第3話 皇妃と異母兄に遭遇したようです①
朝の陽光が窓越しに差し込み、淡い金色の光が部屋を照らしていた。寝台から体を起こすと、枕のすぐ横には丸くなったディアがまだ熟睡している。小さな胸が規則正しく上下し、銀の毛並みが光を柔らかく弾いていた。
(ついに今日なのね……)
今日の夜には晩餐会が開かれる。そこには、まだ顔を合わせたことのない皇妃アデルと異母兄アルフレッドも出席することになっていた。そして明日はいよいよ、私のお披露目を兼ねたパーティーが開かれる。
「姫様、お目覚めでございますか」
控えめなノックの後にマリーが入ってくる。私は頷いて挨拶し、寝台から降りた。カーテンが引かれ、部屋に朝の光が満ちる。ディアは小さく鼻を鳴らしただけで、まだ眠りの中にいる。
その後、入ってきた侍女たちとマリーとで選び出した数々のドレスの中から、私は淡いピンク色のドレスを選んだ。胸元には繊細なレースがあしらわれ、裾へ向かってグラデーションのように色が濃くなっていく。理由は単純だ。このドレスが、先日届いた赤いルビーのブローチによく似合うからだった。
あのブローチの送り主は不明。けれど、もしアルフレッドが送ってくれたのだとしたら——そんな考えが頭の片隅に引っかかって、私はそれを胸元に留めることにした。鏡に映った自分の姿は、いつもより少し“よそ行き”で、妙に落ち着かない。
(……よし。かわいい。大丈夫)
自分に言い聞かせるように小さく頷いたところで、ようやくディアが伸びをして起きた。紫の瞳がとろんとしていて、寝起きの声でテレパシーが飛んでくる。
『ルーナぁ……今日、なんかそわそわしてる?』
『そりゃするよ。今日は晩餐会だもん』
『ふふ。がんばってねぇ……』
言いながら、ディアは私の肩に顎をのせるように擦り寄ってくる。もふっとした温度に、少しだけ緊張がほどけた。
支度を終えた後、夜まで特に予定がないこともあり、私は暇つぶしにディアとともに禁書庫へ向かうことにした。図書館の地下にある禁書庫へ行くには、まず城内の図書館へ行かねばならない。
今日はマリーが別の仕事に出ており、私の傍にはエディのみが付き従っていた。
今まで私が暮らしてきた皇族の居住区とは異なり、図書館へ向かう道は多くの貴族や役人が行き交う場所だった。私が通ると、人々は興味深げに目を向けながらも、不敬を咎められぬよう、そわそわと視線を逸らしていく。その奇妙な空気を感じながらも、私は背筋を伸ばして静かに歩みを進めた。エディの足音は一定で、周囲のざわめきさえ整列させるような静けさがある。
図書館の扉が次の次の角を曲がったところで見えてきそうな地点で、前方がざわついていることに気がついた。
「何か揉めているようですね」
エディが低い声で呟く。どうやら高位の貴族同士が言い争っているようだった。エディは状況を一瞬で測ったように、私へ問いかける。
「姫様、巻き込まれたら面倒です。引き返されますか?」
普通ならそうするべきだ。けれど——私は、角の向こうから漏れてくる声の“質”が気になった。喉を刺すような苛立ちと、薄い笑顔の気配。なんとなく、嫌な予感がする。
「……少しだけ、様子を見たいわ」
エディは一瞬だけ眉を動かしたが、「御意」と短く返し、半歩前に出て私の前を守る位置を取った。
ちょうど角を曲がったところで視界の先に現れたのは、派手な装飾のドレスを纏った金髪女性と、彼女によく似た色彩を持ちながら雰囲気の異なる、私より少し年上らしき少年だった。——あの色彩は、皇妃アデルと異母兄アルフレッドに違いない。
そして、そのアデルの正面には、扇で口元を隠しながらも呆れたような態度を取る貴婦人がいた。
(あれは……ランベルトおじ様の奥方の、セレスティーヌ様? なんでこんなところに……)
薄茶色の髪を綺麗に結い上げた彼女は、皇帝の補佐を務める宰相ランベルト・ローザリアの妻——ローザリア公爵夫人セレスティーヌ。その傍らには、彼女の息子サフィリアンが立っていた。
五歳になりお披露目をするまでは、国内外の貴族との関わりは基本ない皇族だが、父ルシウスの右腕である宰相ランベルトとは、たまに会う機会がある。私は親しみを込めて、彼を“ランベルトおじ様”と呼んでいた。ルシウスとランベルトは幼馴染であり親友だ。その妻であるセレスティーヌもまた、母シルビアと仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしてきた。学生時代からこの四人は仲が良いらしい。
そのためローザリア家は例外として、私は五歳になる前から面識があったのだった。
(リアン兄様もいるなんて……双子に会いにきたのかしら?)
