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ファイアーストーム --寮と酔っ払い--  作者: 音十日(おととい)
13/17

11,アダナ:■■■■

11,アダナ:■■■■



 赤い月明かりに照らされた階段を走っていた。


 ふと、立ち止まり階段横の窓を見上げた。満月の色に違和感を覚えた。


(今、月の光が白く見えたような……)


 上階からコン……コン、と廊下に何かが当たる音が聞こえてきて身構える。


(なんだ、金属バットか? 野球とかだろうか。まずいな……球技は駄目だ。他が別に得意ということもないが)


 楽観的に捉え過ぎていた。続けて優しい人たちばかりに当たったからか気が緩んでいた。


(1打席勝負など挑まれようものなら、勝ち目はない)などとのん気なことを思いながら、こそこそと顔だけを出して、周囲を確認する。


 ちょうどその時電球が切れた。男が手に持ったものが月光を反射する。


 バットではなかった。もっとシンプルな、ただの鉄パイプを握っていた。


(……鉄パイプ? 何故)


 まずい。酔うと手が付けられなくタイプだろうか。


 見れば廊下の奥には破壊されたブラウン管テレビが転がっていた。が、目に入った途端にそれは消えてしまった。


(なんなんだ? 関わり合いになりたくはないが、そう言うわけにもいかない)


 意を決して廊下に体を出し、首に巻いたフンドシに触れながら声を上げた。


「お疲れ様です! 私はアダナをホウガンと申しま……」


 風を切る音がして、虚空から取り出そうとしていた一升瓶が粉々に砕けた。


(……問答無用か。最悪だ。……要するにそういうことらしい)


 顔に飛来した破片はフンドシが守ってくれたが、いくらかは体にちくちくと刺さった。そして、酒で足の甲が濡れた。


(なんてことを……)


 急に怒り発生して弾けた。


「……粗相ですよ。酒の一滴は、血の一滴……」


 掴みかかろうとしたが、手の甲をお手付きのように叩き落された。


「ッ……」当たり前に痛かった。折れてはいない、とは思うが。


(クソッ……。人に振るうことに躊躇がない。丸腰ではまずい、一撃が致命傷だ。直情的に暴れるわけでもない。迂闊に踏み込めば、やられる)


 即座に回れ右をして階段を下る。


 背には恐怖がまとわりついていた。投げられてもまずい。

 ……見当違いの方向に投げてくれれば助かるが、おそらくこいつはそんなリスクを冒さない。そんな気がする。


「粗相でしょうが……寮生であるなら名乗ったらどうです。丸腰相手に武器を使うなど……卑怯な」


 恐怖を振り払うように威勢のいい言葉を口にする。


 考えもなく逃げているわけではない。各階の廊下には不審者撃退用のサスマタが配備されている。(大学の学生部から古くなったものを譲り受けたもの。まだ残っているはずだ)下階のサスマタを手に入れることができれば、形勢は逆転するはず、と思いたい。


 漫画で読んだことがある。日本刀よりも槍の方が強い、リーチの長さは勝敗を分けると。階段を下り切ったところで、手すりを掴み遠心力を活かして、一気に廊下を駆ける。


 壁に引っ掛けてあったサスマタを両手で握り振り返る。振り返った先の暗い廊下、相手はまだ遠い。こちらは全速力だったというのに、悠々と歩いているらしい。まあ、その方が助かる。


 呼吸を整えて、やることを整理する。


 向かって来るならば、それに合わせて動かせばいい。こちらから仕掛けていなされるよりも……後の先を取って確実に動きを封じて……パイプを投げられることにも注意して……。


 あれこれと考えていると、突然サスマタの柄が真ん中の辺りで折れて、U字になっている先端の部分がだらんと下に垂れた。


(居合の使い手?……知らぬ間に折られたのか)いや、いくらなんでもまだ遠い。


 折れた部分を見るとビニールテープが緩く巻いてあるのが見えた。


「クソッ……」どっかの馬鹿が遊んで壊しておきながら報告せずにいたのだろう。


 いや……これも目の前の男の仕込みか? だとすれば、厄介だ。流石にそれは考えすぎか。


「私は極東のホウガンです。……あなたは名乗らないのですか」


 ゆっくりとこちらに近づいてくる。白い月に照らされたその男は白髪で、スーツを着ていた。壮年のように見えた。社会人になってから入りなおした方なのだろうか。


 本当に不審者という可能性は……あれこれと考えながら、先端がぶらぶら揺れる頼りないサスマタを握りしめた。


(待て……やはり月が白い? ここは現実なのか。帰ってきたのか?)


「……アダナはもうない。追い出されたんだ。私は……」


 どうせ答えないだろうと思っていたが、その予想は裏切られた。低くよく響く声。


(……退寮処分になった寮生か)


 男はそれ以上、喋らずに刺股の間合いに入った。


 そしてチャンバラが始まった。



/


 こちらの材質はアルミだろうか、であれば鉄パイプとの打ち合いに勝てるはずもない。勝機は……どこかで組み付いて締め落とすしかない。だが……鉄パイプは奪わなければならない。叩き落せればよいが。


 余裕もないのに、悠長に考えすぎていた。


 甘かった。相手はこちらを殺しかねないのだ。ならば、こちらも串刺しにするくらいの気概で向かうべきだった。それが実際私にできるかどうかはともかく。


 人を傷つけたくはなかった。ベコベコに折れたさす股、ブラブラしていた先端がついにちぎれ、背後の窓ガラスを突き破っていった。破片が飛び散って反射した。


「チッ……」


 好機と見たのか男は一気に間合いを詰め、パイプを振るった。両手で棒を構えて受けたが、当然折れ曲がる。


 もう一度、と彼は、今の反動も使ってパイプを大きく後ろに振りかぶった。それはこの男にしては明確な隙だった。動画サイトで見たことがあった。ナイフを持った男がこのような動きをするのならば、相手の腕を両手で下ろせないように押さえ、あとは密着して大外刈りの要領で……そう思い、一気に接近しようとして……足の裏に痛みが走った。


