第28話 後始末は順調なようです
「わかりました」
そう答え、私は外部へ音が漏れないよう、さらに誰も出入りできないように展開していた結界を解除した。室内を覆っていた見えない膜が静かに霧散する。
アルフレッドが動き出した瞬間から、私が結界を張ったことにはルシウスも気づいていたらしい。
私の魔法についてもどうやらある程度把握している様子だし、そもそも魔力の把握などに敏感でもあるようだ。
(それにしてもどうして知っているのかしら……)
そう思って見上げると、ルシウスは小さく笑い、私の頭を撫でながら言った。
「後で全部説明する」
ちょうどそのとき、解除されたことで開けられるようになった扉を、ランベルトが外側から押し開く。
彼の後ろには、一人の青年が立っていた。
(彼は確か……)
ルシウスの秘書官の一人――確か「アス」と呼ばれていたはずだ。
家名は知らない。
エメラルドブルーの美しい瞳が印象的で、その色は、以前隣国で出会った少年の不思議な瞳の色の一つにどこか似ている気がした。
「陛下がお呼びと聞き、参上いたしました」
アスは流れるような所作で臣下の礼を取る。
それを見たルシウスは頷き、静かに言った。
「ああ、お前の力を借りたい」
そして室内の全員を見渡し、続ける。
「アスは《魔法契約》の特殊スキルを持っている。魔力によって成立する契約であり、破れば代償として命を失う。――これから、この場で起きたことについて外部へ漏らさないという契約を結んでもらう」
ルシウスはそのまま視線を教皇へ向けた。
「猊下も、よろしいですね」
「構わない」
教皇はあっさりと答える。
数名の神官が慌てて口を挟んだ。
「猊下、いけません」
「危のうございます!」
だが教皇は、軽く手を上げてそれを制した。
「構わないと言っている」
その一言で神官たちは黙り込む。
ルシウスは再び全員を見渡し、淡々と告げた。
「ここにいる全員に――“皇妃アデルと第二皇子アルフレッドの起こした件の口外禁止”、そして」
一度言葉を切り、私へ視線を落とす。
「ルーナリアの能力についての口外も、禁止とする」
その言葉を聞き、私は首を傾げた。
(……でも、これって後々どうせ知られるのでは?)
そう思い、ルシウスへ向き直る。
「お父様、別にそこまでしなくても大丈夫ですわ。いつかはバレると思いますし」
ルシウスは少し困ったような表情を浮かべた。
「しかしだな……」
すると、それまで黙っていたルークが口を開く。
「父上。ルーナが“話してもよい”と許可した相手には契約の効力が及ばない、という条件を付け加えればよろしいのではありませんか? あるいは、一定の年齢に達するまでなど、期間を限定する形でも」
その提案に、私はすぐに頷いた。
「それ、いいですね。私が許可した場合は話してもいい、という条件にしましょう」
ルシウスも納得したように小さく息をつき、アスへ視線を向ける。
「その条件を加え、契約を執行しろ」
「かしこまりました」
アスが静かに手を掲げると、淡い光が発生し契約書のようなものが浮かび上がった。室内にいるもの全員の前に出てきたその契約書にそれぞれサインをするとその契約書は霧散した。
こうして、この場にいた全員は
“本件の口外禁止(ただしルーナリアの許可を得た場合を除く)”
という魔法契約を結ぶことになった。
こうして一度、その場は解散となった。
私はすぐに、床に横たわったまま意識を失っているアルフレッドのもとへ駆け寄る。
傍らに降り立ったディアが、そっと彼の様子を探るようにみて、小さく頷いた。
「大丈夫。黒いもやが消えたことで一気に魔力を消耗しただけみたい。今はただ眠ってる」
その言葉に胸を撫で下ろし、私は家族へ振り向いた。
「アル兄様を、私の部屋で休ませます。皆さんも後でいらしてくださいね」
そう言って私は転移した。
私は自室のベッドに、そっとアルフレッドを寝かせた。
乱れた前髪を整え、呼吸が安定していることを確かめてから、掌を胸元へかざす。
「念のため……」