サフィリアン・ローザリア。父ランベルト譲りの水色の髪と、母セレスティーヌ譲りの青の瞳を持つ少年で、双子——ルーク兄様とルビー姉様の幼馴染だ。ルーク兄様とは親友の間柄、そしてルビー姉様の婚約者でもある。元気いっぱいのルビー姉様を、困ったように宥めつつ微笑ましく見守るサフィリアンは、確かにお似合いの相手だった。私も彼が登城した際は遊んでもらうことがあり、親しく“リアン兄様”と呼んでいる。
『ルーナ!リアン兄様いるねぇ』
『うん。双子に会いにきたのかもね、ディア』
『だよね〜』
テレパシーで囁き合いながら、私は少し先で起きている騒ぎを見つめる。アデルは声高に何かを喚き、セレスティーヌは冷ややかに応じている。アルフレッドはアデルの少し後ろで、黙って状況を見ているようだった。サフィリアンは、表情を崩さずにセレスティーヌの傍に控えている。
(……やっぱり貴族って面倒だなぁ)
帝国には二つの公爵家が存在する。一つは代々宰相を務めることの多いローザリア公爵家。皇帝派筆頭の彼らは皇族と仲が良い。家紋は青薔薇で、セレスティーヌの扇子にも青薔薇が描かれていた。
もう一つが貴族派筆頭のアスセーナ公爵家。皇妃アデルはアスセーナ家から嫁いできている。家紋は赤い百合。
青薔薇と赤い百合。対照的な二大公爵家の女性陣、その頂点が目の前で火花を散らしている。
(お父様のいないところで皇妃に会うのは得策じゃない……。いや、会いたくて会いに行ったわけじゃ、全くないんだけど)
図書館は二人が争っている場所のさらに奥——このまま進めば、確実に“巻き込まれる”。私は禁書庫行きを諦め、そっと踵を返そうとした。
しかし、その瞬間——
「あれは……ルーナリア皇女殿下ではないか?」
誰かが呟いたその声が、思いのほか大きく響いた。
(げっ! なんでそこで私の名前を……!)
途端に周囲の空気が張り詰めた。アデルも、セレスティーヌも、その息子たちも——一斉にこちらへ視線を向けた。
視線の矢が、肌を刺すように痛い。
(あぁ、やってしまった……)
内心で嘆きながらも、私は背筋を伸ばし、顔に笑みを貼り付ける。ディアが私の足元にぴたりと寄り添い、エディが半歩前に出て立ったのがわかった。
「ご機嫌よう、皆様」
声は、思ったより落ち着いていた。
——どうやら、面倒なことに鉢合わせしてしまったようです。
新しいキャラの登場です。
帝国二大公爵家
【青薔薇】ローザリア公爵家:皇帝派筆頭
【赤百合】アスセーナ公爵家:貴族派筆頭
ローザリア公爵家の皆様は以下のとおりです。
宰相ランベルト:父の親友
妻セレスティーヌ:母の友人
息子サフィリアン:双子の幼馴染で兄の親友、姉の婚約者
ついに皇妃たちと遭遇してしまったルーナリアですが、その後の展開は次回に持ち越しです。




