第19話 皇妃宮に侵入するようです
その後、アンセルは何も言えないまま、魂が抜けたような表情でその場を立ち去っていった。アルフレッドは私と双子に深く礼をし、次の授業へ向かうため静かに去っていく。
残された私は、双子から「せっかくだから稽古を見ていけ」と半ば強引に引き留められ、そのまま二人の稽古を見学することになった。
双子の剣技は、先ほどの試合とはまた別格だった。鋭さも速さも、そして何より動きの完成度が段違いで、思わず少し引き気味になりながらその稽古を眺めることになる。
(アル兄様も十分すごかったけれど……やっぱり双子は、そのさらに一歩上なのね)
二人の動きを目で追いながら、私は小さく息をつく。
(……私には、あの動きは無理そう)
そう思った私は、剣術の正式な授業を受けるのはやめておこう、と内心で静かに決めた。
その後、今回の一件を耳にしたルシウス陛下が、アンセルの城への出入りを一か月間禁止にしたらしい、という話を聞いた。これでしばらく、あのお坊ちゃんに煩わされることもないだろう。
少しほっとした気持ちで、またアルフレッドに会おうと、授業の時間に合わせてエディとともに訓練場へ向かった。しかし、その日、アルフレッドの姿はなかった。
「どうしたのかしら」
そう呟くと、エディがすぐに言った。
「私が調べてまいります」
「お願いね」
そう頼み、その日は一度部屋へ戻ることにした。
翌日、エディが調査結果を報告してくれる。
「どうやら、陛下がアルフレッド皇子殿下の剣術授業を、しばらく差し止められたようです」
「なんですって?」
思わず声が大きくなる。
「アデル様が先日の件をお知りになり、アルフレッド皇子殿下の剣の才能について、陛下へ何度も申し立てを行われたようです。それを煩わしく思われた陛下が、授業そのものを一時停止とし、あわせてアデル様に対しても、一定期間、中央宮および陛下の御前への立ち入りを制限されたとのことです」
私はその話を聞き、思わず額に手を当てた。
(まさか、そんなことになるなんて……)
ルシウス陛下がアデルを疎んじていることは、宮廷の空気から何となく感じ取っていた。だからこそ、しつこく言い募られた結果、原因ごと遠ざける形を取ったのだろう。
(……私の行動がきっかけで、アル兄様から大好きな剣の時間を奪ってしまったのかもしれない)
そう思うと、胸の奥が少し重くなる。
そんな私の様子を察したのか、エディが穏やかな声で言った。
「ご安心ください、姫様。次に陛下へお目通りされる機会がございましたら、姫様からアルフレッド皇子殿下の剣術授業再開をお願いされてみてはいかがでしょうか。陛下は姫様のお言葉を、きっと無下にはなさらないかと存じます」
「……そうね」
小さく頷きながら、私は心の中で決めた。
(次にお父様にお会いしたら、お願いしてみよう)
◇ ◇ ◇
私とディアがたどり着いたのは、皇妃宮の入口だった。ここには皇妃アデルと、その息子アルフレッドが住んでいる。私の住む皇女宮よりも装飾は一層派手で豪華だが、なぜか空気は重く、どこか陰鬱な気配が漂っていた。
「……なんか、落ち着かない場所だね」
ディアが小さく呟く。私は頷きながら、周囲へ意識を巡らせる。
「とりあえず、見つからないように進みましょう」
なぜ私たちがこんな場所に来ているのかというと、アルフレッドに会うためだった。ルシウスに剣の授業再開をお願いしようと思っていたのだが、仕事が立て込んでいるらしく、なかなか面会の機会が訪れない。さらにその後、ルシウスの命により、アデルとアルフレッドは皇妃宮からの外出をしばらく禁じられてしまった。
どうやらアデルが再び問題を起こし、禁止されているにもかかわらずルシウスの周囲に現れ、あろうことか母シルビアが同席している場で付きまとったらしい。
(それは……さすがにまずいでしょう)
ルシウスがシルビアの安全に関わることを何より嫌うことを、私はよく知っている。アルフレッドは完全に巻き添えだった。
そうして会えなくなった私は、せめて元気かどうかだけでも確かめようと、ディアと共にこっそり様子を見に来たのだった。
使用人の気配を感じ取るたび、私は闇属性の魔力を薄くまとわせ、自分とディアの姿を覆い隠す。さらに風属性で衣擦れや足音を拡散させ、床に伝わる振動を吸収する。気配を極限まで抑えながら、静かに廊下を進んでいく。
やがて、ひとつの部屋の中から甲高い声が響いてきた。
私はディアと顔を見合わせ、そっと扉へ近づく。わずかに隙間を開け、室内を覗き込んだ。
そこにいたのは――アデルと、
「……アル兄様……?」
アルフレッドだった。
皇妃は興奮した様子で、アルフレッドに罵声を浴びせている。
「なぜ私がこのような扱いを受けなければならないのよ!私は皇妃なのよ!?どうしてルシウス様は私ではなく、あの女にばかり構うの!」
(いや、それは単純に嫌われているからです)
心の中でそっと呟きながら、私はアルフレッドへ目を向ける。彼はすべてを黙って受け止め、ただ静かに立っていた。
「そもそも、お前がルシウス様の目に止まるような働きをしないからいけないのよ。アンセルも可哀想にここに来られなくなってしまったし、全てはお前がうまく立ち回らないせいよ」
そう言ってアルフレッドに責任転嫁し始める。
(イヤイヤ、それは違うでしょう)
と私は心の中で呟きながら、アルフレッドは母親からこんな扱いを受けているのかと悲しくなった。当のアルフレッドは「申し訳ありません」と小さく呟いて俯いている。
やがて侍女が差し出したのは――鞭だった。
「腕を出しなさい」
アルフレッドは躊躇いながらも袖をまくり、腕を差し出す。
次の瞬間、鞭が振り下ろされる。
子供相手に容赦無く振り下ろされる鞭と痛みに耐えながらも声を上げないアルフレッド。
「どうするの、ルーナ」
ディアが小声で尋ねる。
「もちろん、止めるでしょ」
私は静かに魔力を編み上げた。
(そうだ、なんか結界みたいな防御できるのとか作れないかな)
そう思った時に、私の髪飾りが光かがやき精霊が力を貸してくれたような気がした。すると透明な防壁が、私がイメージしていた通りにアルフレッドの腕の前に静かに形成された。
振り下ろされた鞭は、その結界へと叩きつけられる。
「きゃっ!」
思いがけない反動にアデルが体勢を崩す。その隙を逃さず、私は風属性の魔力を床に流し、侍女の足元の空気を一瞬だけ滑らせた。よろめいた侍女が皇妃にぶつかり、二人は揃って床へ倒れ込む。
さらに私は、鞭の軌道をわずかに逸らすように、風属性の刃で皇妃のドレスの一部だけを切り裂いた。まるで誤って鞭が当たったかのように見える位置を、正確に。
「私のドレスが……!この後にここでお茶会があるというのに!」
怒りと焦りを滲ませながら、アデルは急いで着替えのため隣室へ向かう。侍女も慌てて後を追った。
部屋に残ったのは、アルフレッドだけだった。
彼はまだ腕を差し出した姿勢のまま、呆然と立ち尽くしている。
私は周囲の気配を確認し、扉を静かに開いた。
「アル兄様!」
「ルーナリア!?」
「説明は後で。今は――」
彼の肩に手を置き、転移の魔法を発動させた。
次の瞬間、空間が静かに歪み、私たちの姿はその場から消えた。
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