第21話 伝承の剣を発見したようです
少し寒い場所だからと厚手の外套を着込んでもらい、アルフレッドの手を取って、足元にいるディアと共に転移する。次の瞬間、視界が切り替わり、私たちはスノーグレイスの氷山の麓へと立っていた。
降りしきる雪の中、一面に広がる白銀の景色を前に、アルフレッドは白い息を吐きながら目を輝かせる。
「すごい……ここって、城のずっと奥に見える氷山だよね?」
「そうですよ。こっちです」
私は彼の手を取り、滑らないよう気をつけながら洞窟の中へと導いた。
洞窟の内部は、今日も宝石箱のように輝いている。氷柱や氷壁が月の光を受けて淡く光り、足元に落ちる光までがきらめいて見えた。
「うわぁ……!」
年相応の素直な歓声を上げるアルフレッドを微笑ましく思いながら、私は彼を洞窟の奥――天井が大きく開け、月光が真上から差し込む場所へと案内する。
そこでは、降り注ぐ銀色の光が氷の柱に反射し、洞窟全体を静かな輝きで満たしていた。まるでこの世のものとは思えないほど幻想的な光景が、目の前に広がっている。
「ここに誰かを連れてきたのは、アル兄様が初めてです」
そう言うと、アルフレッドは少し驚いたようにこちらを振り向いた。
「そうなの?」
「はい。そもそも、私が魔法を使えることも、みんなには内緒ですから」
その言葉に、彼は小さく「僕が初めてか……」と呟き、どこか嬉しそうに微笑んだ。その表情を見て、連れてきてよかったな、と私も自然と頬が緩む。
やがてアルフレッドは、興味深そうに洞窟の中を歩き回り始めた。氷の柱に近づいて光の反射を確かめたり、天井から差し込む月光を見上げたり、まるで子どものように目を輝かせている。
「遠くに行っちゃだめですよー」
少し離れた場所へ歩いていく背中に声をかけると、彼は振り返って手をひらひらと振り、
「わかってるよ」
と笑って答えた。
その様子に、私はディアと顔を見合わせて小さく笑い合う。そして二人で並んで、静かに夜空を見上げた。
洞窟の天井から差し込む満月の光が、氷の柱を透かして淡く揺れている。凍てつく空気の中で、どこまでも澄んだ銀色の輝きが広がっていた。
◇ ◇ ◇
しばらくして、探索に向かっていたアルフレッドが戻ってきた。
「何か面白い場所はありましたか?」
私がそう尋ねると、アルフレッドは少し考えるような仕草をしてから答える。
「……あっちに、小さな部屋のような空間があったんだ。さっきまで気づかなかった場所なんだけど」
私はディアと顔を見合わせ、テレパシーで小声の会話を交わした。
(ディア、あっちにそんな場所ってあったっけ?)
(いや、なかったと思うけど……)
少し首を傾げながらも、アルフレッドに案内してもらい、その場所へ向かうことにした。
そこは通路の奥まった位置にある、壁に囲まれた小さな空間だった。確かに、私とディアの記憶には存在しない場所だ。
「アル兄様、この空間はどうやって見つけたのです?」
そう尋ねると、アルフレッドは少し困ったように微笑む。
「自分でもよく分からないんだ。初めて来たはずなのに、なぜか見覚えがあるような気がして……それで歩いていたら、この壁に行き着いた。何となく触れてみたら、突然この空間が現れたんだ」
どうやら、アルフレッドの魔力か何かに反応して現れた場所らしい。
「入ってみましょう」
私はそう言い、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。
内部は一面、透き通る氷でできた空間だった。氷壁は淡い光を反射し、まるで宝石の内部に入り込んだかのような幻想的な景色が広がっている。よく見ると、氷の表面には微細な魔力の流れが走っており、空間全体が静かに息づいているようだった。
「ルーナ……ここ、ディアや“先代”と同じ系統の魔力を感じる」
ディアが低く呟く。
「……確かに、どこか懐かしい感じがするわね」
(なんだろう。どこかで感じたことのあるような、なんだか愛しいような…)
そのとき、空間の奥に淡く輝く何かが見えた。
私たちは顔を見合わせ、ゆっくりと近づいていく。
そこにあったのは――一本の剣だった。
「……剣?」
氷で形作られたかのような、透明感のある青白い光を放つ美しい剣が、氷の台座に静かに突き刺さっていた。
◇ ◇ ◇
その剣は、まるで私たちを待っていたかのように――見つけてほしかったかのように、私たちがその存在をはっきりと認識した瞬間、淡く光を放ち始めた。
私の斜め後ろで同じく剣を見つめていたアルフレッドが、ふっと顔色を悪くする。
それに気づいた私は、そっと彼の手を握った。
「アル兄様? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫。だけど、なんだか……すごく苦しくなって」
そう言ったアルフレッドの表情は、どこか悲しげで、ひどく寂しそうに見えた。そして彼の胸の内に湧き上がる感情に呼応するかのように、剣はさらに輝きを強める。まるで、彼に触れろと――柄を握れと、静かに呼びかけているかのようだった。
私は直感的に感じた。
(……この剣の主に相応しいのは、アル兄様だわ)
アルフレッド自身もまた、強く惹かれているのだろう。不安を滲ませながらも、視線を剣から外すことができずにいる。
その時、ディアが小さく駆け出し、剣の前まで進むと、そっと額を剣身に触れさせた。
「ディア?」
突然の行動に思わず声をかけると、ディアは振り返り、確信したように言った。
「……やっぱりだ。これは、ディアの主人――氷を司る神が作り出した加護の残骸だよ」
「加護の残骸?」
「そう。もう、この剣に氷の神の加護そのものは残っていない。神々がこの世界を離れた時、加護もまたほとんどが失われたから。でも……かつて宿っていた力の何かの痕跡は、まだここに残っている」
ディア自身も、すべてを理解しているわけではないらしく、感覚で語っているようだった。
その言葉を聞いた瞬間、私はふと思い出す。
(……そういえば、禁書庫で読んだ伝承)
スノーグレイスの氷山に眠る“剣聖”の話。彼は伝承によれば、この氷山のどこかで姿を消したと記されていた。
(もしかして……この剣が、その剣聖の剣とか?)
私はアルフレッドを見上げる。彼もまた、不安げな眼差しでこちらを見つめ返していた。
「アル兄様……あれは、きっとアル兄様を待っていたんじゃないかって思うんです」
「……僕を?」
「ええ。でも、もし怖いと思うなら、このままでもいいと思います」
どうなさいますか、と静かに問いかける。
アルフレッドはしばらく黙ったまま俯き、それからゆっくりと顔を上げた。その瞳には、はっきりとした覚悟が宿っている。
「……抜いてみるよ」
そう言って一歩踏み出した彼は、不意に私の方を振り向いた。その瞳には、まだ消えきらない不安が揺れている。
「ルーナリアは……僕を、一人にしない?」
思わず零れたようなその言葉は、彼自身もなぜ口にしたのか分からない、そんな響きを帯びていた。
私は安心させるように微笑む。
「もちろんです。だって、アル兄様は私の大切な家族ですから」
その言葉に勇気づけられたように、アルフレッドは小さく頷いた。
私たちは手を繋いだまま、ゆっくりと剣の前へ歩み寄る。そして彼が柄に手をかけると――
剣は抵抗することなく、するりと抜けた。
先ほどまで淡く輝いていた刀身は、アルフレッドの手に収まった瞬間、静かに光を失う。まるで、長い役目を終えたかのように。
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