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ファイアーストーム --寮と酔っ払い--  作者: 音十日(おととい)
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9,アダナ:ウケモチ

9,アダナ:ウケモチ



 早速だが、また負けた。


 私は料理勝負を挑まれ、速攻で敗れた。


 今回の寮生、アダナをウケモチと言う方だった。ウケモチと言えば、保食神ウケモチノカミだろう。日本神話の神から取られているとは、ただ者であるはずがない。


 私は節約のために専ら、外食はせず寮で自炊をしていた。しかしだからと言って、料理に関しての向上心はまるでなく(思いついたように、これからはちゃんとしたものを作ろうと意気込む時期はあったが)、結局4年間料理の腕はまるで上達しなかった。


 言い訳になるが元から凝ったものを作る気はなかったのだ。馬鹿舌ということもあって、腹が膨れればそれでいいかと満足していた。味が判らないならわざわざ料理に凝るのは時間の無駄だ。


 それに各階でガスコンロの数は限られているのであまり長時間場所を使っていては、他の寮生に申し訳ないという気持ちもあって、自然時間のかからないものばかりを作っていた。そう言うわけだから料理の腕など知れていた。


(……まともに勝負を受けるべきではなかったかもしれない)


「極東と言えば、俺の居たころは行事の時は手の込んだ食事を作っていたものだが……そのあたりは受け継がれなかったようだな」


 そんなことを言われても、と思った。寮(棟)としての特色と個人の技能を一緒にされても困る。


 頭に手ぬぐいを巻き、鉄のフライパンを振るう彼の後ろで、換気扇に吸い込まれていく煙をぼうっと眺めていた。

(手ぬぐいの紋は梅鉢紋……近くの神社の神紋だ)



/



 彼は出来上がったものを、二つの皿に分けて盛ってくれた。


「おお、美味しそうな野菜炒めですね。見事です」


 廊下に敷かれた2畳、その上の卓袱台に向かい合って座る。皿から立ち上る湯気が、裸電球によって照らされている。


 彼は私の言葉に眉をひそめた。


「ホーガン、これはホイコーローというんだ。覚えておいた方がいいぞ」


「は、はい。判りました、覚えておきます」


(……野菜炒めとはどう違うんだろうか。あとで調べておこう)


 彼は私の反応に、首を傾げうーん、と唸りながら、異界化した寮の冷蔵庫から取り出したビールの缶を開けてコップに注ごうとした。それを止めて、私が注ぐ。


 そして2人のコップにビールが注がれたなら、当然、


「「乾杯!」」言ってコップを打ち合わせた。



/



「とても美味しいです。なんというか、どれも奥まで火が通っているというか。……暖かいような気がします」馬鹿舌だと言ったが、それでもこれは違いが判った。美味く言葉が出てこない。味を言葉で表現するというのは難しいものだと思う。いや、味覚に限ったことではないか。


 ピーマンも豚肉も火傷しそうなほどに熱いが美味しい。白米も焚けばよかったと後悔した。


「さっきのお前のは全然駄目だ。あんな生焼けのものをいつも食っていたのか。よく腹を壊さなかったな」


 ちなみに私の作ったものは、そのまま今食べているホイコーローの材料になっている。全然火が通っていなかったのが幸いしたと言える……のかもしれない。


「いや、はは、なるほど。寮に入ってからよく腹を壊すと気になってはいたのですが……合点がいきました」


 そう言って笑いながら、ビールを飲んだ。日本酒ばかりだったから、ビールを出してもらえるのはありがたかった。日本酒を飲んで吐きそうになることは多々あっても、ビールを飲んで吐いたことはまだ、今の所はない。


「おいおい……大丈夫かよ。食中毒で死ぬことだってあるんだぞ」

 呆れと心配が半々、という感じだった。


「大体なんでお前裸なんだ? 普段からそうだとしたら、原因はそっちにあるんじゃないか」


「いえ、普段は普通に服を着ています。ただ、今宵はストームですし、有無を言わせない勢いで裸にひん剥かれたのです」ひん剥かれたというのは、本当のことだ。


「……それで通ると思っているのか。まあ酔っ払いに言っても仕方ないか……」


 彼がバンダナのように巻いていた手ぬぐいをほどくと長髪が垂れた。髪をよかしてから、頭をかいた。


 胸のポケットから、煙草を取り出したので、急いで調理場へと走り棚から灰皿を取ってきた。


「ホーガン、そんなに急がなくてもいい」


 戻ると、彼はズボンのポケットから携帯灰皿を取り出し、こちらに向けて見せた。


(余計な世話だったか。だが、普通の灰皿の方がいいだろう)


