癖が抜けないんじゃないでしょうか。おかげさまで、私は細々としたルールやお作法を知ることができたわけですけど。ありがたや……。ただやりづらそうにする令嬢たちのお顔が面白くて笑ってしまいそう。
そんなビビアナ殿下が挑むような目で私を見据えました。
「それで、聖女候補だと言い張っているようだけれど」
「言い張っ……はぁ」
言い張ってるつもりはない、とは言いづらいですよね。正しくは次の聖女だと信じているというか、言い聞かされているというのが近いのですが。そう思わない人からすれば言い張っているように見えると思います。
「精霊の預言は確か『北はヤエル山地、東はゼハン港』の間で次代の聖女が生まれたとか。実は預言のあった頃、わたくしもその範囲内で生まれたのよ。お母様の体調が芳しくなく、北の王領で静養なさっているときにね」
ビビアナ殿下と私が同い年であることは、私だって国民ですから知っています。
それにマナーを教えてくれる先生をはじめ真の聖女が他にいるという話はそこかしこで聞かされていました。もしかしてこの話の流れ、殿下の言わんとしていることって……。
言葉を切ったビビアナ殿下が従者に目配せすると、従者はどこからか大聖樹の枝を平たい箱に載せて持って来ました。殿下が立ち上がってそれを手に取ります。
「ご覧なさい、誰が真の聖女であるかを教えてあげる」
枝を掲げ持ったビビアナ殿下を、古いデザインの衣装をまとった幽霊がおろおろと見守っています。殿下は「ふんぬぅ……っ」とお顔を真っ赤にさせながら枝を持つ手に力を込めました。ちょっと可愛いです。
ただ握り締めてどうにかなるものではないのですが、と思ってももちろん口には出せません。でっぷりとした幽霊さんも困った顔で殿下を見つめるばかりです。
「まぁ! さすが殿下ですわっ!」
「やはり真の聖女は殿下であらせられたのですね!」
私がぼんやりと幽霊の様子を眺めていると、ご令嬢たちがきゃーきゃーと歓声をあげました。びっくりして視線を戻せば、なんと僅かに光っているではありませんか!
リトンの街の教会で私が手にした枝と比べると少し光が小さいような気がしますが、それでも確かに光ってる。
勢い余って思わず席を立った私に、他のご令嬢も立ち上がって殿下を守るかのごとくこちらを向きました。私の隣に座っていた、銀器をわざとこちら側に落とした赤髪の令嬢が閉じた扇をびしっと私に突き付けます。
「どうやって聖騎士団を騙したのか知らないけど、あなたが偽物であることはこれで明白になったわね」
「ち、違……っ! 私は精霊の姿が――」
「黙らっしゃい!」
赤髪の彼女はテーブルに並ぶカップに手を伸ばしました。瞬間、あのお茶を浴びせられるのだと悟りつつも、それを防ぐ手立てなんてこの一瞬で思いつくわけもなく。反射的に顔を背けて熱いお茶の到来を待ちます。
「きゃあ!」
突然胸元に腕が伸びて後方に押しやられ、目の前に誰かが立ちふさがりました。大きな背中です。ふわっと漂ったムスクとシダーウッドの混じる香りはセレスタン様に違いなく。
直後に令嬢たちの悲鳴があがりました。セレスタン様はお顔だけで振り返って私の無事を確認します。
「大丈夫か?」
「は、はい。私は。でもセレスタン様が」
「君が無事なら何も問題ない」
そう言って少しだけ笑ってから、前へと向き直りました。
「な、なぜお兄さま……いえシラー伯爵がここに」
「殿下、私は彼女の護衛です。なんの不思議もありません。……ところでこれはなんの騒ぎです?」
通常よりもさらに低い声は彼が怒っていることの証。対照的にビビアナ殿下のお声は少し震えていました。
「わた、わたくしが真の聖女であるとお伝えしたまでよ」
「まだそんな戯言を……道理で議会があの様子だったわけだ。とにかくこんなところに彼女を置いておけない。御前失礼する」
セレスタン様は嘆息し、私の手を取ってご令嬢たちに背を向けます。私は腕を引かれながらも慌てて汚く乱れた淑女の礼をとり、セレスタン様の後に続きました。
「いっ、いいんですか、あんな態度」
「聖騎士には特例がある。相手が王族であろうと聖女のためなら礼を失して構わないってね」
いたずらっ子のように片目をつぶって見せる姿はとってもかっこよくてドキッとしてしまうのですけども、でも、私は偽物だって話をしてるときにその特例って通るんですかね?
「紅茶、すみません」
「大丈夫。着替えたら気晴らしに外に出ようか?」
思いもよらないセレスタン様からの提案に二つ返事で賛成します。やったー、またデートだ!
……でも服がないかもっ!




