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「ただいま」
扉を開けると、メアリが小走りでやってくる。そのたびに、新鮮に嬉しい気持ちになった。
「手紙が来ていたようだよ」
僕は、郵便受けに入っていた紙の束の中から、一枚の分厚い封筒を抜き取った。
「君宛てだ」
「あら、誰からかしら?」
メアリは水で濡れていた両手をエプロンで拭いて、封筒をそっとつまんだ。
「アメリカからみたいだね」
もしかして、君の家族からじゃないのかい? そう言おうとした時__メアリが驚くほど激しい勢いで封筒を裂いた。
封筒は、中の便箋と共に真っ二つだ。それから彼女は、さらにそれを四つに破いた。手紙だったものが紙吹雪になるまで、細かくちぎり続けた。
僕はそれを呆然と見つめる他なかった。
「……メアリ?」
もう、書かれた文字が全く判別できなくなってからやっと彼女は手を止めた。
「ああ……ごめんなさい」
「どうして、こんなことをしたんだい。大事なことが書いてあったかもしれないのに」
「いいの」
きつい言い方だった。
「大事なことなんて、書いてないんだもの」
「メアリ……」
メアリはつややかな唇を震わせて、手紙の残骸を睨みつけていた。
「もしかして、ご家族と仲が良くないのか?」
「知らないわ」
メアリは床にしゃがみこみ、散らばった紙くずを集め始めた。
「放っておいて。アメリカのことは忘れたいの。私の家族はあなただけ」
だから、ねえ、お願い。これ以上何も聞かないで。そう懇願された気がした。それで、僕は用意していた次の質問をとうとう口にすることができなかった。
あの箱は、君の家族が送ったものなのか?
僕がごみ捨て場から拾ってきた箱は、部屋で待っていた。疑心暗鬼が形になったような真っ黒なリボンを纏って。僕はそれを棚から取り出し、机に置いた。
メアリは客間で本を読んでいる。手紙を捨てて、一緒に夕食を摂ってからは別人のように落ち着いた。いや__きっと手紙を破っていた時の彼女が別人だったのだろう。
もし僕が箱をこっそり持ち帰ってきたと知ったら、彼女は必ず取り乱す。箱を捨てるだけでは済まないかもしれない。だから、僕が好奇心を満たすなら、彼女に決して悟られずに、一人で箱を開けなければならない。
僕は自分に言い訳をした。箱を開けるのは、自分が気になるからだけじゃない。メアリの、愛する妻の不安を彼女の周りからことごとく取り除いてあげたいからだ。彼女がもうアメリカに帰りたくない、思い出したくもないと言うのなら、それでいい。僕らは遠く離れたロンドンにいて、新しい生活を始めたばかりなのだから。古い過去は、捨てたければ遠慮なく捨て去るがいい。
だが……彼女の過去は、今も彼女を追いかけてきているんじゃないか? その現れが、彼女をあれほど動揺させた手紙であり、目の前の箱じゃないのか。
僕は、震える手でリボンをほどいた。それから、部屋の扉がしっかり閉まっているか、振り向いて確かめた。
箱の蓋は軽く、あっけなく開いた。僕はおそるおそる中をのぞき込み__目を丸くした。
中に入っていたものが何だか、僕は分からなかった。赤く、干からびてしわくちゃに縮んだもの。指先で触れると固かった。は虫類のミイラにも、干した果実にも見えた。
それで終わりだった。笑いがこみ上げてくる。おおかた、彼女のアメリカの友人が、悪戯半分で送ってよこしたのだろう。
メアリに箱の中身を教えてあげたら、きっと笑うだろう。安堵しながらそう思ったけれど、僕はやっぱり、彼女には何も言わないことにした。