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第30話 アル兄様は騎士を目指すようです

では、アルフレッドはその後どうなったのか。


彼は自ら、正式に皇位継承権の放棄を願い出た。

実行犯であったとはいえ、操られていたこと、私の介入により事件が未遂で終わったこと、そして母であるアデルの計画を知った後、密かにそれを止めようとしていた事実も考慮され、処罰は科されなかった。


シルビアは「そのまま皇子として生きればいいじゃない」と穏やかに言っていたが、アルフレッド自身がそれを望まなかった。


「僕は、もう皇子として生きる資格はないと思っています。それに、もともと僕には分不相応でしたから」


そう静かに告げた彼の表情は、どこか吹っ切れたようでいて、同時に強い決意を宿していた。

アデルの実家であるアスセーナ公爵家が身柄を引き取る案も出されたが、それも彼は固辞した。

さらに彼は、「できれば一介の平民として扱ってほしい」とまで願い出たのだ。


その言葉を聞いた時、私は少しだけ考え――そして、口を開いた。


「ねぇ、アル兄様」


彼が顔を上げる。


「私の騎士になってくれない?」


一瞬、部屋の空気が止まった。

アルフレッドは驚いたように目を見開き、それから戸惑ったように視線を揺らす。


「……僕が?」

「ええ。アル兄様は、もう皇子でなくてもいい。でも、できれば私のそばにいてくれたら嬉しいわ。一緒にいるって約束したじゃない」


しばらく沈黙が続いた後、彼は小さく息を吐き、そして――初めて心から安心したように微笑んだ。


「……それなら、なりたい。ルーナリア、君の騎士に」


こうして、アルフレッドは私の護衛騎士となることが決まった。

表向きには、「母の死により己の真の願いを考え、妹の騎士となることを切に願った第二皇子の願いを皇帝が認め、皇位継承権を放棄して騎士の道を選んだ」という美談として、帝国中に広まることとなった。家族なのだからと言う私とシルビアの提案で、アルフレッド・グレイスというグレイスの家名はそのままに、皇位継承権と皇子としての地位を放棄した形だ。


現在、彼はエディのもとで騎士見習いとして鍛錬を積んでおり、いずれ正式に私の護衛騎士を、エディから引き継ぐ予定となっている。


それは同時に、私自身のもう一つの決断でもあった。

後に生まれてくる妹、あるいは弟――その子の専属として、エディとマリーに仕えてもらいたいと考えたのだ。

私は今後、側近を置く予定であり、侍女にはシシリーを正式に迎えるつもりでいた。そして護衛騎士も、今回の件を経てアルフレッドに任せると決めた。


(前世は大人だったのだし、自分のことはある程度自分でできるものね)


それに、これから私はより積極的に外の世界へ出ていきたいと思っている。だからこそ、身軽でありたかった。

エディとマリーは最初こそ寂しそうな表情を見せたが、「私の一番信頼している二人だからこそ、妹か弟のそばにいてほしい」と伝えると、最終的には頷いてくれた。シシリーを侍女に迎える予定だと話したことも、後押しになったのだろう。

こうして、私たちそれぞれの立場は少しずつ変わりながら、新しい日々が始まろうとしていた。


◇ ◇ ◇


皇妃アデルの一件が落ち着きを見せた頃、私はディアを連れて中央宮の一室へと足を向けていた。後ろにはアルフレッドが付き従っている。


見習いとはいえ、彼の剣術はすでに騎士として通用する水準に達しており、今日は面会する相手の事情もあって、エディではなくアルフレッドを伴っていた。もっとも、家族にはすでに私の力が知られてしまっているため、本来なら城内で護衛を付ける必要はほとんどない。しかし対外的な体裁として、城内では必ず騎士を伴うよう言われているのだ。


