2-1 他にも候補の方が?
ここから新連載です。
まずは8話ほど連日投稿予定となります。
出発前には、頬を膨らませて「そんな服じゃセレスタン様に恥をかかせるでしょ」と言うソニアから何枚か服を譲り受けました。加えてパカパカと底の外れる靴は道中でセレスタン様が買い替えてくれました。
だから全身ピカピカのよそ行きな出で立ちで、私は城へと向かったのです。が。
「ヒェェ……。あの壺ひとつで家が建ちそう」
廊下に並ぶ美術品や絵画の眩しいこと! 廊下と言っても、その横幅でさえ我が家のダイニングがふたつやみっつ簡単に入ってしまいそうなくらい広くて。
飾られている大きな鏡に映った私はまるで真新しい雑巾のようでした。数年ぶりの新しいワンピースにわくわくしていた気持ちはどこかへ吹き飛んでしまったわけです。
横に並び歩くセレスタン様が「ククッ」っと笑って小さく首を横に振りました。
「ここに並んでいるのはそこまでではないかな。都市部でなければ建つかもしれないけど」
「建つんだ……」
お貴族様の思う家と私が考える家はきっと違うので、私の想像するような家なら複数建てられるかもしれませんね。触らないようにしなくては。
私たちを先導するのは近衛兵だと聞きましたが、彼は私たちの会話など聞こえていないかのように振り返ることなく歩いていきます。こっそり後ろを振り返れば、背後の近衛兵さんも真顔のままです。怖い。
馬車を降りてから随分歩いてようやっと兵隊さんが足を止めたのは、とても大きく立派な扉の前でした。彼は扉の前に立つ同じ制服の兵隊さんと頷き合い、私たちを置いて元来た道を戻って行きます。
が、その後ろ姿を見送る余裕はありませんでした。大きな扉がすぐに開かれ、廊下が正しく廊下であったと理解できるほど広々とした部屋へ通されたのです。
セレスタン様が私の左手をとってエスコートしてくれます。お姫様にでもなったみたいな。夢でも見ているような気分だわ。
廊下ほどの飾り気はなくただただ荘厳な部屋です。剣を携えた兵が左右に並ぶ中を真っすぐ行くと真ん中に国王陛下と王妃殿下が、その左右に王子殿下や王女殿下がいらっしゃる気配が。顔を伏せていないといけないと言われたので床しか見えないんですけど。ピカピカな大理石すごい綺麗。掃除大変そう。
立ち止まったセレスタン様が私に一歩前へ出るよう左手で指し示し、跪きました。私もわたわたと事前に教えていただいた通り右の膝をつきます。
「シラー伯爵セレスタン・ド・タンヴィエ、聖女ジゼル・チオリエ殿をご案内いたしました」
貴族の後継者は従属爵位を儀礼称号として名乗るらしいという知識は大人なら大抵知っていることですが、セレスタン様はシラー伯爵を名乗るのですね。
そういったひとつひとつがかっこいい……! 別世界に迷い込んだネズミのような気分です。
「国王陛下は面をあげよと仰せである」
前方から声がして顔を上げると、王族の方々の周囲には兵士のほかにもたくさんの人がいました。近臣というのですかね、その中のおひとりが王様の言葉を私たちに伝えてくださっているようです。
王子殿下はおふたりとも珍しいものを見るような目でこちらをご覧になっています。王女殿下はあからさまに不機嫌なお顔ですが、何か嫌なことがあったのかしら?
あまりじろじろとお顔を見てはいけないと聞いているのでできるだけ足元を見るようにしているのですけど、やっぱりいろんなことが気になってしまいます。たとえば左右の兵士さんたちは一切身じろぎしないなぁとか、どこかに埃のひとつでも落ちていないのかしらと探してみたりとか。
でも一番気になるのは幽霊の多さでしょうか。大聖樹がすぐそばにあるからなのか、それともお城という場所だからなのかはわかりませんが、王族や貴族と思われる格好の幽霊がそこかしこにいるのです。
中には興味津々な様子で私の顔を覗き込む幽霊も。びっくりしてしまうからやめてほしいものだわ。
私がお城という別世界の様子を鑑賞したり幽霊に驚かされたりしている間にも、陛下とセレスタン様の間ではいくつかの問答があったようです。
「しかし、彼女は……!」
ほんの少し声を荒らげたセレスタン様に、国王陛下は近臣を通して
「枝が光る程度では候補のひとりにすぎぬ故、わきまえるように」
そう仰いました。そして早々に席を立たれたのです。
立ち去る王族の皆さんをつい見上げると、やはり機嫌の悪そうな王女殿下が私を強く睨みつけてからプイとそっぽを向いてしまいました。残された豪奢な椅子の背後の壁には翼を広げる勇壮な雄鶏の紋章が。紋章さえも私を威嚇しているみたいだわ。
後ろで深く息を吐く音がしたかと思うと、いつの間にか立ち上がっていたセレスタン様が私に手を差し伸べて立たせてくれます。
「すまない。正しく報告があがっていないのか、認識に齟齬があったようだ」
「えっと、お話がよくわからないんですけど、他にも候補の方がいらっしゃるんでしょうか?」
セレスタン様に促されて広いお部屋を出ると、先ほどとは別の近衛兵さんがいらっしゃいました。また別の場所へ案内してくれるようです。
難しいお顔をしながらセレスタン様が口を開きました。
「大聖樹の指す聖女は常にひとりだ。複数人から選ぶようなものではない。しかし……」
そのまま口を噤んでしまい、私たちは無言のまま庭へ。見渡す限りの緑は美しく整えられていて思わず声をあげてしまいます。奥にはまるで森があるかのように木々が並んでいるのですが、その向こうが淡く光っているのは大聖樹でしょうか。
「おい、ジゼル嬢の部屋に行くのではなかったか」
セレスタン様が少し大きな声を出して、前を行く近衛兵が振り返りました。
ここから王都編となります。
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