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3:婚約破棄ならば喜んで承りますが

 さあ、どのような理屈でどのような言い訳を並べ、わたくしにどのような要求をしてくるつもりでしょうか。

 などとつらつらと考えておりましたら、険しい表情でソフィアさんを抱き寄せたまま、王太子殿下は空いているほうの腕を上げ、びしりとわたくしに指を突きつけてきました。

 どうでもいいですが、ひとに指を突きつけないでいただけますかしら。いくら王太子殿下と言えど、あまりに無礼な振る舞いでしてよ。


「ローゼリア・フェリアス! お前との婚約を破棄する!」


 唐突に、前置きもなく、繰り出された王太子殿下の宣言に、驚愕したのはおそらくこの場でただひとり。当の王太子殿下に肩を抱かれてこの場に同席した──あるいは()()()()()、ソフィアさんだけでしょうね。

 殿下の取り巻きのお三方は、殿下の唐突な婚約破棄宣言にも落ち着いたものです。その立場上、殿下がこの場でわたくしに対しどのような行動を取る心づもりであるか、彼らが知らされていないはずはありませんし、それを容認したからこそ、この場にいるのでしょうから。


 実に嘆かわしいことです。

 側近とは、ただ主の主張や希望に諾々と従っていればいいわけではありません。まして王太子──いずれはこの国の王となる方の側近ともなれば、たとえ相手が主であれど、諫めるべきは諫め、叱責するべきは叱責すべきです。

 それが、揃いも揃って殿下の暴挙を止めもしないとは。

 この体たらくでは、将来が思いやられますね。

 尤も、今回の件を以て、彼らが展望している未来に若干の変更が加えられるであろうことは、想像に難くありません。

 彼らは不服に思うかもしれませんが、徹頭徹尾自業自得ですので、同情の余地もありませんわね。


 わたくし? 殿下の突然の婚約破棄宣言に驚いていないのかと?

 ええ、驚きはありません。予期していたことです。

 想定していた中で一番の悪手ではありますが。

 ですので、


「婚約破棄ですわね。承りましたわ」


 あっさりと了承して見せれば、婚約破棄を切り出した当人である殿下は、呆けたように動きを止めました。彼の背後に控えた取り巻き三人衆も、わたくしの反応を理解しかねるように顔を見合わせています。

 そんな中、唯一動きを見せたのは、固まった殿下の腕からようやく逃れたソフィアさんでした。


「ちょ、ちょっと待ってください、ローゼリア様!」


 言いながら、殿下の元からわたくしの前まで、五歩ほどの距離を詰めてきます。

 わたくしに詰め寄るというよりも、殿下から離れたいというように見えたのは、わたくしの気のせいでしょうか。


「婚約破棄って、承りましたって……どういうことですか。どうしてそうなるんです?」

「どうもこうも……王太子殿下より婚約破棄を言い渡されたのですから、わたくしとしましては了承するより他に」

「あるでしょう、他に! というか、あっさり了承するなんてありえません。理由も言わずに婚約破棄だなんて、不誠実にもほどがあります!」

「それはそう……ですけれど、正直、理由などどうでも。興味もありませんし」


 予想はついておりますしね。あえて問い質してまで聞かずとも。


「ないんですか、興味? ご自分が婚約破棄される理由なのに?」

「ありませんわ。わたくしとしましては、せっかく殿下との婚約を破棄できるのですから、どのような理由であろうと是非もございませんし」


 にこりと笑って本音を語りますと、ソフィアさんにジト目で見返されました。


「前々から、なんとなく、たぶんそうかな、と思ってたんですが。ローゼリア様って」

「なんでしょう?」

「王太子殿下のこと、まったくちっとも、好きじゃないですよね」

「そうですわね」


 今更と言えば今更な確認に、肯定を返します。

 わたくしが、王太子殿下に対して恋情はもとより好意と呼べる感情を一欠片も全く一切持ち合わせていないのは事実ですし、ソフィアさん──に限らず、親しい友人たちに対してそのことを取り繕ったこともありません。

 まともな観察眼と判断力を持ち合わせておられる方なら、容易に気づくことでしょう。


「──それはどういうことだ、ローゼリア!」


 不意に、エルリック殿下が声を上げ、わたくしとソフィアさんとの会話に割り込んでこられました。

 この場において殿下は最も身分が高く、他者より発言の許可を求められることはあっても、自らの発言に許可を求める必要はありません。

 とはいえ、他者の会話にいきなり割り込むというのは、いささか──いえ、それよりも。


 今この男は、わたくしのことを『ローゼリア』と呼びましたか?


 貴族の間では、互いに名を呼び合うのは親しい間柄に限られます。そもそも名前で呼ぶには相手の許可が必要で、そんなことは貴族にとっては常識中の常識。

 まして令嬢に対しては、よほど親しく、かつ相手から名で呼ぶ許可を得ていても、呼び捨てにはしません。それが許されるのは、年端もいかぬ幼馴染か、婚約者くらいです。そして、これもまた貴族にとっては常識。


 そう、婚約者であったからこそ、これまでは名前で呼ばれることも許容してまいりましたが、婚約を破棄するとなればその限りではありません。

 まして、婚約破棄を言い出した当の殿下に、なぜ未だ名前で呼ばれなければならないのか。


「どういうことだと訊いているのだ! 答えろ、ローゼリア!」


 二度目です。これは怒ってもよろしいでしょうか?

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