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数年前に書いたものなので、誤字脱字などありましたら、申し訳ありません!!
私が村人から距離を置かれているのは巫女という理由からだけではない。独り暮らしをしているのに、家からは頻繁に宴が開かれているかのような賑やかさが噂されている。村人の誰もがはじめのうちは誰かが私の家に集まり宴を開いているのだと勝手に思っていたようだが、村人の誰一人として私の家に近づかないのが現実。
では、誰が集まっているのか。村人達の間でこんな噂が流れた。
私の家には鬼たちが集まり宴を開いているのだと。
疑問はやがて確信へと変化していった。
勇気のある若者が一度私の家が賑やかな時にそれを覗きに行ったのだ。男の目に映ったのは細波ただ一人。しかし私は楽しそうにお酒を飲んでいて、時折誰もいないところを見ながら名とも聞き取れる音を発して話しかけてた。
誰もいないのになぜ?そこには徒人には決して見る事の出来ないモノがいるに違いない。
男は恐ろしくなり音を立てないようにしてその場から転がるようにして逃げだした。
巫女は神と会話ができるといわれている。会話ができるというのなら、操れても問題はないのだ。現に細波は雨を降らすことがある。
人の姿をしながらも人外の力を持っている。
神を信仰するこの村で巫女の存在は重要である。私以外にその血を受け継ぐ者はいなく、それ故に村人たちの不安を掻き立てることになった。
もし私に呪われたとしてもそれを解決できるのはやはり私だけなのだ。神の力を自在に操り、頻繁に人ならざる者たちと交流を深めている。
私の住む家は村人たちの間で密かに『鬼殿』と呼ばれるようになった。
それは鬼の棲む家という意味を込めて・・・。
私自身は村人達にどう思われているか知りながらも仕事を怠ることはしなかった。それが村のためだとか考えてはいない。
寂しがり屋の私が唯一村に居ることを許される事だから。その仕事を怠るようなことが有れば、私がここに居る意味がなくなってしまう気がしているから。
◯●◯●◯
村に着く手前で奈々と別れを告げ、私は自宅へ足を向ける。
家は龍神を祀る祠から歩いて村の反対方向に位置していて、時折商人が通るくらいの、小さな村。
「ただいま」
一人暮らしをするのには少々大きめの平屋の一戸建て。玄関を入ってすぐに居間兼寝室があり、玄関の左手にお風呂場、右手に台所がある。その他に物置として使っている小屋が家の外にあった。
「お帰りなさい、細波」
すぅっと闇の中から人影が浮かび上がる。癖のかかった髪は腰までり、白い鈴蘭柄薄紫色の着物を着こなした二十代半ばの女性。
「今日は、何をする?」
手を差し伸べられ、桜花の手をとった。
「今日は何も悪いことは誰一人として、していないわよね?」
質問に答えることはせず、桜花は「した」とも「していない」とも取れる笑顔を私に向けた。挑戦しているかのようにも見えなくないが、これが桜花らしい。
桜花に導かれながら居間に足を踏み入れた途端、妖怪達が姿を現す。
大小様々で人の姿をした者もいれば、犬猫のような者、中には提灯などもいた。姿は違えど妖怪達は私の帰りを待ちわびていたのか、歓声にも似た声をあげる。
「おかえり細波~。きょうはなにしてあそぶ?」
トカゲに姿の似た妖怪が細波の足元に笑顔を向けながらすり寄ってきた。私はこの妖怪に「侻」と呼んでいる。
妖怪の中の一部のモノに名前を付けたのは何年も前のこと。両親が他界し、私を見てくれる人はいなくなった。存在する意味を見失いかけたときに支えてくれたのが彼らだ。
「侻は今日、悪さをしていないわよね」
侻は他の妖怪の中で一番小さく、悪戯が大好き。悪戯といっても小さな竜巻を起こしたり物を隠したりする位なのだが。
「・・・していないよ」
案の定私の目を見ない侻。慌てているようにも見えるのは見間違いではないだろう。侻の良いところは嘘がつけないところで、そこが好きでもある。
「侻、約束は守るためにするもの」
問いかけに侻は落ち込んでいるのかうなだれる。
桜花が私の後ろでクスクスと笑っている雰囲気がした。
「桜花笑い事じゃないのよ」
「細波、わらわ達にお願いをすることがおかしい。一番よく分かっているでしょう」
