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10:今更翻意などさせませんわ

「婚約破棄の理由ならばあります」


 溜息を堪えて申しますと、心底不思議そうな瞳で見返されました。

 ですからどうして、この場面でそのような表情ができるのですか。


「偽証を真に受け真偽を質すこともなく、わたくしに非ありと判断し、婚約破棄を告げられたこと。それ自体が、婚約破棄の理由足りえます」

「し、しかし……そうだ! 私たちの婚約は、王家と公爵家との取り決め、私たちの一存で破棄など──」

「できますわ。この婚約に関しては、殿下が婚約解消の意思を示されわたくしが承諾すれば破棄が可能と、王家より許しをいただいております。なにより、殿下の婚約破棄のご意向は、すでに陛下もご存じなのでは?」


 デミオ様に視線を向けますと、彼ははっきりと頷きました。


「殿下がフェリアス公爵令嬢との婚約破棄をお望みであることも、その理由も、すでに陛下はご存知です。実際に殿下が婚約破棄を告げられ、フェリアス公爵令嬢が了承したことは、『影』を含む我々が証人となります」

「ちなみに、殿下の婚約破棄の意向は、我が父、フェリアス公爵にも伝わっているよ。国王陛下も我が父も、婚約破棄について異存はない」


 それにね、と。お兄様が凄みを増した笑顔を殿下へと向けます。


「殿下がわがままを通してローゼリアを婚約者としたこと、にもかかわらず彼女を蔑ろにし続けたこと、それだけでも相当に腹に据えかねていた我が父が、濡れ衣を着せた挙句、婚約破棄を言い渡した殿下を許すとお思いですか? 婚約破棄の撤回など、決して認めませんよ」

「わ、私がローゼリアを疎んじたのは、ローゼリアに非があることだ! ローゼリアが私に愛情を示していれば! そうすれば、私はソフィアに心惹かれることも、婚約破棄を考えることもなかった!」

「──この期に及んでなお、己の愚かさをローゼリアのせいにしようと言うのですか」


 お兄様の顔から笑みが消えました。

 代わりに表れたのは、見下げ果てた相手に向けた軽蔑の眼差し。

 その視線に、殿下の顔に朱が散りました。


「公爵家子息の分際で、王太子たる私を侮辱するか!」

「おやめください、殿下」


 苦々しさを含んだ、それでも凛と響く声音で、殿下を止めたのはデミオ様です。


「お立場をお考え下さい、殿下。どうか、それ以上は」


 言外に多くのものを含め、厳しい眼差しで頭を振るデミオ様に対し、殿下は苛立ちもあらわに言い返します。


「立場を弁えていないのはこいつのほうだ! 王太子たる私に対して、なんたる無礼か!」


 そう声を荒らげる殿下に、デミオ様はその表情を歪ませました。なにかに耐えるように、あるいは、なにかを諦めるように。


「殿下。殿下はもはや、王太子ではありません」


 静かに、厳かに、デミオ様はそう、殿下に伝えました。


「は? なにを言う。私は」

「国王陛下が、殿下の廃太子を決定されました」

「──父上が? なぜだ! なにをもって私が廃太子されねばならん!」

「理由については、陛下にお尋ねください」


 感情的に声を荒らげる殿下に対して、デミオ様の対応はどこまでも冷静です。

 国王陛下が下された決定、その理由は陛下の口から聞かねば本当のところは分かりません。いくら予想のつくことであっても、臣下が勝手に推し量り、それを他者に伝えることは僭越というもの。

 そう、いくら予想がついたとしても。


 わたくしと婚約して以降の殿下の素行と、今回の婚約破棄の経緯。それを考えあわせれば、婚約破棄を機に、お父様──フェリアス公爵が殿下への支持を取り下げることは、想像に難くありません。

 そもそも、殿下とわたくしの婚約を強硬に望んでいたのは殿下おひとりで、王家も宰相閣下も他多くの貴族たちも、この婚約を望ましくは思っておりませんでした。

 それを押し通した末の婚約であったにもかかわらず、またもや殿下のわがままで──加えて、少し調べればわかる程度の冤罪を相手に着せての婚約破棄。

 これまで殿下を王太子として支持してきた方々が、その支持を取り下げるには十分すぎる失態です。


「私を廃太子して、誰が父上の後を継ぐと言うのだ!」


 殿下が大真面目に叫びますが、聞いているわたくしたちからすれば、的外れにもほどがある発言です。

 だって、殿下には弟君がおられます。

 代替の存在する立場で、己の地位が絶対だと、どうして信じられるのでしょう?

