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9:すでに結末は決まっておりますので

「そもそも、殿下が望むまま優しく甘やかしてくれる婚約者を欲しておられたなら、そのように応じてくれる令嬢を求めるべきでした。ローゼリアではなく」

「ローゼリアがそのように振舞えばいい話だろう! 私の婚約者なのだから!」

「我が妹に、そのような愚かな真似をせよと仰いますか」

「なにが愚かだ! そうしていれば、私の寵を失うこともなかったのだ! 媚びることもできず、ついには私との婚約も破棄される、それこそ愚かだろう!」

「愚かなのは貴方ですよ、殿下。諫言を容れず行動を省みることもなく、婚約者に対して不実を働いた」

「不実など」

「他の女性に執心し、事実無根の罪でもって婚約破棄を告げた。これが不実でなくてなんだと?」


 冷静に冷徹に、まるでチェスで相手を追い詰めるように、お兄様は殿下を問い詰めます。

 対して殿下は、感情的に怒鳴るばかりで、どう見ても劣勢。

 感情に任せて叫びますので威勢はよく見えますが、お兄様にはそんな威嚇は効きません──そもそも、お兄様と殿下では、勝敗は初めから分かり切っておりますが。


「じ、事実無根だと? よくもそのような」

「それに関しては、私からも証言をいたしましょう」


 殿下の反駁を遮ったのはデミオ様。

 本来であれば、主たるエリオット殿下の発言を遮るなどなさらない方なのですが、その意味を、殿下は理解しておられるでしょうか。

 割って入ってきたデミオ様に不快げに顰めた顔を向ける様子を見るに、望み薄ですわね。

 そんなふうだから、見限られるのですよ。


「証言? お前がなにを証言すると言うのだ?」


 いかにも尊大に、機嫌を損ねたことを隠しもしない口調で、殿下がデミオ様に問いかけます。

 発言を遮られたこと、あるいはお兄様とのやり取りに割り込まれたことが、それほど気に障ったのでしょうか。そうだとしても、その態度はあまりに幼稚です。


 そもそもデミオ様は、確かに殿下の側近と目されておりますし、実際にお目付け役を担ってもおりますが、厳密には現時点で殿下の臣下というわけではありません。

 現状、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()エリオット殿下には、『殿下の臣』と呼ぶべき者はおりませんので。

 宰相を務めるハーノス侯爵の嫡男であり、学業の傍らお父上のお仕事を補佐しておられるデミオ・ハーノス様は、言うならば『国王陛下の臣』であり、居丈高に振舞う権威は王子殿下と言えどお持ちでないはずなのですが。


「殿下が主張する、フェリアス公爵令嬢の所業。それに対し、フェリアス公爵令嬢が潔白であることを」


 対するデミオ様は、あくまで冷静に事務的に、必要な情報を最低限の言葉で告げられました。


「お前の証言に、どれほどの意味がある。こちらには多くの証言者が」

「こちらの証言者も、私とフェリアス卿だけではありません」

「他に誰がいるというんだ?」

「まず、殿下が『フェリアス公爵令嬢より嫌がらせを受けていた』と主張するバラッド嬢」


 デミオ様の発言に、その場の視線がソフィアさんに集まります。

 向けられた視線の中で、ソフィアさんは決然たる表情で、


「わたしに嫌がらせをしていたのは、ローゼリア様ではありません」


 きっぱりと言い切ってくださいました。


「他に、学院内での行いについてですが、それに関しては『影』の者たちが証人です」


 続けられたデミオ様の発した単語に、殿下は怪訝に眉を寄せました。


「『影』だと? 王家直属の隠密諜報機関が、なぜこんなところに出てくる?」

「王族の警護も『影』の任務の一環ですので。フェリアス公爵令嬢には、殿下との婚約と同時に『影』がつけられております」


 溜息交じりに、デミオ様が答えます。


「ご本人にはもちろん、ご家族にも、知らされてはおりませんが」


 確かに知らされてはおりませんでしたが、予想はついておりました。

 王太子の婚約者となったからには、王家からなにかしらの()()がつくであろうことは、少し考えればわかります。


「王族の警護と言ったか? では、まさか私にも?」


 心外だとばかりに殿下が仰いますが、つけられていないはずないではありませんか。

 貴方、王族で、王太子でしたのよ?


「もちろん、殿下にも。かけがえのない御身ですので、()()()()()()

「そのようなこと、聞いておらぬぞ」

「『影』の警護は、陛下が必要と判断なされた場合以外、どなたにも通知されません。殿下に関しましては、学院在学中は一生徒として自由に、『影』の存在に気を取られず過ごせるようにとの、陛下のご意思です」


 殿下の非難に対して、デミオ様はにべもありません。

 当然ですわね。『影』は王家の直属──より正確に言えば、国王陛下の直轄です。その運用は陛下に帰属し、他者に対して通達義務などありません。

 なにより、本人に告げては監視の意味がありませんし──いえ、殿下であればわかりませんが。


「ですので、学院における殿下とフェリアス公爵令嬢の行いはすべて、『影』たちの報告により陛下の知るところです。殿下がフェリアス公爵令嬢にかけられた嫌疑について、フェリアス公爵令嬢の潔白は、その報告内容により明らかかと」


 冷やかに淡々と事実を告げるデミオ様に対し、殿下は一時呆然とし、不意に我に返ったようにその瞳に光を宿しました。

 ……なんだか、嫌な予感がいたします。


「では──私に知らされたローゼリアの所業は、すべて偽りであったと言うのか?」

「そうなりますね」

「ならば、婚約を破棄する理由もなくなると言うことだな!」

「──は?」


 デミオ様が、らしからぬ声を上げられました。

 常に冷静沈着で、およそ取り乱したりあっけに取られたりといった姿を見たことのないデミオ様にこのような反応をさせるとは、殿下はある意味で大物でしょうか。──おそらく誰も望んでいない、嬉しくない方向に。

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