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ファイアーストーム --寮と酔っ払い--  作者: 音十日(おととい)
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6,組織:寮友会

6,組織:寮友会



 階段を上がった先。


 廊下に畳を敷いた上、折り畳みの背の低い会議机を囲んで、裸電球の明かりに照らされた寮生たちがなにやら話をしていた。10人以上はいるだろうか。


 何人かの寮生はこちらに気づいたが、チラッと見ただけでまた話し合いに戻った。全裸の男など、寮においてはさして珍しくもないということだろうか。流石だ。


(この階は素通りできるだろうか? そうであればありがたいが……)


 そそくさと、脇を抜けていってしまおうかとも思ったが、流石に礼儀を欠くかと思い挨拶だけしていくことにした。


「お疲れ様です。寮は極東、アダナをホウガンと申します。後ろ失礼しまーす……」


 何人かが「おつかれ」「おつかれさん」「おう」と挨拶を返してくれた。まあ、これでいいだろう。急がないとオヅノさんが危ない、と少し駆け足になったところで、グッとフンドシ(マフラーのように首に巻いている)の端を掴まれた。首がしまる、なんだと思って振り返る。


「おい、ホウガンとやら、もしや今ストームをやっているのか?」

 引き留めた彼の目はそうであって欲しいと期待しているようだった。会議に疲れてしまっているのかもしれない。


「ええ……ですが、いささか特殊なストームでして……」何と説明したものだろうか。


 彼の隣に座っていた寮生がたしなめるように遮った。


「おい、逃げ出す気じゃないだろうな。お前ホウガンと言ったか、悪いが邪魔をしないでくれ。会議の最中だ」


「……失礼しました。あの、ところで……何の話をされているのですか?」

 それだけ聞いたらすぐに進もう。


「これは寮友会。落ちこぼれたちの集まりだ」


 話しかけてくれた寮生は、頭をボリボリと掻いて、座ったまま大きく伸びをした。彼の前には、手書きの講義の時間割や複雑な数式の書かれた過去問の解答などが置かれていた。


(寮友会、あの伝説の……)



/



 かつて寮には、寮生の半数以上が留年していた時期があったという。別段、だからと言って寮を追い出されたりすることはない。(在学している限りは寮で暮らすことは問題はない) 


 しかし、当時の寮長は真面目な人物だったらしく、事態を深刻に捉えた。


「寮に在籍していながら、学生の本分を疎かにし、日がなグウタラ過ごし、酒を飲んで騒ぐ。こんな有様では、いずれ寮はその存在価値を疑問視され閉鎖されかねない。なにより、君たちは故郷の家族に申し訳ないと思わないのか。君たちが郷里を離れたのはただ堕落するためであったか」(寮日誌より)


 集会での彼の発言は、留年を繰り返す寮生たちの心を一時的に打った。と言いたいところだが、大半の寮生はそんなこと言われても困るという様子だったそうだ。暫くして、寮長は寮の規約に、留年を繰り返すものは退寮処分とする、といったものを加えようと検討しているという噂がどこからか広まった。規約を追加するには集会で寮生の3分の2以上の賛成が必要となる。現実的に考えれば、実現は厳しいのだが。


 そこで流石に危機感を覚えた留年生たちが作った組織が寮友会だという。


 飽くまでも自発的な集まりだった。会での活動は主に、単位の取りやすい講義の選別、同じ講義を取った者たちでの集団登校(これはそもそも大学へ行く気のない寮生や平気で寝過ごす寮生を矯正するため。当時の寮長は全員の必修科目を把握し、たたき起こして回ったらしい)、過去問の共有・整理、勉強会の実施などであった。


 効果は覿面だった。そもそも留年を繰り返す一番の原因は、講義に出席しないというところにあったらしく、授業に出てしまいさえすればどうにかなったらしい。


 そして寮生の留年率は年々下がっていった。が、ゼロになることはなかった。


 誰しも悩みや、心の傷を抱えて生きている。それによって大学に行くことができなくなった者もいる。彼らの頑なな心を変えることは寮友会にもできなかった。


 そしてあるとき、寮友会に危機が訪れる。切磋琢磨で留年を抜け出した者たちは卒業していき、硬い意志や心の傷のために断固として大学に行くことを拒否する寮生だけが残った。


 この時、寮友会は崩壊し、以後、集積された単位を取りやすい講義と、過去問の情報だけが寮の保管庫に厳重に保管されることとなった。


 そして近年は、留年のスパイラルに陥る寮生の数は増えつつあった。



/



「よおホーガン、お前、■■■数学のXX年の過去問を持っていないか」


「すみません。今はこの通り裸一貫でして……」首にフンドシを巻いてはいるが。

 そもそもその講義を取った記憶はない。名前からして難しそうだ。


「やれやれ……役に立たんな」


「……申し訳ありません」


 彼らは、「この講義は去年も受けていたからいい」、「いや、去年取れなかったのなら駄目なのではないか」とか、「どうせなら美人の教授の講義がいい」「あの教授の思想に毒されるのはよくない」「女生徒の多い講義を取りたい」などと、あーでもないこーでもないと好き勝手に話していたが、結局の最後には単位の取りやすそうな講義を選ぶこととなった。(実際の所、そこまで取れる講義に自由度はないように思われた。そもそも講義の種類がそう多くない)


 楽しそうにワイワイと話す彼らが、少し羨ましく思えた。


 寮の仲間で同じ講義を取り、とにかく授業に出席して、過去問を共有して勉強する。多分それが肝なのだろう。……当たり前のことか。


(これは……この当時だけのものだったのだ。中に入ることはできない)


「……では、私は先を急ぎますので」


 立ち上がって首のフンドシを整え、階段へと向かう。その時、声がかかった。


「ホーガン。お前は……留年しなかったのか?」

 先ほど、無駄話をたしなめた厳しそうな寮生だった。


「私は……はい。おかげさまで……」

 これを学んだのだ、と胸を張れるものは何一つなかったけれど。


「そうか……よく頑張ったな」

 それだけ言うと、彼は手元の講義要綱に目を戻した。


「ありがとうございます。皆様のご武運、祈っております」


 変な奴だな、と彼は笑った。


 私は頭を深く下げて、また走り出した。




                              6,組織:寮友会【終わり】


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