2-8 お城の薔薇にはたくさんの棘が
白地に金の装飾が入った修道着からソニアにもらったワンピースへと着替え、早速出発です。が、先に公爵家のタウンハウスへ立ち寄ってセレスタン様も平民風の上下にお着替えを。
「高貴さがまるで隠れてませんね」
「そうかな? 君は素晴らしい変装なのに。きっと誰も君が聖女だとは思わないだろうな」
「変装も何もこっちが本来の姿ですから」
「俺はそうは思わないけどね」
社交辞令にさえならないようなことを言うセレスタン様の案内で、私たちは王都の中心部へと向かいました。
広い道の両側に所狭しと並ぶ建物。縦横に走る通りをたくさんの人が行き交っています。笑い声や泣き声、喧嘩みたいにまくし立てる声などがいっしょくたになって、まるで大雨の日の川みたいな轟音です。だけど不思議と不快じゃない。
そんな中をまずはここ、次はここと連れて行かれる先々で、彼はなぜか私のための買い物ばかりするのです。ドレスに髪飾りに靴に宝飾品まで。
「こっ、こんなのいただけません!」
全てのお店でそのように断っているのに、彼はふにゃっと笑ってのらりくらりと私を言い負かしてしまいます。
「聖女のお披露目パーティはまだ先だが、今のうちにこういったものにも慣れておかないと」
だとか、
「本来ならデザイナーを呼び寄せてオーダーするところだけど、まずは中古のドレスで我慢してもらえるだろうか」
だとか言われてしまったら断り切れず。買ったものは全てお店の人が城へ送ってくれるそうですが、あの家に入りきるのかしら。
「疲れた顔だな」
「そりゃあ! ドレスを着るのがあんなに大変だなんて知りませんでした」
一度着替えるだけでもため息が出そうになるのに、何度も繰り返したのですからもうへとへとです。
それならとセレスタン様が連れて来てくれたのはケーキ屋さんでした。案内された奥の個室は調度品も装飾も瀟洒で、貴人を迎えるために用意された部屋だというのがわかります。私ったらなんという場違い感でしょうか。
メニューを見てもよくわからなかったので、セレスタン様に選んでいただいたのがレモンのタルトでした。甘さの中にある控えめな酸味が口の中をいつまでも爽やかに保って、次から次へと食べてしまいそう。
「ふぉぉおお……美味しい……!」
「それはよかった。レモンは我が公爵領の特産品なんだ。気に入ってもらえて嬉しいよ」
「レモンピールの甘いだけじゃないほろ苦さがもう本当に美味しいです。そりゃあ特産品にもなるってものですね」
「もぎたてのレモンと蜂蜜で作る果実水もなかなかでね。タンヴィエ領の中でも東側の海沿いの街なんだが……今度ぜひ招待させてくれ」
そう言いながらセレスタン様は手を伸ばし、私の口の脇についたクリームを拭います。白いナプキンのパリッとした感触が唇に触れた瞬間、無性に恥ずかしくなって頬が一気に熱を持ちました。
もう! またこの人はこうしてモテ仕草するんだから!
ケーキ屋さんを出て観光がてらに少し歩いていると、大聖堂が夕方のお祈りの時間を報せる鐘を鳴らしました。
大聖樹への夕方のお祈りはバルバラ様がやってくださるので問題ないのですけど、遅くなるとみんなが心配しますから大急ぎで城へ戻ります。楽しい時間って本当にあっという間だわ。
城内へ入り、庭園を目指して回廊を早足で進んで行きます。私のようなみすぼらしい平民が城内を歩いているのは珍しいようで、通りすがる人々は私の服装にぎょっとしたり嫌悪感をあらわにしたり。それでもセレスタン様が一緒にいてくださるためか、誰もが廊下の脇に控えて頭を俯かせました。
と、ふいにセレスタン様が足を止め、私にも止まるよう手をあげて制します。何事かと思えば、前方からたくさんの人の気配。王族……、複数の若い侍女を従えていますから、王女様だと思います。
セレスタン様と一緒に廊下の端へ避け、頭を垂れました。王族とご挨拶していいのは夜会をはじめとする社交の場くらいのものなのだそうです。公侯爵くらいになるとまた違うらしいのですけど。
たくさんの足音は私たちの前でぴたりと止まり、小鳥のさえずりにも似た可愛らしい声が転がり落ちました。
「あら、シラー伯爵が城にいるとは珍しいわ」
「は。王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「堅苦しい挨拶はいいの。ここ最近は会いに来てくれなくて寂しく思っているのよ?」
「……聖女バルバラ様の護衛の任から外れましたため、付随業務にも携わっておりません」
聖女のお仕事には大聖樹の日々のお告げを王族へお知らせする、というものがあると教えてもらいました。お告げと言っても何もないことのほうが多いそうです。ただ、それはそれで「何もなかった」と報告する必要があるのだとか。おふたりが話しているのは多分そのことだと思うのですけど……。
王女様の靴のかかとがコツと音を立てました。そのまま歩き去るものと思ったのですが、一歩か二歩ほど進んだところでまた足を止めます。俯いたままの私の視線の先で、彼女のつま先がこちらを向いたのです。
「実に図々しい偽物ね」
ふわりと薔薇の香りをまとわせながら私の耳元で囁かれたその言葉は、やはり棘を多く持っていました。王女様はそのまま何事もなかったかのように立ち去ったものの、夕日に伸びる長い影はいつまでも私の足元にかかったままでした。
お読みいただきありがとうございます。
こちらでいったん更新を中断し、次の作業に没頭します!
コミカライズの配信を7月に予定していますので
その前後にてお知らせを兼ねて続き(またはSSなど)を投下したいと考えています!
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ありがとうございます
では、またお会いしましょうー!




