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2:殿下が彼女にご執心であることは存じておりますので

 王太子殿下がソフィアさんに随分とご執心だということは、わたくしも存じております。

 入学後間もなくから、あれやこれやと気にかけ世話を焼き──それはまあ、良いのです。学院の最上級生として、王太子として、慣れない環境に戸惑っているであろう民を気にかけ、手を差し伸べる行為自体は、むしろ褒められるべき行いでしょう。

 問題なのは、その行いが少々──いえ、随分と、行き過ぎていることです。


 王太子という立場にあり、加えて公爵令嬢である婚約者(わたくしのことですわね)を持つ身でありながら、平民の女子生徒に入れあげている殿下の行動は、王太子としてのご自身の評価を下げるものです。

 わたくしも一度ならずご忠告申し上げたのですが、行動が改められることはなく、それどころか、プライベートにまで口を出すなと煙たがられる始末。


 それがわたくしに求められた役割なのですがね。

 とはいえ、王太子殿下の行動を矯正するどころか、諫める言葉さえ聞き届けていただけなかったことは、わたくしの力不足ですわね。

 反省すべきところは反省して、今後に生かしましょう。


 さて、話を戻しまして。


 人目も憚らず、というのはこういう態度を言うのでしょうね。

 いえ、今この場には人目はないのですけれど。ただ、殿下の態度を見るに、人目のある場所からあのように振舞ってきたのだろうと、容易に想像できます。

 ソフィアさんは本日、寮でお過ごしだったはずで、そのソフィアさんが王太子殿下に肩を抱かれてここにいらっしゃるということは、王太子殿下自ら寮に彼女を迎えに行ったということでしょう。


 貴族の令嬢を預かる女子寮は、当然ながら男子禁制。エントランスで取次ぎを頼み相手を呼び出すことは可能ですが、取次ぎを頼む以上、誰が誰を呼び出したのかは必ず知られます。

 そして、そういう場面において一切の配慮をなさらないのが王太子殿下という方です。

 代理を立てることもなく名を偽ることもなく(まがりなりにも王太子ですので、顔を晒した時点で名を偽ることはできませんが)ソフィアさんを迎えに自ら寮に赴いたのでしょう。

 周囲にどれほどの目があったかは分かりませんが、創立記念日前日の女子寮が無人でなかったことは確かでしょう。そんな中、ソフィアさんを連れ出す段階からその肩を抱いていた可能性が高い。


 本当に困ったこと。

 もう少しご自分の立場を自覚していただきたいものです。


 王太子殿下の婚約者はこのわたくし──ローゼリア・フェリアスです。

 王族の婚約者など政略の相手でしかなく、ご多分に漏れずわたくしたちの関係もそうであると周囲には認識されておりますけれど、それでも、わたくしが王太子殿下の婚約者である事実は変わりません。

 仮にその婚約が政略であったとしても、王族であるならばそれも義務の内。己に課された義務は果たしていただきたいものです。


 だというのに、これほど堂々と、人目も憚らず、他の女性の肩を抱き、あまつさえ婚約者であるわたくしの前に立とうとは、いったいどういう了見でしょうね?


 自制したつもりでしたが思わず視線が鋭くなってしまったようで、目が合ったソフィアさんがびくりと肩を震わせました。

 目敏く──というか、肩を抱いているのですから当然ですけれど、王太子殿下がそんなソフィアさんの反応に気づき、彼女の視線を追ってこちらを見ます。

 途端にその双眸に険が宿りました。


 不快感を隠そうともせず顔を顰め、より強くソフィアさんを引き寄せた王太子殿下のその振る舞いに、わたくしの視線はいっそう険しくなりました。

 公爵令嬢として、王太子婚約者として、普段ならば感情を表情に出すことなどしないわたくしですが、この時に限っては、殿下と睨み合うことも辞さない構えです。

 なぜなら──

 殿下がその肩を引き寄せたため、ただでさえ必要以上に近かった距離がほぼゼロとなり、殿下とソフィアさんの体は密着状態です。ソフィアさんの体が強張っているのが、見ているだけでもわかります。


 ええ、本当、そういうところですわよ?


 普段ならば鉄壁の微笑みで流す殿下の行動ですが、思うところはありますし、事ここに至っては、さすがに無視して微笑んでいるつもりはありませんわ。


 それにしても。

 このところの殿下の様子から、ある程度予想はしておりましたし、なんなら期待さえしておりましたが……

 まさか本当に、このタイミングで仕掛けてくるとは。


 明日の学院創立記念パーティは、学院に在籍する生徒と教師であれば誰でも参加でき、毎年かなりの数の生徒が参加するそうです。

 王立魔道学院に在籍するのは、生徒も教師も基本的に貴族ですので、社交は務めの一環。故に、学院では事あるごとに茶会やパーティが催されますが、中でも創立記念パーティは建国を祝うパーティに匹敵する規模のもの。

 もちろん、参加は強制ではありませんが、よほどの人嫌い、社交嫌いでなれば、僅かなりと会場に姿を見せるものだそうです。

 中でも、高位の貴族の子女ともなれば、姿が見えなければそれはそれで噂の餌食となりますし、まして王太子ともなれば、不参加のままパーティを開始することが不敬ともなりかねません。


 そのような訳で、殿下が明日のパーティに参加されることは、決定事項です。


 加えて、学院主催のパーティに参加するとなれば、整えねばならない体裁というものがございます。

 貴族社会で催される正式な社交パーティに比べれば堅苦しさはなく、必ずしもパートナーの同伴を求められない学院のパーティとはいえ、婚約者を持つ高位貴族の子女となれば話は別です。

 学生という身分ではありますが、それでも実家の名を負っているのですから、婚約者がいながら他の異性をパートナーとすることは憚られます。

 婚約者が学院生徒ならばその方を、そうでないならば単独か、友人同士連れ立って参加することが、暗黙の了解となっております。


 自由に、なんの制約もなく意中の方にパートナーの申し込みが許されるのは、互いに婚約者を持たぬ場合のみ。

 当然、王太子殿下には当てはまりません。

 王太子殿下には今年のパーティにおいて、わたくしをエスコートする以外の選択肢はないのです。

 いえ、それはもはや選択肢ですらなく、義務。ご本人の意向など差し挟む余地もありません。


 けれど殿下は、ありえないはずの選択肢を求めておられるのでしょう。

 つまり、わたくしではなくソフィアさんをパートナーとして、パーティに伴いたいと。

 それを認めさせるため、今日ここに、わたくしを呼び出した。


 愚かにも。


 わたくしという婚約者を持つ以上、明日のパーティでわたくしをエスコートすることは殿下の義務。

 とはいえわたくし、狭量ではございません。

 最低限の義務を果たしさえすれば──そう、パーティ会場に入る際、わたくしをエスコートし、ファーストダンスを踊りさえすれば、その後はどうしようとかまいません。他の女性をダンスに誘おうと、ともに会場を抜け出そうとも、お相手の同意の上ならば、見て見ぬふりをいたしましょう。もちろん、文句など申しません。

 けれど、最初から他の方をパートナーとし、エスコートしたいと仰るのなら、それは認められませんわ。


 もちろん、殿下もそれくらいのことは理解しておいででしょう。

 理解したうえで、わたくしにそれを呑ませるおつもりなのか、あるいは──

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