光系統の魔法で癒しの魔法を流し込む。淡い光がアルフレッドの身体を包み、わずかに張り詰めていた気配が静かに緩んでいった。
続いて私は、指先を彼の額に当てて《夢遊魔法》を発動させる。
「少なくとも今は……いい夢が見られますように」
小さくそう呟くと、彼の表情がほんのわずかに穏やかになった気がした。
――その時、部屋の扉が控えめに開かれる。
「こちらが姫様の寝室で――あれ、姫様?」
案内に来ていたらしいマリーが、部屋の様子を見て目を丸くした。
「それに、そちらで眠っていらっしゃるのは……アルフレッド皇子殿下ですか? これは……」
事情を察しかねているマリーに、後ろから入ってきたルシウスが静かに声をかける。
「すまない、少し外してくれ」
その一言で状況を悟ったマリーは、何も尋ねることなく深く一礼し、静かに退出していった。
部屋には、私とルシウス、シルビア、それから双子だけが残る。
「それで……ルーナちゃんのこともそうですし、どういうことですか、お父様」
ルビーが少し厳しい声で問いかけ、続いてルークも口を開いた。
「そうです、父上。ルーナにあんな力があったとはいえ、あの場を任せきりにするとは――」
どうやら二人とも、ルシウスが私を前面に出したことに納得していないらしい。
ルシウスはその視線を受け止めたまま、ゆっくりと私の方へ歩み寄る。そして私の手をそっと取り、静かに言った。
「……すまなかった」
「お父様?」
「シルビアを守るため、あの場で最も確実な手段としてルーナを頼ったのは事実だ。言い訳はできん」
その言葉に、シルビアが少し困ったように眉を寄せる。
「ルシウス、あなた……そんな言い方を」
家族の空気が、わずかに重く沈む。
私はそれを見て、ふっと小さく笑った。
「いえ、お父様が謝ることは何もありませんわ」
皆の視線がこちらに集まる。
「私も、あれが最善だと思いました。私でなければ、アル兄様を傷つけずに止めることは難しかったでしょうし……結果として、一番よかったのですから」
そう言うと、ルシウスは一瞬言葉を失ったように目を伏せ、そして静かに私を抱き寄せた。
「……ありがとう、ルーナ」
その腕の力は、先ほどまでの皇帝としてのものではなく、ただの父親のものだった。
「とりあえず、座って話そう」
そう言ってルシウスに促され、私たちは寝室を出て隣の応接間へ移動した。落ち着いた色合いのソファにそれぞれ腰を下ろし、ようやく少しだけ空気が和らぐ。
私は改めてルシウスへ視線を向けた。
「それにしても、お父様は私の力のことをいつからご存じだったのです?」
そう尋ねると、ルシウスは一瞬考えるように顎に手を当て、それから淡々と答えた。
「お前が三歳くらいの頃だな。図書室を抜け出して、裏の森へ行き始めた頃からずっと知っている」
(え、それって……ほぼ最初からじゃない)
思わず目を見開く私と、別の意味で驚いた様子のシルビアと双子が同時に声を上げた。
「三歳から!? 魔法を使っていたのですか?」
「しかもあの裏の森って、氷山のあるあそこですか!?」
「ルーナちゃんったら、そんなに小さい頃からすごかったのねぇ」
最後のシルビアののんびりした声に、私は苦笑しながらルシウスへ先を促す。
「私は《千里眼》というスキルを持っている。このスキルは、自分から離れた対象の気配や状態、魔力の流れなんかも遠隔で確認できるものだ。ルーナのことも、それでずっと見守っていた」
(え、ちょっと待って……それって、いろいろやらかしてるのも全部――)
こっそり城を抜け出したことも、ディアを拾ってきたことも、アルフレッドと遊びに行っていたことも、もしかしなくても全部知られていたということになる。
思わず遠い目になりかけた私の足元で丸くなっていたディアを、ルシウスは静かに見つめた。
「その狐も、尋常ではない魔力を持っていることは最初から分かっていた。だが、ルーナに危害を加える存在ではなさそうだったからな。干渉はしなかった」