桜花は妖艶な笑みを浮かべている。私が子供らしい発言をすると彼女は嬉しそうに笑う。
生活をしていく上での決まり事を作っているだけなのだ。
「細波、おこらないでくれよぉ。きけんなことはしていないぞ」
泣きべそをかいた子供のように侻は言った。誤魔化すように己のしっぽを左右に振っているのは、侻が悪いことをしたと自覚している証拠。毎回この行動を見て許してしまうのが甘いところなのだと桜花に指摘されている。
この仕草を見てしまうと許さずにはいられない。いつもと同じように侻を抱き上げようとしたとき横から少し不機嫌そうな男の声がした。
「細波、侻ばかり構っていないで俺たちとも話をしようぞ」
体格のいい、肩まである黒髪を後ろで無造作に縛り上げた男が声をあげた。髪の毛の間から二本の角が見えなければ鬼だとは分からないだろう。外見は人間に近いものをしていた。
「蒐私は今侻と大切な話をしているの」
私は溜息をつきそうになるのを寸前のところで思いとどめた。妖怪たちは耳聡く、そして人の心に敏感に反応する。
“嘘“や”誤魔化し“が通用しない。
蒐と呼ばれた大男は私の感情を気にすることはなく、言い続けた。
「そいつの性格は生まれついたものだ。何かを言っても無駄だと細波も分かっているだろう?」
だから早くわれらと話そうと言い募る。
蒐は私が他の妖怪と話していると間に入ってくる。自分が話に関係していないのが不満なのかもしれない。
桜花は毎度の蒐の反応に対して呆れていた。集まる妖怪の中で一、二を争う強さを持つのが蒐と桜花。桜花は他人と喧嘩をするのを好まないので蒐口出しをすることはしない。
私が窘めても侻と違い全く気にしていない。妖怪には私の理屈が通用しないのは当然と言うべきか。
「蒐、人の世界には“言い聞かせる”ということがあるのよ。私は言わないで非難することはしたくないの。少し待っていてくれるかな?」
桜花が声に出さずに笑っている。他の妖怪たちが怯えているのは、蒐が暴れだすことを恐れている証拠。
明らかに不機嫌な顔をしながら蒐は小さく唸った。自分の意思がいつも通ると思っていたかのようだ。
その反応に対して桜花は笑いをかみ殺している。
「蒐よ、子供ではないのだから細波の好きなようにさせてやれ。お前は我儘な小童に見えて笑いを堪えるのが大変だ」
蒐は小さな妖怪が逃げ出しそうな妖気を怒りに任せて放出する。標的にされている桜花は至って平然な顔。
侻が不安そうな顔をしながら私の膝の上に乗った。
「細波許してくれよぉ」
侻の後ろから力の弱い妖怪達が私のことをそっと見つめていた。
力の強い妖怪は力で従えようとするのは長年の付き合いでわかるようになった。逆に力のない妖怪は自分がどうすれば長生きできるかを熟知している。
「分かった。侻、私も約束を守るから貴方もちゃんと守って。家に入れてあげないからね」
妖怪に対して全て許していては自分の身を滅ぼすことになる。ちゃんと交換条件を出すことをしなさいと、桜花が教えてくれた。
人間として生きていた頃があるからか、桜花は一番私の気持ちを分かってくれるし、妖怪たちとの付き合い方もちゃんと伝授してくれる。
落ち込んだように、侻は小さな体を更に小さくする。
「ちゃんときをつけるからよぉ。家に入るななんていわないでくれよぉ」
私はこの声に弱かった。
「分かったわ。お酒待ちきれなくて飲んじゃっているのもいるから始めますか」
蒐の攻撃対象が桜花で自分には向かないだろうと踏んでいた猫又のクロが部屋の隅に小さく蹲っていた。小さな妖達はクロの後ろ姿を羨ましそうに眺めている。
桜花に意識を向けていた蒐が私の方へと向き直り、嬉しそうにいつの間にか手にしていた杯を掲げている。
戦う気の無かった桜花も他の妖達に指示を出しながら色とりどりの料理を配膳し始めていた。
「今宵も宴を始めようぞ」
私は人間の友達との付き合い方を知らない代わりに妖怪達との付き合い方には詳しいと思う。
妖怪たちとの約束は命のやり取りと同じ。
関わり方を知らなければ命を落とすと桜花の言葉を思い出す。
異形の者には異形の者のルールがある。
私の周りに集まってきているモノ達が優しくて勘違いしてしまう。
ここまで読んでいただきただ来まして、誠にありがとうございます!!