第18話 兄と姉たちの実力を知れそうです
それからしばらく、私は時折アルフレッドの授業の時間を見計らって、訓練場へ足を運ぶようになった。
今日も顔を出してみようと、エディを伴って演習場へ向かう。
(今日は少し遅くなってしまったから……もういないかしら)
出発間際に呼び止められてしまい、いつもより少し遅れてしまったのだ。普段なら、ちょうど授業が終わる頃にはアルフレッドと少しだけ話ができるのだが、今日はすでに次の授業へ向かってしまっているかもしれない。
それならそれで仕方がない、と思いながら足を進めていると、遠くから何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「……何かあったのでしょうか」
エディが周囲を警戒するように小さく呟く。
「そうね。少し急ぎましょう」
私は頷き、歩調を少し早めた。
演習場に近づくにつれ、声ははっきりと聞こえるようになる。どうやら数人が集まり、何か揉めているらしい。
視界が開けた先には、まだその場に残っていたアルフレッドの姿があった。そして、その向かいにはアスセーナ公爵家の嫡男アンセル、さらに少し離れた位置にはルークとルビー、双子の姿も見える。
(そういえば、アル兄様の授業のあとに、双子の授業があるって言っていたわね)
おそらく、双子は授業のためにここへ来たのだろう。
(でも……どうしてあのわがままそうなお坊ちゃんまで?)
小さく首を傾げながら、私はエディとともにその場へ近づいていった。
いち早く私の姿に気づいた双子が、ぱっと表情を輝かせてこちらへ駆け寄ってくる。
「ルーナ! どうしてここへ?」
「ルーナちゃんだ! お姉様に会いに来たの?」
二人に勢いよく問いかけられ、私は思わず苦笑する。
「最近、この辺りを散歩しながら通ることがありまして。ごきげんよう、ルーク兄様にルビー姉様」
当たり障りのない返事を選んだのは、双子があまりアルフレッドに関心を持っていないことを知っているからだった。もし「アルフレッドに会いに来た」と正直に言えば、余計な詮索を受けて、話がややこしくなりそうだったのだ。
私は視線を演習場の方へ向けながら、双子に問いかける。
「それで、何があったのですか?」
ルークが肩をすくめるようにして答えた。
「前の授業が少し早く終わったから、ルビーと早めにここへ来たんだ。そうしたら、まだアルフレッドがいてね……なぜかアスセーナ公爵の息子と揉めていた。別派閥の者同士だし、少し様子を見ていたところだ」
それに続いて、ルビーが少し退屈そうな声で言う。
「揉めてるっていうより、アスセーナ公爵の息子が一方的にアルフレッドに何か言ってる、って感じだったわ。正直、興味ないから早く終わらないかしらと思って見てただけ」
双子らしい、あまり遠慮のない物言いだった。
(もう少し助けてあげてもいいと思うんだけど……)
心の中で小さくため息をつきながら、私はアルフレッドたちの方へと歩みを進めた。
「ごきげんよう、お二人とも」
そう声をかけると、アルフレッドとアンセルの二人が同時にこちらを振り向いた。私の後ろに立つ双子の姿に気づいた瞬間、アルフレッドはわずかに顔色を曇らせ、アンセルは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべる。どうやら先日のお茶会で少し言い返したことを、まだ根に持っているらしい。
(別に、嫌われても困らないけれど)
私は軽く息を整え、落ち着いた声で言った。
「アスセーナ公子。ここは皇族の剣術授業が行われる場です。なぜあなたがこの場所にいらして、さらに皇族であるアル兄様と言い争っているのですか?」
アンセルは一瞬、意外そうに目を瞬かせた。まさか年下の、それも五歳の皇女に問いただされるとは思っていなかったのだろう。少し顔を赤くしながらも、どこか反発するように言い返す。
「叔母上から許可はいただいています。ルーナリア皇女殿下には関係のないことでしょう」
