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4:謂れなき罪を甘受するつもりはありません

「殿下。わたくしは先程、殿下より婚約破棄を申し渡され、それを了承いたしました。ゆえに、すでに婚約は解消された──少なくとも、それに準じた状態と理解します。ですので、以後わたくしのことを、ファーストネームで呼ばないでいただけますでしょうか」


 冷ややかに告げれば、殿下は鼻白んだようにわずかにその身を強張らせました。

 ほんの数分前まで婚約者だった年下の女性相手に気圧されるようでは、宮廷に巣食う狸や狐共を相手取り、王として君臨することなど到底できそうにありませんが、そんなことはもう、わたくしが気にかけることではなくなりました。今となっては心底どうでもいいですし。


 ひとつ釘を刺しておいて、さてなんのお話でしたかしら? そうそう、


「『どういうことだ』と申しますのは?」

「お、お前が私のことを、好きではない、ということについてだ! お前は、私を謀っていたのか!」


 名前で呼ぶなと言えば、今度は『お前』呼びですか?

 王族と言えど──いえ、王族であるからこそ、無駄に不遜な態度を取るべきではありません。少なくとも、意味もなく相手を見下したり蔑む言動は慎むべきですし、そのように誤解されかねない言動もとるべきではありません、と。己を省みること、律することの重要さを、何度諫言したことでしょう。

 このバカはそんなこと、覚えてもいないのでしょうが。


「謀ったなどと、人聞きの悪い」

「事実だろうが! お前は私の婚約者でありながら、私のことを──」

「わたくし、殿下のことをお慕い申し上げているなどと、一度だって申したことはございませんわ。そうですわよね? にもかかわらず、殿下がわたくしに好かれていると思われていたのなら、それは殿下が勘違いなさっただけのこと」

「か、勘違い、だと?」

「ええ。勘違いです」


 そもそもわたくし、殿下との婚約以降、ただの一度も、殿下に対して好意を示したことはありませんし、殿下に好意を抱いていないことを隠しもしませんでした。

 わたくしが殿下をお慕いしているなどと見当違いな認識を、そもそもできる素地はなかったと思うのですが……殿下はなにをもって、そのような勘違いをなさったのでしょうね?


「そんな言い逃れが通用すると思うのか! 私のことを好いておらぬのに婚約を受けたというのなら、それがすでに謀りだ!」


 よくわからない理屈で責めてくる殿下の言い分に、こめかみがひくりと反応しそうになりました。

 そこに愛がないならば、婚約の申し入れを受けるべきではなかったと、仰いますか。貴方が。


「恐れ多くも王家からのお申し出ではございましたが、わたくし当初から殿下に対して爪の先ほどの好意も愛情も持ち合わせておりませんでしたので、丁重にお断り申し上げたのですよ? ええ、何度も。にもかかわらずしつこく食い下がったのは王家側なのですが」

「王家に責任を転嫁するつもりか? 最終的に、愛もなく婚約を受け入れたということは、結局、妃の座が欲しかったのだろう」


 蔑むように吐き捨てられましたが、わたくしの説明のどこをどう解釈すればそうなるのでしょう? つくづく、殿下の思考回路は謎ですわ。


「わたくしはもとよりフェリアス公爵家も、王太子妃の座など欲したことはございません。ましてそれが殿下の妃であるならなおのこと、頼まれたってごめんですわ。それをお受けせざるを得なかったのは、こちらが頷くまで諦めなかった先方の都合であるのに、それを野心のように言われるのは、はっきり申し上げて心外です」

「──っ、愛情もなく王太子の婚約者となることに、王家を謀ることに、良心の呵責はなかったのか!?」


 …………なにをほざいておられるのでしょうか、このバカは。

 王族や貴族の婚約、婚姻には、多く政略が絡むことになります。すべてがすべてそうとは申しませんが、婚約してから愛情を育むことなど珍しくありません。

 殿下とそのように愛を育めたかと問われれば、ありえないとお応えするしかありませんが、それにしても一欠片の努力もなさらなかった方に、そもそもの端緒を責められるのは、あまりに理不尽です。


「泣き落としの末に押し付けられた婚約に罪悪感を覚えろと仰るのならば、殿下、貴方は嫌がる娘に無理やり婚約を承諾させたことに、良心の呵責を覚えませんの?」

「は? なぜ私が。私はなにも強要などしていないぞ」


 理解できない、というように、殿下がバカ丸出しの返答をなさいます。

 なにが厄介って、本当に理解していないのですよね、この男は。王太子である自分が頑として引っ込めない『わがまま』は、周囲には『命令』、あるいは『強要』となる事実を。


 さて、どのような言葉を並べればこのバカに己の立場と付随する権限と他者に与える影響を理解させられるのかと思案しかけ──もうそのような無理難題に頭を悩ませる必要もないのだと思い至りました。

 そう、わたくしはもう殿下の婚約者ではないのですから、教育も尻拭いもしなくてよいのです。

 わたくしは本当に、この男に関わる未来から解放されたのですね。


 婚約解消の事実と幸福をしみじみと噛みしめておりますと、バカが居丈高に口を開きました。


「なにより、お前が私に対して愛情を持っていなかったとしても、私の妃の座に執着していたことは事実だろう!」

「なにをもって、そのような言いがかりを?」


 せっかく幸福な気分に浸っておりましたところを、無粋にも現実に引き戻されました。その事実と発言の内容に、必然的にわたくしの機嫌は急降下いたします。

 相手がエルリック殿下、かつ発言内容がこれでは、致し方ないと思うのですが。


「そうでなければ、なぜソフィアに嫌がらせをしたのだ!」

「嫌がらせ?」

「ソフィアが受けていた数々の嫌がらせを、知らないとは──」

「それは存じておりますが」

「は?」

「ソフィアさんが受けておられた嫌がらせについては、存じておりますが」


 なにせ、そのほとんどに対して相応の対処をさせていただいたのはわたくしですので。


「もしや殿下は、それがわたくしの仕業だとでもお思いに?」

「当たり前だろう! 他に誰がいる!」


 誰がと問われましたならば、ざっと十名ほどは名を挙げられますが。ご本人のいない場で名指しで糾弾するのはフェアではありませんわね。


「心当たりなら幾人もございますが」

「白々しい!」


 個人名は挙げず、ソフィアさんを(正確には王太子に好意を示されている人物を、でしょうが)快く思っていない人物が学院内に複数名存在する事実を告げてみますが、一蹴されてしまいました。

 そのように、盲目的にわたくしの仕業と信じて疑わず、かつソフィアさんに向けられる悪意や害意を放置していたのですね、殿下。

 わたくしに対して嫌がらせをやめるよう迫りでもしたならば、見当違いなりに筋は通りますが、殿下はそれすらしなかった。そのようにソフィアさんへの嫌がらせに憤って見せながら、それを止めるための一切の行動を、殿下はなにひとつ取らなかった。


 ええ、殿下はそのような方だと、わたくし存じておりました。

 婚約を結んで以降の五年間で、嫌というほど知らされましたもの。

 それでも、今更ながらわたくしの中で殿下の評価が下がりました。これ以上下がることなどないと思っておりましたが、殿下への評価に底値はないようです。

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