2-10 お茶会は波乱の幕開けで
鏡の中の私は昨夜とは打って変わってとてもヨシです。お化粧のおかげかパッチリおめめにツヤツヤのお肌。どことなく妹にも似ているような。双子なんだから当たり前と言えばそうなんですけど。
今日、私はバルバラ様のお屋敷でバルバラ様の侍女さんの手をお借りして身支度をしています。衣装はセレスタン様が買ってくださったドレス、髪の毛はハーフアップ……って言うんでしょうか、綺麗にまとめてもらって。
念のためセレスタン様にいただいた物をこちらに置かせてもらってたのが大正解でした。そもそも自宅のクローゼットに入りきらないせいもあるのですけどね。
支度するのをそばで眺めていたバルバラ様がニッコリ笑いました。
「見違えるわね、とっても素敵よ」
「猫だってブーツを履けば貴族の従者になると言いますもの」
「謙遜も過ぎれば美徳にならないわ。それにしても王女殿下ったら、お披露目もまだなのにお茶会に招待なさるなんて。しかも昨日の今日とは!」
バルバラ様は目の前までやって来て、眉をひそめながら私の襟元のヨレを直してくれます。
「嫌がらせをされているという報告は受けています。こちらでも目は光らせているのだけど、どうしても手の届かないところがあって……。わたくしはそれがとてももどかしい」
「いえ、大丈夫ですから」
ご年齢のせいか背中は少しだけ丸くなっているけれど、それでも私とほとんど変わらない背丈のバルバラ様が慰めるように私を抱き締めました。爽やかな百合の香りに交じって微かに消毒薬の匂いが鼻腔をくすぐります。
「次の聖女はジゼルさんに間違いないのだから。胸を張ってね」
「はい、ありがとうございます」
苦しそうに咳をしてバルバラ様が身体を離したとき、ノックの音が室内に響きました。セレスタン様がお迎えにいらしたようです。
扉を開けて中へ入ったセレスタン様は私を見て満足そうに頷きました。
「ああ、よく似合ってるな」
「バルバラ様が選んでくださいました」
ポカポカと気持ちのいい今の時期によく合うクリームイエローのドレスです。衿や袖は白のレースで可愛らしいのですが、胸元や裾にあるオリーブ色の刺繍が全体を落ち着いた雰囲気に抑えてくれています。
王族からの招待にふさわしい装いなんて私にはわからないので、選んでもらえて本当に良かった……!
「タンヴィエ卿、ジゼルさんをどうかお願いしますね」
「お任せください」
差し出されたセレスタン様の手を取ると、バルバラ様がそう言って優しく私の背を押します。セレスタン様が大きく頷いて私たちは屋敷を出ました。
小さな馬車に揺られながら薔薇の香る広い庭園を抜け、本城へ着いてからは回廊を北へ。王城の北西側は王族の居住空間となっているのですが、今日のお茶会の参加者はごく少数だそうでこちらのお庭で開催されるのだとか。
回廊を抜け王族の居住区域へ入り、メイドが案内に立ったところで廊下の奥から煌びやかな衣服をまとった若い男性がやって来ました。
「セレスタン、いいところに」
男性から声がかかり、メイドは廊下の端に寄って頭を垂れます。
「……殿下」
殿下……? って王子様ということですよね。
セレスタン様の言葉に私も慌てて淑女の礼をとって目を伏せました。
「少し話があるんだけど、いいかな」
「任務中ですので、後ほど――」
「えーっとジゼルだっけ、聖女候補さん。顔をあげて。ボク予定が詰まってて今しかないんだ。ちょっとだけセレスタンを借りても?」
「あ……あ、はい」
さすがに王族の言葉にダメと言えるような度胸は持っていません。私が返事をするなりセレスタン様が小さく溜め息をつきました。
「ジゼル嬢に許可をとるのは卑怯でしょう」
「あは。卑怯とは心外だな。じゃあ……内密な話だから向こうの部屋で」
セレスタン様は「すぐ戻るから先に向かって」とだけ残して、王子様に続き廊下の先へと進んで行きます。
確かあれは第二王子だったと思うのですが、あんなに軽い感じの人だったとは……。でもセレスタン様とは仲が良さそう。そうでないと溜め息をついたり卑怯だと言ったりできませんよね。
私はセレスタン様を見送ってからメイドの案内に従って庭へと出ました。お城の顔とも言える大庭園とは違い、お花よりも緑が多くて落ち着いた雰囲気です。大きなガーデンテーブルにはすでに五人の女性が座っていて、用意された座席を見る限り私が最後だったみたいで。
「あら、遅かったのね。今日はもう来ないのかと」
席を立って私を迎えてくださった王女様がそう言うと、ほかの四名のご令嬢たちがクスクスと笑い出します。
普通こういった催し物は先に応接室などに集まってご挨拶をしてから、開催場所へと案内されるものだとマナーの教師が言っていた覚えがあるのですが。直接お庭に案内されたのでもしかしてとは思ったんですけど、やっぱりわざとだ! そんなことだろうと思ってたけど! 意地悪!
「申し訳ありま――」
「あなたたち、笑っては可哀想よ。貴族でない方がマナーを覚えるのは労力のいることなのだから」
謝ることさえ許されないまま、さぁどうぞと指し示された席に座ってお茶会が始まったのです。