目的の部屋の前に到着すると、アルフレッドが一歩前に出て静かに扉を開いた。

中に入ると、待っていたのはアスセーナ公爵だった。


「これはルーナリア皇女殿下。この度は、私のためにお時間をいただき誠にありがとうございます」


そう言って、公爵はどこか高揚した様子でこちらを見つめる。私は軽く頷き、


「どうぞ、お掛けになって」


と告げ、自分も彼の正面の席に腰を下ろした。背後には、自然な所作でアルフレッドが控える。その様子を、公爵は興味深そうに観察していた。


「アルフレッド皇子殿下もご健勝のようで何よりです」


その言葉に、アルフレッドは表情を変えずに応じる。


「私はすでに皇子の身分ではありません、公爵。ルーナリア皇女殿下の御前でのご発言にはご留意ください」


静かだが一切の揺らぎのない声音だった。公爵は一瞬目を細め、それから楽しげに微笑んだ。


「これは失礼いたしました。――アルフレッド卿」


どう見てもわざとだ。私は内心で小さくため息をつく。派手な美貌を持つ人物ではあるが、どうにも好きになれない。


「それで、公爵は私のディアに興味をお持ちだとか」


私が本題を切り出すと、公爵の目が露骨に輝いた。


「その通りです、皇女殿下。そちらに座しておられるのは、聖獣様ではございませんか?」


その言葉に、私はわずかに驚く。


「聖獣という存在をご存じなのですか?」

「ええ。もともと私は爵位を継ぐ予定ではなかったのです。兄が継承者でしたので、私は自由な身として各地を巡り、古文書や伝承を研究しておりました。その中で、聖獣に関する記述に出会いましてな――」


そこから公爵は、ほとんど息継ぎも忘れたかのような勢いで語り始めた。

古い文献を求めて大陸各地を巡ったこと、聖獣に関する断片的な記録を収集していたこと、そして兄の死によってやむなく爵位を継いだため研究を断念せざるを得なかったこと。さらに、私が狐を連れているという噂を聞き、その姿形が伝承に記された聖獣の一体に酷似していたため、ぜひ一度拝謁したいと長らく願っていたのだと、恍惚とした表情で語り続ける。


正直、少し引いた。


ディアも、私の隣でわずかに耳を伏せている。どうやら同じ感想らしい。


その後、公爵とは古い伝承についての情報交換を行うこと、その際には必要に応じてディアの同席も許可することを約束し、面会は終了した。

部屋を出たところで、私は思わず小さく息を吐く。


(……やっぱり少し気持ち悪いわね)


そう思ったのは私だけではなかったようで、ディアも、そして背後に控えていたアルフレッドも、どこか微妙な表情をしていた。


なお、退出前に私は、公爵に対して一つだけ釘を刺しておいた。

息子アンセルの教育をきちんと行うように、と。


どうやらアンセルは公爵の実子ではなく、亡くなった兄の息子と妻をそのまま引き取った存在らしい。公爵は「私自身はあまり興味がありませんが、皇女殿下のご命令とあらば尽力いたしましょう」と、どこか他人事のような口調で応じた。


「使えないようであれば、養子を取ることもやぶさかではないのですが」


そう呟いた後、彼はふとアルフレッドに視線を向け、


「ですので、卿にはぜひ我が家にお越しいただきたかったのですが」


と、残念そうに言った。理由は、私の近くにいる人物だから、だそうだ。

やはりこの公爵、どこか生理的に受け付けない。


(あの家の人たちは、皆こんなふうに、自分の欲望に忠実なのかもしれないわね)


そんなことを考えながら、私は廊下を歩き出した。


◇ ◇ ◇


そんなこんなで一連の事態は終息を迎え数ヶ月経った頃、私は自室でゆっくりとお茶を楽しんでいた。

部屋の外に待機していたアルフレッドを呼び入れ、向かいの席を示す。


「どうぞ、座って」


しかし彼は首を横に振った。


「姫様、いけません。私は一介の騎士見習いの身ですので」


固辞するその姿は、すでに騎士の鑑のようだった。もともと騎士を志していた彼は、目に見えて実力を伸ばしており、今では見習いとは名ばかりで、近衛騎士とも互角に渡り合えるほどになっている。

その腰には、スノーグレイスの氷山で彼が引き抜いたあの剣が佩かれていた。

数ある剣を試した結果、やはりこの剣が何年もずっと使ってきたように身体に馴染むのだという。


「いいじゃない、アル兄様。今ここには私たちしかいないのだから」


そう言って半ば強引に椅子へ座らせ、ティーカップに茶を注ぐ。

アルフレッドは小さく息をつき、諦めたように腰を下ろした。


「……二人の時だけだよ?」


困ったように微笑みながらそう言う。だが、その声色には、わずかな安堵と嬉しさが確かに滲んでいた。

私はその表情に、そっと微笑み返した。


これにて第1章完結です!お付き合いありがとうございました!

エピローグと幕間もありますのでぜひご覧ください*˙³˙ )ノ"


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