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コトバがあるということ  作者: かなたつむぐ
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自分がみている世界と他からみた世界 ①

 浬音は世界的にもトップクラスの大学を卒業して、大学教授として働く父と女子大学の講師として働く母を持つ。親戚も友人たちもその両親の一人娘として期待を寄せていた。しかし浬音は周りから両親のようになるように言われ続けるのに嫌気が差していた。そんな浬音は大学を出てから映像クリエイターとして働きはじめた。

 

 浬音の夢は『誰かが笑顔になるモノをつくる』というものだった。


 浬音は父の仕事の関係で小学二年生までアメリカで暮らしていた。日本語も英語も中途半端にしか話せず、人とコミュニケーションを取るのが難しかったらしい。そんな彼女は友人と上手く会話が出来なかったが、得意な運動や絵を描くことでコミュニケーションを取れることに気が付いた。お手本のように運動が出来、絵が描けると人が興味を持って寄ってくる。先生たちからも声を掛けられる。それが嬉しくて努力をすることを覚えた。


 浬音は両親の影響で自由研究も読書感想文も普通の子供とは違った視点を持っていた。そして日本語を学ぶために文字の勉強と左利きを右利きにするために書道教室に通いはじめる。


 浬音は努力を重ねることで、硬筆、毛筆、絵画、読書感想文、自由研究、工作など賞という賞を総ナメにしていった。しかし、毎年当たり前のように賞を取り続けると先生たちからは今回も期待していると言われ、クラスメートからは取るのが当然と軽く言われるようになり、一部のクラスメートからは先生に媚売って賞をもらっていると言われるようになる。不満を持つようになった一部のクラスメートは……しまいには先生がえこひいきしているということになり先生と浬音に暴言を吐くようになる。


 そして妬みは大きくなり徘徊暴力という形になっていく。授業中に鉛筆で腕を刺され、殴る蹴るの暴力があっても何事もなく授業は進む。浬音は友人に「林君たちは貧乏だからご飯食べられないんだって。だから常にイライラしてるって、誰かに八つ当たりしないと生きれないんだって、ウチのお母さんが言ってたよ」と言われ、それがイジメという自覚はなかったらしい。けれど、担任の先生が他の学校へ移るときに涙を流しながら『ごめんなさい』といったそうだ。


 浬音はイジメにあっていても友人たちからは無視はされなかった。けれど誰も助けてはくれなかった。ある時、イジメのことを誰かが他の先生に言ったのか親に言ったのかで校長室に呼び出されて「何でも出来ることは素晴らしいことです。でも目立ちすぎると一部の子たちが嫌な思いをすることになる。だから全てを完璧にではなく、少しだけでいい。譲り合うとこも頑張れないかな」と校長先生に言われたそうだ。


 浬音はその言葉を聞いて『出る杭は打たれる』というコトバを思い出し、何事も頑張ることをやめ、学校へ行かなくなった。それからは毎日、テレビをみるのが日課になった。日本の作品、海外の作品、現代の作品から白黒の作品まで色々とみて楽しんでいたそうだ。浬音はそんな色んな作品に出会うことで毎日、笑顔をもらっていた。だから今度は自分が誰かが笑顔になるナニカをつくる人になりたいとその道を選んだ。

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