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第22話 何かが動き出す予感がするようです

アルフレッドとスノーグレイスの氷山であの剣を見つけた日から、気がつけば数か月が経っていた。

結局、あの剣はそれ以上特別な力を見せることはなく、現在は“よく出来た一振りの剣”として扱われている。アルフレッドが手にした瞬間、ディアの言っていた「加護の残滓」は役目を終えたかのように完全に力を失ったらしい。

それでもアルフレッドは、その剣を大切に城へ持ち帰り、訓練の際には必ずそれを使うようになった。

ただ――あの時、剣を抜いた直後からしばらくの間、彼はどこか不安そうな様子を見せていた。剣そのものを恐れているというより、どちらかといえば私に向けられた不安のようだった。

会いに行くたび、別れ際に必ず小さな声で聞かれる。


「……僕を、一人にしない?」


そのたびに私は、


「もちろんです」


と笑って答える。するとアルフレッドは安心したように微笑み、そのやり取りが何度か続いた後、彼は次第にその言葉を口にしなくなった。

今では、以前よりも少しだけ穏やかな表情を見せることが増えている。



そして現在、私はある大きな行事の準備に追われていた。

マリーを筆頭とした使用人たちが、今日も私の目の前で次々とドレスや装飾品を並べ、真剣な表情で選定を進めている。

数日後に迫った一大イベント――それは、この帝国の母とも称される皇后シルビアの誕生日だった。

正直なところ、皇帝の誕生日よりも盛大なのではないかと思ってしまうのは、皇帝たるルシウス本人が誰よりも張り切って帝国中に祝賀を命じているからだ。


(皇帝自ら本気で動けば、そりゃあ盛大になるわよね……)


思わず乾いた笑みが浮かぶ。

帝国内の貴族はもちろん、国外からも多くの賓客が招かれる。今年はどうやら、珍しく聖王教会の教皇も参加する予定らしい。ルシウスは形式上招待状を送ったものの、「来なくてもいいのだがな」とぼやいていたのを、私ははっきり覚えている。


(お父様の誕生日より、お母様の誕生日に来た方が利益になると判断したのかしら)


そんな大人たちの思惑をぼんやりと考えながら、私は目の前で広げられていくドレスの数々を見つめた。

帝国内外から多くの客人が集まる大舞台ということもあり、マリーはいつにも増して気合いが入っているらしい。


「姫様、こちらの色味も大変お似合いになるかと存じます」


そう言って次のドレスを差し出してくるマリーに、私は小さく苦笑した。


(……今日は、長くなりそうね)


◇ ◇ ◇


「やっと終わった……」


そう呟きながら、自室のソファーへ倒れ込むように突っ伏す私に、ディアが呑気な声をかけてくる。


「お疲れ〜」


私は片手だけ軽く上げて応え、ゆっくりと身体を起こした。

凄まじい数のドレスや装飾品の中から、何度も何度も着替えさせられ、ようやく当日の衣装が決まったのだ。解放された頃には、気づけば数時間が経っていた。


(……本当に、長かった)


ふと、アルフレッドのことが頭に浮かぶ。

そういえば、彼は今、何をしているのだろう。


皇后陛下の誕生祭が終わるまでは、あまり皇妃宮へ来ない方がいい――そう彼自身に言われていた。理由はもちろん、アデルだ。

この時期の彼女は、例年ひどく荒れる。

なぜなら、シルビアとは違い、アデルの誕生日は公的に祝われることがないうえ、皮肉なことに二人の誕生日はわずか一日違いなのだ。

自分の誕生日は誰にも祝われず、憎んでいる相手は国を挙げて盛大に祝われる。しかも、その祝賀を率先して指揮しているのが、自分が執着しているルシウスなのだから――心中穏やかでいられるはずがない。


(アル兄様に八つ当たりしていないといいけれど……)


そう思いながらも、来ないでほしいと彼自身に釘を刺されてしまった以上、無理に会いに行くことはできない。

私はソファーの背にもたれ、天井を見上げた。


(……早く誕生祭が終わらないかしら)


そうすれば、またアルフレッドと気兼ねなく会える。

そんなことを思いながら、私は小さく息をついた。


◇ ◇ ◇


誕生祭当日は明日となった今日、私はエディを伴い、中央宮の禁書庫へと向かっていた。

行き交う使用人や貴族たちに軽く挨拶を返しながら廊下を進む。ディアはちょうど昼寝の時間で、今日は部屋でお留守番だ。

しばらく歩いているうちに、私は小さな違和感を覚えた。


(……なんだか、いつもと空気が違う?)


理由はすぐに分かった。廊下ですれ違う人々の中に、見慣れない装束の者がちらほら混じっている。白と金を基調とした、神官のような衣をまとった人々だ。

中央宮は広大で、迎賓館のように来客を泊める区画も存在する。外部からの人間が歩いていても不思議ではない。


(聖王教会の教皇たちが、もう到着したということかしら)


そんなことを考えながら歩いていると、廊下の向こうに、見慣れた金髪を揺らす貴婦人の姿が目に入った。


(アデル様……?)


皇妃アデルは、数名の神官と思しき人物たちと談笑していた。その表情は、最近目にすることのなかったほど上機嫌に見える。

そして、その隣には――アルフレッドの姿があった。

自然と私の意識は彼へと向かう。

久しぶりに見るアルフレッドは、いつものように静かな無表情を浮かべていた。だが、どこか、ほんのわずかに違う。


(あれ……?)


言葉にしにくい違和感だった。無表情なのはいつも通りなのに、そこにあるはずの気配が感じられない。まるで、感情だけが薄く切り取られてしまったかのような、どこか人形じみた静けさ。

一瞬、彼の周囲に微かに重たい魔力の揺らぎのようなものを感じた気がして、私は思わず足を止めた。

もう少しよく見ようとした、その瞬間。


「ルーナ?」


背後から声をかけられ、振り向くと双子の片割れ、ルークが立っていた。


「ルーク兄様、ごきげんよう」


そう言って挨拶を返すと、ルークは軽く微笑みながらこちらへ歩み寄ってくる。


「どこへ行くんだい? 途中まで一緒に行こう」


そう言って自然に私の手を取った。私はそれを握り返しながら、もう一度アルフレッドの方へ視線を向ける。

だが、その時にはすでに、アデルと神官たちの一行は廊下の奥へと歩き去ってしまっていた。

先ほど感じた違和感を確かめることはできないまま、私は小さく首を傾げる。


(……気のせい、かしら)


胸の奥にほんのわずかに残った引っかかりを覚えながら、私はルークと並んで禁書庫の方へと足を向けた。


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