3-63 この嘘が真実であれと願う人
私たち、それに元老院議員でもある貴族たちは神殿の礼拝堂へと移動しました。民衆は少しざわつきましたが、あのような事態のあとですから文句を言う人はいません。
私やオルハン殿下、それにビビアナ殿下は祭壇の前に椅子を持って来て座り、ネルミーン姫をはじめとする貴族たちは参拝者の座る堅い木のベンチに腰掛けます。
そこへ引きずられるようにしてやって来たナウファル殿下は、私たちをぐるりと見回してから肩をすくめました。
後ろ手に縛られた彼の両脇は親衛隊がしっかり押さえ、口には詰め物が。魔術の詠唱防止ってことですかね……?
親衛隊さんは困惑した様子で、彼を地下の小祭室で捕縛したと説明します。乗り込んだときには祭壇の前に跪いて祈りを捧げていたとか。
ナウファル殿下の目の前に立ったオルハン殿下がゆっくりと口を開きます。
「この騒ぎはすべて貴方の仕業で間違いないですね、叔父上?」
けれど彼はオルハン殿下を見つめるばかりで、否定も肯定もしません。オルハン殿下は気にせず続けます。
「証人はたくさんいます。貴方が牢に入れた神殿騎士もそうだし、マズコナク近くの野盗や、ジゼルさんを襲った人間も貴方の名前を出しましたよ。それに今日の記念菓子を納入した業者も捕まえたと、先ほど連絡がありました。事実が明るみに出るのは時間の問題です」
牢に入れた神殿騎士というと、私の神官承認の儀のときにソニアを襲った人たちのことだと思います。
ナウファル殿下の指示で牢に入れることになったけど、まさかちゃんと証言がとれたなんて。
殺すとまでは断言できないけれど、ナウファル殿下が何か妨害してくるだろうと思っていたので驚きました。それとも、オルハン殿下が何か対策してくれたのでしょうか。
やっぱり無反応を貫くナウファル殿下に、イドリース殿下が少しイライラし始めたみたいです。
「おい、その口のやつ取ってやれ。言い訳でもなんでもしてみろってんだよ」
「しかし、これを取ると死のうとしてしまいます」
「は?」
ナウファル殿下を拘束する親衛隊さんの話によると、小祭室に親衛隊が乗り込むや否や、短剣で自身の喉を突こうとしたのだそうです。武器を取り上げると、次は舌を噛み切ろうとして大変だったとか。
ネルミーン姫をはじめ貴族たちがざわつく中で、オルハン殿下も腕を組んで溜め息をひとつ。
「困ったな。つまり、口枷を外せば死ぬし、このままでもいずれは衰弱死だ」
「もういいんじゃねぇか? どうせこれだけのことをしでかせば、極刑は免れねぇだろ」
その場にいる誰もが息を呑んで見守る中、イドリース殿下の言葉に真っ先に反応したのはナウファル殿下ではなく、女性でした。
血で汚れたドレスを翻してオルハン殿下の御前へと進み出ます。
「お待ちください! 彼は何もしていらっしゃいません!」
「ネル……?」
跪いたネルを見るナウファル殿下の赤い瞳は驚きに満ちていました。
誰もネルの言葉を信じてはいませんが、耳を傾けないわけにもいきません。ネルが本件に一切関与していないとは言い切れないからです。
オルハン殿下が目で先を促します。
「すべてあたくしがやりました。捕まることあらば尋問にてナウファル殿下の御名を述べよと申し付け、魔術を用いて世を乱したのです」
「なんのために?」
「もちろん……正妃、いずれは王太后となるために」
「魔術はどのようにして?」
「配下の者を使って。すべての罪はあたくしにあり、この首をもって罪を贖いたくお願い申し上げます」
必死さの滲む語り口は、まるで「そうであってくれ」という祈りのようでもありました。
だけど私は、ネルがオルハン殿下のハーレムに入りたいと思っていないことを知っています。だからこれはぜんぶ嘘です。ぜんぶ嘘なのに、彼女はこれを真実であれと願っている……。
きっと、すべてはナウファル殿下のために。
「黙っていればその企ての半分は成功したはずですが、なぜここで名乗り出たのです? 姫の話が正ならば、今は知らぬ存ぜぬを通すべきでしょう。罪をなすりつけた相手が罪を被ったまま死のうとしているのだから。そう思いませんか」
「それは……良心の呵責に耐えられなくなったからですわ」
「なるほど。――だそうですが、いかがです、叔父上? 叔父上を陥れたのだから、この場で斬首するが妥当と考えますが」
オルハン殿下がナウファル殿下へ水を向けると、ついに彼が動揺を見せました。僅かに目を逸らしたのです。でもまだ足りない。この人は何がしたいんだろう、何が目的なんだろう。
ナウファル殿下って、いつも何を考えているのかわからない人だったなと思います。初めて会ったときからずっと、本心を覆い隠してしまっていたから。
ずっと不思議だったんです。
平和な国を作りたいという一点においては、オルハン殿下もナウファル殿下も同じ意見なのに、なぜ彼は自分の意を通そうとするんだろうって。ただ協力すればいいだけなのに。
さらにオルハン殿下は言葉を紡ぎます。
「ネルミーン姫の生国ルブロザルについては、すでに調べてあります」
ここで初めて、ナウファル殿下もネルミーン姫も目に見えて動揺しました。顔色は悪く、薄らと汗もかいているみたい。
「ルブロザルはまだ引き返せる、と言ったらどうしますか?」
「王太子殿下。我々にもわかるようご説明いただきたい」
そこでしびれを切らしたのは、見たことのある男性。ええと、確かマズコナクの知事で、ナウファル殿下のお兄さんでもあるファラン殿下だったと思います。
オルハン殿下は頷いて軽く咳払いをなさいました。
「ルブロザルが敵国ルゥデアと通じているという噂がありました。ルゥデアはモスリーのときと同じ手を使って、我が国を侵食しようとしているのです」
「モスリーといえばルゥデアに寝返った小国だ。ルブロザルもそうなると?」
「現在、内通者を掃討する作戦を敢行中ですよ。この婚姻の儀の裏で、ね」
「嘘ですわ! ルブロザルはもはや敵の手に落ちたと言っても過言では――」
「ネルミーン姫はルゥデアを『敵』とお考え、つまりこちら側というわけだ。さぁ、おふたりとも。話していただけますね?」
オルハン殿下の呼び掛けに、ナウファル殿下が肩を落としたのでした。