(……さっきの窓ガラス……)破片を踏み、廊下に血の線ができた。痛みで動きが鈍り、滑るように転びそうになる。この隙を見逃さないだろう。


 倒れかけた私の頭部にパイプが振り下ろされようとしていた。



/



(全裸で過ごしていたツケを払う時が来たか)最後に馬鹿な反省をした。別にフンドシを正しく巻いていたとしても裸足には変わりはなかったのだが。


「…………?」


 一向に振り下ろされる気配がない。死の間際、感覚が鋭敏になっているのだろうか。


(いや……)一転して、好機の予感がした。


 閉じていた眼を見開く。彼の振り下ろした鉄パイプは何もない空間や床から生じたフンドシによって、絡めとられ拘束されていた。


(また守ってくれた)


 冷静に足場を確認して立ち上がり、首に巻いたフンドシを解き、拳にバンテージのように巻いて一歩踏み込み、最初に腹を殴った。次に項垂れた彼の頬をえぐり込むように殴った。手から離れたパイプが宙を舞い、彼は後ろに倒れた。


「ハァ……、そ、粗相ですよ。一升瓶を割ったこと、ガラスを割ったこと、空手の人間に襲い掛かったこと……」


 仰向けに倒れた彼にさらに追い打ちをかけようと思ったが、止めた。もう戦う意思は感じられなかった。あるいはまた騙し討ちを狙っているのかもしれないが、それはないように思えた。明確な根拠はないが。


「ブラウン管テレビを破壊していたこと、さす股を破壊したこと……」


 彼は何も答える気配はなかった。一瞬目を瞑り、切り替える。先を急ごう。時間の無駄だ。


(いや……だが、こんな人を野放しにはできない。いくらストームであったとしてもこれは看過できない。ここで見逃したことで他に犠牲者が出たなら、それは私の責任だ。警察に連れて行った方が……しかし、そんな時間も)


 悩んだが、そのあたりに落ちていたフンドシを拾い彼の手を縛った。


「後で警察に連れていきます。いいですね」


「君の判断に任せる。……少し昔を思い出していたようだ。すまなかった」


(なんだ、急にしおらしくなって)


『……ホウガン、彼も昔の記録を見ていたんです。それで少し変になっていただけだから。だから……許してあげて欲しい』


 廊下のスピーカーから、あの少年の声が聴こえた。寮の九十九神なのだろうか。


「君がそう言うなら……いや、でも……流石に」


「私は……ホウガンの判断に従う」男が言った。


 どうすればいい? 悩んでいる時間も惜しい。……いや、惜しいのか?


「あの……さっき、ヤゴコロさんと話していたんだけど。その、本当にオヅノさんは危険なのかな?」実は部屋でテレビでも見て待ってたりして。聞いてしまえば終わってしまう話だ。


『本当……です。だから止めて欲しい。命には影響はないかもしれないけれど、心には影響がある、と思う』


 嘘をついているようには聞こえなかった。


「判ったよ」



■■

 退寮処分となった学生たち、彼らはアダナを剥奪される。


 寮の議会に訳もなく欠席するもの、盗みや盗食を行ったもの、会計の役員では寮費を横領し、賭け事やら、株に使った者、様々な理由で寮を追われた者たちがいた。


 そんな中、一人変わった理由で退寮処分となった者がいた。


 彼はかつて明君だったという。寮長を務め、非の打ちどころのない治世を築いたそうだ。寮生の集会では粗探しだけを生きがいとするロートル寮生を黙らせたという。また彼は才色兼備で多くの下級生は彼に憧れていたとか、いないとか。


 そんな彼への評価は寮長の任期を終えた後の最初のストームで一変した。突然人が変わったように、寮中のブラウン管テレビを破壊しつくしたのだ。


 何も語らないまま、彼は退寮となり、アダナを失くした。


 議事録や日誌に書かれたアダナは、全て黒く塗り潰される。


 退寮処分の張り紙には、忌み名、つまり本名が記されていた。


 私はその人のことをボウクンと勝手に名付けていた。

■■


「何故テレビを破壊したのですか。あなたほどの人物が……」


「身の回りも見ようとしない奴らがテレビなんて持っても仕方ないと思った。見るべきものを見ない、そんな連中には相応しくない機械だ」


 この人は当時の寮生の再現ではない。歳を取っている。


「それは決めつけではないでしょうか? 人が何を考えているかなんて誰にも……」


「君の周りに居るのはミステリアスな連中ばかりか? 当時の寮のことを知りもしない君が、彼らを弁護するのはそれこそ決めつけではないか?」


 確かにそうかもしれない。


「……それでもテレビに罪はありませんし、あなたが話せば耳を傾けてくれたのではないかと……いえ、私には当時のことは判りませんが」


「確かにな。だが、話すよりも手早く済ませたくなったのかもしれない。……疲れていた、私は」


「……もう行きます」


 彼の両手をフンドシで、さらに階段の手すりに結び付けておくことにした。処分は……戻ったときに考えよう。


 出血した足は、傷がそこまで深くはなかったので、首に巻いたフンドシをちぎって止血した。かなり痛いが、我慢できないほどでもない。


 窓からは白い月あかりが差し込み、裸電球は消えている。あちこちにフンドシが散乱し、酒気も酷いまま。しかしおそらく、ここはもう現実なのだろう。


(戻ってきた)


 であればあと少しだ。私はまた走り出す。

 


                             11,アダナ:■■■■ 【終わり】


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