『かけがえのない御身』と、デミオ様は仰いました。それは一面の事実。けれど、替えはきくのです。王太子という立場であっても。


 むしろ、第二王子であられるアルフォンス殿下は、エリオット殿下と違い文武両道に優れ思慮深く、第二王子殿下をこそ次期国王にと望む声は、以前から少なからずありました。

 なんならわたくしだって、そう望んでおりましたわ。

 おふたりを比較した場合、エリオット殿下が秀でていることなど、ただ長子である一点しかないのですから。

 そんなエリオット殿下が今に至るまで王太子でいられたのは、長子相続が基本という王国法と、わたくしを婚約者としたことで得られたフェリアス公爵家の後ろ盾が故。


 けれど殿下は、その後ろ盾を自ら手放した。それも、最悪な形で。

 わたくしとの婚約が解消されるだけでもフェリアス公爵家からの支持を失う可能性はありましたが、冤罪によりわたくしを糾弾しての婚約破棄では、フェリアス公爵に変わらぬ支持を期待するほうがどうかしています。

 この件を以て、フェリアス公爵は殿下の『敵』へと立ち位置を定めるでしょう。


 そして、王族を祖とするフェリアス公爵家は、それなりに影響力がありますの。

 フェリアス公爵が支持を取り下げたとなれば追随する家もあるでしょうし、そうでなくても、そもそも殿下の貴族からの評価は高くない──はっきり言ってしまえば低いのです。

 娘を妃に宛がい外戚として傀儡の王を操ろう、などと目論んでいる家以外は、積極的に支持はしないでしょうね。


 ねえ、殿下。

 愚かだったのは、誰でしょうね。


「不服がおありなら、それも陛下に。ですが、婚約破棄に関して、もはや翻意は叶いません」

「そ、そんな……」


 デミオ様に最後通告を告げられ、殿下はまるで被害者のごとく打ちひしがれた様子です。

 そもそもご自分が言い出した婚約破棄、ご自分が招いた事態でしょうに、被害者ぶれるとは驚きです。


「ローゼリア──ローゼリアは、それでいいのか?」


 縋るように視線を向けてくる殿下に、にっこりと笑みを返します。

 凍えるほど冷たく、氷のような笑みを。


「わたくしはもう、殿下の婚約者ではありません。しつこく名前で呼ばないでいただけます?」

「ロ、ローゼリア……」

「ですからね、殿下。婚約者でもない令嬢を名前で呼ぶなと申し上げております。その頭が飾りでないのなら、いい加減理解して下さいませ」


 そろそろ、わたくしの忍耐も限界ですわよ。


 ショックを受けたように立ち尽くしたかと思えば、なにを思ったかわたくしに向かって歩み寄ろうとする殿下の襟首を、デミオ様がむんずと掴まれました。


「お話は終わりましたね。国王陛下がお呼びですので殿下、急ぎ城へ」

「い、いや、待て、まだ」

「それでは殿下、ごきげんよう」

「ローゼリア、待ってくれ──」


 殿下の首根っこを押さえたまま、デミオ様が促されます。それに乗じて、わたくしも殿下に一礼し、最後のご挨拶を済ませました。

 殿下は往生際悪く、まだ何事か言わんとしておられましたが、もはや耳を傾ける義理もございませんし、意義はなおさらありませんのであしからず。 

 そうして、最後は殿下の剣幕に引き気味に怯えてらっしゃったソフィアさんを促し、お兄様とともにその場を後にしました。

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