その言い方に、背後にいた双子の空気が一瞬で張り詰める。アンセルもそれに気づいたのか、わずかに視線を揺らした。
(……その言い方をしたら、こうなるって分かるでしょうに)
内心で小さくため息をつきながら、私は改めて問いかける。
「わかりました。それで、何があったのです?」
するとアンセルは、ためらいもなくアルフレッドを指差した。
「アルフレッド殿下が、ずるをして僕に勝ったのです。だから、もう一度勝負をするよう言っていたところです」
その言葉に、私は一瞬言葉を失い、アルフレッドへ視線を向ける。彼は困ったように口を閉ざし、やや居心地の悪そうな様子で立っていた。
(……なるほど)
教師の姿が見えないことから察するに、授業終了後、アンセルが勝負を挑み、敗れたことに納得がいかず言い募っている、というところだろう。
私は小さく息をつき、それから穏やかな口調で言った。
「では、こうしてはいかがでしょう」
その場の視線が一斉に私へ向けられる。
「アル兄様に、ルーク兄様かルビー姉様と試合をしていただくのです。それをご覧になれば、アスセーナ公子のおっしゃる“ずる”などなかったこと、そしてアル兄様の実力が本物であることも、すぐに分かるでしょう」
アルフレッドが驚いたようにこちらを見つめ、双子は面白そうに目を輝かせる。
「じゃあ、私がやるわ」
楽しげな声でそう言ったのはルビーだった。
こうして思いがけず、ルビーとアルフレッドの剣の試合が始まることになった。
◇ ◇ ◇
いつの間にか、ルビーとルークの剣術教師も訓練場へ姿を見せていた。事情はエディがすでに説明してくれていたらしく、教師は状況を確認したうえで、静かに試合の準備を整えている。
そのまま、アルフレッドとルビーの試合が始まろうとしていた。
私は開始前に、そっとアルフレッドのもとへ歩み寄る。
「ごめんなさい、アル兄様。勝手にこんなことをしてしまって」
そう言うと、アルフレッドはわずかに首を振り、申し訳なさそうに微笑んだ。
「いや、僕こそ巻き込んでしまってごめん」
それからルビーの方へ視線を向け、
「……まさか、ルビー皇女殿下と試合ができるとは思わなかった」
と、どこか嬉しそうに言う。純粋に、強い相手と剣を交えられる機会を楽しんでいるようだった。
再び私の方へ目を戻し、
「ルーナリアのおかげだ。ありがとう」
と礼を告げる。
私は微笑んで頷いた。
「アル兄様なら、きっとルビー姉様と互角にやり合えます。頑張ってくださいね」
そう言って一歩下がり、観戦の位置へ戻る。
やがて教師の合図とともに、試合が始まった。
ルビーの剣技は、荒々しさを感じさせながらもどこか洗練されており、その華奢な体からは想像できないほどの重さを伴って、鋭くアルフレッドへ打ち込まれていく。対するアルフレッドは、冷静な足運びでそれを受け流しながら、無駄のない端正な剣筋で応じていた。
隣で観戦していたルークが、感心したように口を開く。
「へぇ……ルビーとここまでやり合えるなんて、すごいじゃないか」
その横では、格の違いを目の当たりにしたアンセルが、青ざめた顔で言葉を失っている。
(……これなら、もう文句は言えないでしょう)
試合はしばらく拮抗した状態が続いたが、やがてルビーの鋭い一撃がアルフレッドの剣を弾き飛ばし、勝負が決した。
剣を下ろしたルビーは、少し息を整えながらアルフレッドを見て言う。
「あなた、やるじゃない」
初めて興味を持ったような、素直な称賛の言葉だった。
アルフレッドはまだ呼吸を整えながらも、嬉しそうに小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます」
そのやり取りを見ながら、私は胸の奥がほんのりと温かくなるのを感じていた。
(少しだけ、みんなの距離が縮まったかもしれないわね)
そんなことを思いながら、私は静かに微笑んだ。
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