閑話/議会のタヌキども
正面の入り口から見て中央に議長席。左右にそれぞれ、七人は優に座れる大きなソファーが横に三台、縦に三台の九台ずつが並んでいる。この貴族院の会議場はいつも薄らと重苦しい空気が漂う。
俺が指定の時間に中へ入ると、ちょうど豊かな顎髭をたくわえた男が恨めしそうに溜め息をついたところだった。彼は花の産地で有名なグテーナの領主だ。
「観光客は往復の道程にも金を落とすのだから、周辺地域もまた祭りのおかげで潤っているはずだが」
「では街道整備が追い付かないがために迂回され、恩恵にあずかれない土地ならよいかね?」
なるほどと内心で頷きながら、右手側の空いた席に座る。
王都の南に位置するグテーナ領のさらに南に、我がタンヴィエ公爵家の領地であるマーズトンがある。国内でも有数のレモンの産地であり、冬の避寒地として貴族たちにも人気の土地だ。
さらに毎年二月の中旬から半月にわたってマーズトンでレモン祭りを、グテーナで花祭りを開催している。今年は特に盛況で双方過去最高の収益だったと聞いた。
それを面白く思わない他領が、周辺地域への慈善事業などを求めているのだろう。
俺は「聖女に関する質疑」のため召喚されただけで、その他の議題について回答するのはタンヴィエ公爵である父だが……。
場内を見渡せば俺とよく似た銀の髪を後ろに撫でつけた男、つまり俺の父であるタンヴィエ公爵がひとつ咳払いをした。
「余剰収入を街道整備や、その他の公共設備のための予算としていくらか多く負担することに否やはないが、隣接する土地の整備だけというのもいささか不公平だ。国庫に納めたほうがすべての国民に還元されると思うが」
父が静かにそう語り始め、場内の多くの人間が息を呑む。
それもそうだろう。「祭りへの往復に使用する道」に限定することで責任の所在を我々に押し付けようとしていたのに、国全体の問題にすり替えられたのだ。もしこのまま我々が国庫に収益を納めようものなら、他領も同様の責務を求められることとなる。
誰もが顔色を悪くする一方で父は淡々と話を続けた。
「まず余剰をどのように定義しようか。過去五年の平均収入を上回った部分とするかね? 一昨年は記録的な不作であったが、さて今年はどれだけの余剰が出ると思う?」
「いや、いや、そういったことは性急に決めるようなものではないでしょう」
「そうです、会期はまだあるのですから。それにまずは庶民院で――」
形勢逆転だ。恐らくこの話は立ち消えるだろう。
俺にはまだ父のように柔軟な対応はできないし、言い負かすでもなく相手に剣を下ろさせるその手腕を間近で見られたことは僥倖だった。
総勢百名にもなる貴族たちをいとも簡単に黙らす様が爽快で、ニヤけかけた口元をさりげなく手で隠す。と、そこで議長と目が合った。
「……では、次。聖女に関して」
父を除く約二百の瞳が一斉にこちらを向いた。その目には呆れ、怒り、憐れみなど様々な感情が浮かんでいるが、どれも前向きなものではない。
どこからか「平民なぞ連れ込みおって」と憎々し気な声もあがった。
――何をもってジゼル・チオリエを聖女候補と認定したのか。
それが本日の議題であるらしい。
ジゼル嬢を王都へ連れて来てからすでにひと月が経過しているというのに、なぜ今になってそのようなことを確認するのか。しかも、全て事前に報告した内容だというのに。
とはいえ彼女の待遇がこれで改善されればと、彼女と出会ったリトンの街で見聞きしたことをあらためて説明した。大聖樹の枝が大きく輝いたこと、精霊の姿を見、声を聞いたらしいこと、そして精霊の権能を行使したこと。
しかし場内の反応は実に冷え冷えとしたものであった。
「つまり、証拠はないわけだな」
貴族たちを代表するように年かさの公爵が席を立ち声をあげた。対立派閥の筆頭で、我がタンヴィエ家とは犬猿の仲だ。
「は? 預言をしたと申し上げた。それに枝が――」
「雨が降ると? 大方、月に輪がかかったのでも見たのだろう。どれをとっても教典さえ読めば誰にでも思いつくような嘘ばかりだ」
最初から信じるつもりのない者の受け答えだ。こんなもの、話をするだけ無駄と言える。
「そもそも『候補』などと呼ぶような存在ではありません。あなた方が教典を読んでいるのなら、次代の聖女はひとりしか現れないことを知っているでしょう」
「君もわからずやだな、シラー伯セレスタン・ド・タンヴィエ卿。そのひとりだと思っている女が『偽物』なのだと言っている」
「言っていいことと悪いことがあるっ!」
声を荒げた俺に議長が落ち着くよう声を掛け、性悪公爵はソファーへと腰を下ろした。議長は議題の記された紙を眺めながら言葉を続ける。
「この場は偽物かそうでないかを決めるものではありません。お話をお伺いできてよかった。卿の協力に感謝を」
「しかし議長――」
「聖女候補はもうお一方いらっしゃるのです。お会いになれば卿にもご理解いただけると信じていますよ」
それだけ言うと彼はすぐに議会を次の議題へと移らせ、二度とこちらに目を向けようとはしなかった。父が外へ出るようにと目配せをする。今は引き下がっておけということだろう。
会議場を出ると真っ直ぐに「聖女の農地」へ向かう。
ジゼルの家の前に護衛につけた部下の姿はなく、周辺を見回せば畑にその姿を認めた。彼女に声を掛けようとする部下を制し、畑の中をくるくる動いてはイチゴをせっせと摘む姿をしばし眺めることに。
はち切れんばかりの大きなイチゴをひとつ掲げると、籠ではなく自分の口へとそれを運んでかぶりついた。よほど美味しかったのか、ぷるぷると身を震わせて「おいしー!」と叫ぶ。
そんなジゼルを少しびっくりさせたくて足音を忍ばせながら一歩一歩近づいて行くと、彼女は再び大きなイチゴをひとつもいで口へ運んだ。
かぶりつくその直前、彼女の手が止まる。ゆっくりとこちらに顔を向け、美しい翠色の瞳がまん丸に見開かれた。
「やぁ」
「ひっ」
ぴょんと跳ねるお団子。
ああ、可愛いな。胸に溜まった澱が綺麗さっぱり洗い流されたような気持ちだ。
イチゴを背後に隠そうとする彼女の手を取って俺の口へ運ぶ。よく熟したイチゴの甘みが口いっぱいに広がり、と同時に彼女の顔もイチゴのように真っ赤になっていった。
そうだ、俺は彼女のことをなんとしてもこの手で守らなければならない。
ご無沙汰しております
本日から1日1話ずつ連載を再開します。
お楽しみいただけますように!




