表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海を越える後悔  作者: 六福亭 テレンス・ブレーク
4/5

4

 翌日、仕事の帰りに、僕は花を買った。道端で売っていたひまわりが彼女によく似合うと思ったからだ。

 朝、彼女の顔を見ると、笑ってしまいそうになって困った。彼女は何も知らないから、不思議そうに首を傾げているばかりだった。

 ローマ旅行の出発の日が近づいている。帰ったら、楽しい話をしよう。彼女と一緒に古都のどこを回るか、のんびりと打ち合わせをしよう。

「メアリは人殺し」

 僕は足を止めた。耳元で声がしたのだ。

「何だって?」

 周りには誰もいない。幻聴だろうか。不愉快な言葉だった。僕はまた歩き始めた。心持ち、早足になった。

「メアリはすべた。学校の男全員に体を許した。農場に男を連れ込んで、牛の前でいやらしいことをした」

「ふざけるな!」

 僕は怒鳴った。

「そこにいるのは誰だ! 僕の妻を侮辱するな!」

 近くにいたのは、通りがかりの老女や子どもばかりだった。みんな知らない人間だ。大声を上げた僕のことをぽかんと見ていた。

 僕は怒りを抑えて聞いた。

「誰か今__僕の妻、メアリのことを悪く言わなかったか?」

 誰もが首を振った。僕にも分かっていた。今、聞こえたおぞましい言葉は、若い女の声だった。

 しかも、メアリの声によく似ていた。彼女はここにはいないのに。

 畢竟それは幻聴なのだ。僕は自分にそう言い聞かせ、また歩き出した。

「メアリは親不孝。父親の商売の邪魔をして、母親を殴った。家では彼女は暴君。誰もメアリに逆らえなかった。誰もがメアリのためにお金を稼いだけれど、彼女からはねぎらいの言葉もなかった」

 僕は両手で耳を塞いだ。買ったばかりのひまわりが地面に落ちたが、拾い上げはしなかった。

「メアリはいじめっ子。学校の友達を何人も、退学に追いやった。父親の銃で自殺した子もいた」

「嘘だ!」

 僕は叫んだ。声は、僕の言葉には決して応えない。メアリは。メアリは。そう言い募るだけだった。

 それは、僕が我が家に帰るまで絶えることなく続いた。


 メアリがいる時、その声はしない。僕が一人になると、必ずそっと近づいてきて、メアリの噂を吹き込んだ。ならば、メアリとずっと一緒にいればいい。

 だが、そのうち僕は、夜は友人達と飲んで歩くようになった。一人になるのが恐ろしい。だが、それと同じくらい、メアリと二人きりになるのが嫌だと思い始めていた。

 得体の知れない声が吹き込む噂とメアリを重ねるなど、あり得ないことのはずだった。だが、メアリを見るたびに、僕はあの声を思い出した。メアリの目に、友人を追い詰める傲慢な少女の影を見出した。メアリが僕にくっつく時、その慣れた動きに嫌悪を覚えた。

 メアリは、僕の態度の変化にいつ頃から気づいていたのだろう。きっと彼女は、一人で苦しんでいたはずだ。それでも、あの時まで彼女は耐えていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