第1話 私、ついに5歳になったようです
禁書庫の奥深く、薄暗い灯りの下で、一冊の古びた書物が静かに閉じられた。
「おもしろ〜い!大陸伝承ってなんか良いっ!しかも剣聖ってかっこいいじゃん?うちにもこんな昔話あったんだなぁ!」
「そうだねぇ。古竜って風の聖獣のことかなぁ?」
「確かに。セレスティアルなら何か知ってるかも」
私はグランディアことディアの返しに、あの風のドラゴンのことを思い出しながら答えた。
「あとスノーグレイスの雪山ってあの雪山だよね?私たちが出会った」
「そうじゃない?」
「それに災厄ってなんのことなんだろう?」
私の囁きが静寂に溶けていく。私——ルーナリアは、その小さな手で本の表紙をそっと撫でた。時の流れに晒され、革張りの装丁はひび割れている。長い年月を経たそれは、まるで古の記憶を閉じ込めたかのようだった。
先ほどまでディアと共に読んでいた書物は、所々の文字が掠れ読めない部分も多い。それでも私たちは夢中になってページを捲り続けた。皇族しか閲覧を許されない禁書庫に足を踏み入れたのは、数日前の5歳の誕生日に父である皇帝ルシウスへ願い出たからだった。多くの貴族の子供が贈り物や剣、魔導具を望む中、私が願ったのはもちろん新たな知識だった。
そうして見つけたのが、大陸伝承の古書。数冊あるその書物の中の「氷の章」と題された部分には、剣聖と災厄の名が刻まれていた。けれど、肝心な部分は風化しており、全容を知ることができない。
「……まあいいか」
小さく呟き、私は本を閉じた。銀の髪がふわりと揺れる。魔法の灯りが消えかけた室内に、私とディアの宝石のような紫の瞳が小さく輝いた。
「ルーナ。そろそろ時間じゃない?」
「あ…!そうだね。行こう、ディア」
(他にも大陸伝承が書かれているっぽい別の本たちは、また今度時間がある時に読み進めよう)
私が椅子から降りると、ディアも同じように乗っていた机からぴょこんと飛び降りる。そして私たちは静かに足音を忍ばせながら禁書庫を出た。皇族の居城の一角、城の図書館の地下にあるこの空間には、書物の香りと共に、時代の重みが漂っていた。
図書館へと続く階段を上り、私は司書の男性に挨拶する。
「ありがとうございました」
「皇女殿下、またのご利用をお待ちしております」
紳士的な司書の声に、私はこくりと頷き図書館を後にした。扉の外で待っていたのは、私の専属侍女マリーと専属護衛のエディ。
「お戻りになられましたね、ルーナ姫様」
「禁書庫に面白い本ありました?」
エディが柔らかく笑う。それに対して私は「まあまあかなぁ」と曖昧に返しながら、二人と共に城の廊下を歩き出す。
数日後には、私のお披露目のパーティーが控えていた。貴族たちとの交流が始まる日が近づいている。今日はこの後、お披露目の際に着るドレスや装飾品などの最終確認をする予定だった。
私、ルーナリアはついに5歳になったのである!
1章スタートです!