第24話 皇妃は何やら企んでいるようです
三人だけになった執務室で、ルシウスとランベルトは同時に深く息を吐き、どこか疲れたような表情で椅子に腰を下ろした。私はそのままルシウスの膝の上にそっと抱え上げられる。
「お父様、教皇猊下をなぜそんなに警戒されるのです?」
そう尋ねると、ルシウスは露骨に嫌そうな顔をした。
「あの老人は、ああ見えて相当食えない男だ。表では穏やかな聖職者を装っているが、裏で何を考えているか分からん」
その言葉に、ランベルトも小さく肩をすくめる。
「正直、私もできれば関わりたくはなかったのですがね……形式上、招待しないわけにもいかず」
「まさか本当に来るとは思わなかった。何が狙いだ……」
低く呟いたルシウスに、ランベルトが続ける。
「しかも、神官をかなりの数連れてきています。単なる訪問にしては大掛かりすぎますね。警戒するに越したことはないでしょう」
短いやり取りのあと、ルシウスは改めて私の顔を覗き込み、少しだけ声音を柔らかくした。
「ルーナ。自由に過ごしてよいとは言っているが、少しは警戒心を持ってくれ。お父様は本気で肝を冷やしたのだ」
その真剣な表情に、私は小さく頷く。
「ごめんなさい、お父様。気をつけます」
そう答えながらも、私は心の中で首を傾げていた。
(そんなに悪い人には見えなかったのよね……)
どちらかと言えば、どこか楽しそうに聖女の話を語る、少し変わった老人という印象だった。
(なんというか……推しがいるおじいちゃん、みたいな感じ? ちょっと推しへの感情が大きすぎるというか、少し歪んでそうな気もしなくはないけれど……)
そんなことをぼんやり考えていると、ルシウスが私の頭を軽く撫でた。
「ともかく、あの男には必要以上に近づくな。いいな」
「はい」
素直に返事をしながら、私はもう一度だけ、先ほどの教皇の笑顔を思い出していた。
あの穏やかな表情の裏に、いったい何が隠れているのだろうか――。
◇ ◇ ◇
そんな出来事があった後、しばらくしてエディが私を迎えに来てくれ、私は自室へと戻った。
部屋に入ると、窓辺でくつろいでいたディアがこちらを見上げる。
「おかえり。何かあったの?」
私は先ほどの図書館での出来事――教皇と話していたこと、そしてルシウスたちが慌てて迎えに来たことを簡単に説明した。話を聞き終えたディアは、ふうん、と軽く肩をすくめる。
「でも、ルーナがそんなに嫌な感じしなかったって思ったなら、その教皇って人、そこまで危ないタイプじゃないんじゃない?」
「どうかしらね。お父様たちはかなり警戒しているみたいだったけど……」
そう言いながらも、私の中でもまだ判断がつかない。穏やかな雰囲気の奥に、何か別の意図があるような気もするし、本当にただの風変わりな老人のようにも見える。
そんなことを話していると、扉がノックされ、マリーが顔を覗かせた。
「姫様、お時間でございます」
「わかったわ」
私は立ち上がり、ディアに「行ってくるわ」と声をかけて部屋を出る。今日は家族そろっての夕食会だった。
食堂に到着すると、すでに双子とルシウス、そしてシルビアまで席についている。
「遅れてしまいましたか?」
そう尋ねると、シルビアが優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、ちょうど今始めるところだったわ」
私はほっとして席につき、家族での食事が始まる。最近の出来事や誕生祭の準備の話など、いつものように穏やかな会話が続き、食卓は和やかな空気に包まれていた。
やがて食事がひと段落した頃、ルシウスがふと表情を引き締めた。
「……一つ、伝えておく」
その声色の変化に、自然と全員の視線が彼へ向く。
「皇妃が、何か仕掛けてくる可能性がある。しばらくは皆、注意して行動してほしい」
静かながらも断定的な口調だった。
「最近、あの女が聖王教会の神官たちや、実家――アスセーナ前公爵と頻繁に接触しているという報告が上がっている」
ランベルトからも同様の報告を受けているのだろう、ルシウスの視線は鋭い。
アスセーナ前公爵といえば、利益のためなら手段を選ばない人物として有名だったはずだ。教会と結びつくとなれば、確かに嫌な予感しかしない。
その話を聞きながら、私はふと、昼間に見かけたアルフレッドの姿を思い出した。
(まさか……アル兄様も、何かに巻き込まれているんじゃ……)
一瞬そんな考えが頭をよぎる。だが、すぐに首を振った。
(いくらなんでも、そこまでのことは――)
そう思いながらも、胸の奥に小さな違和感のようなものが残る。
(……もし何かあっても、すぐに動けるようにしておきましょう)
静かにそう決めながら、私は再び家族の会話へと意識を戻した。
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