2-4 信じてますので
さて。私がお城へ来てから一週間が経ちました。数日前からマナーの先生が来て淑女教育というのをしてくれるようになったし、近いうちに歴史や算術の先生も来るそうです。聖女になるって大変なんだなぁと実感しています。
一方で、バルバラ様やセレスタン様が心配なさるような嫌な思いはしていません。と言ってもそれは私が平民だからだと思います。ちょっとやそっと嫌味を言われても、パン屋に来るお客様の中にはもっと攻撃的な人はたくさんいますから慣れたものです。
そもそも私はこの家とバルバラ様のお屋敷、それに大聖樹の三か所を行ったり来たりするばかりで、貴族や王族と顔を合わせる機会はほとんどないですし。
「おはようございます、食事をお持ちしましたー」
階下で女性の声がしました。彼女はベアトリスさんと言って、私のための侍女だそうです。セレスタン様が手配するよう掛け合ってくれたらしいのですが……。
下へ降りるとベアトリスさんが「なんでアタシがこんなことを」とぶつぶつ言いながら、食事をテーブルへ並べていました。子爵家のお嬢さんだそうなので、まぁ気持ちはお察しします。平民にかしずくのはきっとプライドが許さないのでしょう。私も誰かにお世話される生活には慣れていないし居心地が悪いので、お互い様ということにしてほしいところ。
新鮮なお野菜のサラダとカボチャのスープ、それに焼き立てのパン! パン屋で働いてはいましたが、焼き立てを食べられる機会はそうそうありませんからね。それに、パン屋のパンとは違った上品な味わい……! ふわっとしてもちっとしてバターがじゅわーっとして。
「本城からここに来るまで特に監視とかないんですけどー、よく食べられますよねー。何が入ってるかもわからないものを」
ベアトリスさんは私の嫌がる顔を見たいみたいで、よくこういった意地悪を言います。もしかしたら、疑心暗鬼になって食が細くなるのを狙っているかもしれません。当の本人が「世間をご存じないのね」と微笑ましい気持ちになっているとも知らず。可愛らしいものですね。
だってパン屋のお客様から聞いた話だと、嫌いな相手の飲み物にいろいろ混ぜるのは基本中の基本だそうです。それはそれはおぞましいものを混入させることもあるとか。でも何を入れるにせよ、確実に言えるのはわざわざ食事を怪しむようなことを「言わない」ということ。
疑って口にしなくなったら混入する意味がなくなっちゃいますからね。
「信じてますので」
にっこり笑ってあげれば、ベアトリスさんは舌打ちでもしそうなお顔で掃除をしに二階へと上がって行きました。私の身に何かあれば最初に疑われるのは彼女ですしね。下手は踏まないだろうと、そういう意味で信じているだけなのですけど。平民の逞しさをなめてもらっては困ります。
そうこうするうちにドアノッカーがカツカツと響き、返事をしつつドアを開けるとセレスタン様が立っていました。
「なぜ君が出る?」
「近くにいたから?」
「来客の最初の応対は従者……ここでは侍女の仕事だ」
そう言いながら屋内へ入り、ぐるっと周囲を見渡します。
「で、その侍女は」
「二階でお掃除、だと」
「主人の食事中にか? 給仕もせず、埃をたてていると?」
「食事の準備はしてくれましたよ?」
二階だし埃なんて気にならないんですが、貴族はそうじゃないみたいです。
セレスタン様はテーブルの隅に置かれたベルを鳴らし、ベアトリスさんを呼びました。
「なんですか、忙しいの……に……あっ! よっ、ようこそおいでなさいました!」
いつも日向ぼっこ中の猫のようにダラダラするベアトリスさんが、突然テキパキと動き始めました。セレスタン様は溜め息をついて手近な椅子へ座ります。
残っていたスープをお皿から直接飲みそうになって、寸前で思いとどまりました。一度これをやってマナーの先生にすごく叱られたのです。でも音をたてずに食べるのはまだちょっとだけ難しい。
「食事の邪魔をしてすまない。食べながら聞いてくれればいいから」
「はひ」
ベアトリスさんが私とセレスタン様の前にお茶を用意してくれました。やはり技術が違うんだと思うのですけど、自分で淹れるよりベアトリスさんのお茶の方が美味しいんですよね。……セレスタン様がいらっしゃるときしか飲めませんけれども。
「君に大聖樹の枝を持たせた男を覚えているだろうか。彼はしばらく君の故郷に残っていたんだが、やっと戻って来ることになった。今日の午前中に到着すると連絡があったからそろそろだと思うんだが」
「はぁ」
「彼はソニア嬢の聴取を担当していてね」
スプーンを落としてしまいました。ガッチャと嫌な音がしてベアトリスさんがセレスタン様の死角から睨みつけます。はいごめんなさい。
私腹を肥やしていた司祭さまは聖騎士の手で王都へ連れて来られたと聞きました。一方ソニアは、司祭さまの犯した罪に関与していたのではないかとの疑いがあったのです。それで聖騎士の監視のもと調査が進められていたとか。
「白いローブの方ですよね。そういったお仕事もなさるのですか」
「あれで優秀な魔術師だし、そもそも調査が本業だ。聖女探しも調査みたいなものだろう?」
「なるほど」
「で、だ。せっかくだから君も昼食を一緒にどうかと思ってね。ソニア嬢の近況も知りたいのでは?」
「……っ! ぜひお願いします!」
事情をよくわかっていないらしいベアトリスさんだけが、難しいお顔で首を傾げていました。