そう言われたディアは、ルシウスを一度だけじっと見上げ、それから再び体を丸める。
すぐにテレパシーで声が届いた。
(ルーナのお父さん、ちゃんと分かってるじゃない)
(……だね。全部バレてたけど)
小さく肩をすくめると、私は改めてルシウスを見つめた。
こうして、私のこっそり自由気ままに過ごしていた「魔法幼女ライフ」は、実は最初から父に把握されていたのだと、ようやく理解したのだった。
「お父様、アデル様とアル兄様はどうなさるのですか?」
私がそう尋ねると、ルシウスは少し考えるように目を伏せ、それからゆっくりとアルフレッドが眠る寝室の方へ視線を向けた。
「……そうだな。後ほど事情の調査を進めた上で正式に処分を決めるつもりだが、あの女には皇妃の座から退いてもらう」
静かな声だったが、その決定はすでに揺るがないもののように感じられた。
「アルフレッドに関しては、まだ未定だ。操られていた可能性が高い以上、責任の所在を慎重に見極めねばならん」
そこでルシウスはわずかに表情を変えた。
「それと――アスセーナ公爵が協力を申し出てきた。調査のために動くそうだ。あの男が動けば、ある程度すぐに詳細は判明するだろう」
(公爵といえば……あの、ディアを見て妙に興奮していた人かしら)
ディアを転移させた時、ひとりだけやたらと反応していた姿を思い出していると、ルシウスが少し言いにくそうにこちらを見た。
「ただし……協力する代わりに、あの男は一つ条件を出してきた」
「「条件?」」
双子の声が揃って重なる。
「ああ。その……ルーナと共にいる狐に、一度会わせてほしい、と」
「ディアに、ですか?」
「そうだ。長年探してきた存在らしい、と言っていた」
その言葉に、私は足元にいたディアと視線を合わせる。
ディアも小さく首を傾げた。
(どうする、ディア)
(別に会うくらいならいいんじゃない? それに、ディアたちにどうこうできる相手なんて、この世界にはほとんどいないでしょう)
(……それもそうね)
テレパシーで短いやり取りを交わした後、私はルシウスに向き直った。
「わかりました。ディアも問題ないと言っていますし、お会いしても大丈夫です」
そう告げると、ルシウスは小さく頷いた。
「助かる。日取りは改めて伝えよう」
その後、細かな処理や事情聴取などの詳細は後日に改めて行うこととなり、予定されていた夜のパーティーは予定通り開催されることになった。
アデルは「体調不良による欠席」という形で公表され、アルフレッドについては、目覚めた後の体調と本人の意思を確認してから参加を判断する、という方針に落ち着いた。
一通りの説明が終わったところで、ルシウスがふと表情を和らげ、私と双子を順に見つめる。
「……もう一つ、お前たちに伝えておくことがある」
その言葉に、私たちは自然と姿勢を正した。
「シルビアの腹の中に、お前たちの妹か弟がいる」
「「「え!!!」」」
双子と私の声が見事に重なり、部屋に響く。
シルビアは少し照れたように、けれど嬉しそうに微笑んでいた。
(なるほど……だからお父様は、いつにも増してお母様を気にかけていたのね)
内心で納得しながら、私はシルビアの手をそっと握る。
「男の子でしょうか、女の子でしょうか。どちらでも楽しみですね」
そう言うと、シルビアは優しく頷き、「きっとにぎやかになるわね」と柔らかな声で返してくれた。
やがて、夜のパーティー準備のため家族はそれぞれの控室へ向かっていく。
私も自室へ戻り、マリーたちに再び身支度を整えられることになった。
その間、アルフレッドの様子を見てもらうため、ディアには寝室に残ってもらう。
そしてちょうど準備が整った頃、軽やかな足音とともにディアが部屋へ戻ってきた。
「起きたよ、ルーナ」
その一言に、私はすぐに立ち上がる。
「ありがとう、ディア」
そう言ってドレスの裾を整えながら、私はアルフレッドの待つ寝室へと足を向けた。
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