「吸うか?」一本差し出してくれた。一瞬迷ってから、ありがとうございます、と受け取った。煙草に印字された文字を読む。


「自分もメンソールが好きでした。スーッとするのが心地よくて……」言っている途中でライターの火を向けられたので、慌てて咥え、点けてもらう。


 吸って……肺までは入れていないつもり、そして横を向いて煙を吐き出す。ハッカ飴のような味、舌が少し痺れるような感覚。料理を食べた後でよかった。少し精神が落ち着く。


 煙草は本当に少しの間だけ吸っていた。多分5箱も吸っていない。気分転換に良いとは思ったのだが、いつも出掛ける時に火を消したか不安になること、身体能力が低下するらしいということ、なにより趣味とするには結構な支出になるというので、止めてしまった。


 取り壊しになるから気にしなくてもよかったのだが、部屋に匂いや色が付くの後の寮生にはよくないと思ったこというのもある。


 お互い料理を平らげてしまってから、彼はまた煙草に火をつけた。私はちびちびと一本を長く吸っていた。


「寮の行事でな、棟対抗の料理対決というのがあってな。俺はウケモチの名をもらうくらいだからな。料理が上手かったんだな。それで何だか知らんが好きにしてよいとのこと、またやってみたくなったのだが……相手がお前ではなあ」


 相手にならず申し訳ない、と謝った。


「いいよ……だが、この勝負俺の勝ちだからな」


 異論は全くなかった。


「俺が寮の役員だった時、寮生が交代で食事を作るようにしてはどうか、と提案したことがあったんだ。まあ、通らなかったがね。いろいろ面倒なことが多すぎてな」


 ウケモチ殿には悪いが、想像するだけで厄介そうだった。当番制にするとしてサボりが出た場合はどうする。食費を集めるのも面倒そうだ。大食いと食の細いもの、私のような馬鹿舌で料理下手が作るのと彼が作るのでも全然違うだろうし……、こういっては労力がかかる割に、あまりメリットは感じられない。


 今の時代はスーパーやコンビニでいくらでも、食料を買うことができるし。


「結局……、俺の任期中に新しく始められたことは何もなかったな」煙草を咥え、フーッと紫煙を吐き出した。


「卑下することではないかと。新しいことなどやらなくても、滞りなく仕事や行事ごとをこなすのも骨の折れることです。……それに通らなくとも提案されたのでしょう。それは立派な事です」


 私は役員の頃、なにか寮を良くしようとしただろうか。


 彼の咥えたタバコがヂヂヂ、という音とオレンジの光を発して短くなっていく。


「ホーガン。お前はなんでこの寮に入った? 伝統ある寮だからか」


 単に金銭面に不安があったからだと、正直に伝えた。


「そうか。俺の方は、旧制高校から続く伝統というものに興味があってな。また新たな伝統を何か作って残してみたいと、そう思っていたんだ」


 語りがだんだんと寂しさを帯びていった。


「料理対決も残らなかったという。……伝統というものは、最初に作る人々は楽しいかもしれないが、あとになってそこに入る者からしてみれば、出来上がりすぎていてつまらなくもあるな」


 最初から舗装した道を進むよりも、自分で道を作りたいという気持ちは理解できた。でもそんなのは作った人の苦労を知らないから言えるのかもしれないが。


「真摯に寮の仕事に取り組んだからこそ、出てくる感想であると……思います」


「真摯とは違う。俺はただ、本当に俺が居た証を残しておきたかったのだ。……寮生のことなんてどうでもいいのだ」悪者のように彼は笑った。


 嘘ではないか、と根拠もなく思った。


「長くそれで続いていればいるほど、前例がないだとか、面倒だとか。変わることに抵抗が生まれていく。それでいて面倒なものだけは、削いでいってしまう」


「……最後に、本当に必要なものが残るのかもしれません」


「どうかな……玉ねぎだったりしてな」


 当番室に飾られた白黒写真を思い出していた。皆が学生服を着て下駄をはいている。バンカラというのだろうか。背後には地元のお城が写っていた。


 過去の栄光のような写真。


「つまらない。どんどん寂しくなっていく。だが結局、そんなのは時代遅れの考えなのかもしれない。懐古趣味でしかないのか。時代に合わせてどんどん変わっていくことこそが正しい成長なのかもな。どんどん人は一人でも生きられるようになっていく。寮だって俺の居た頃でさえ、安アパートと大差なかったさ。ときどき、行事の時だけ自分は伝統ある寮の一員だという顔をすれば、それで済む」


 私は既に空になったコップを、掌で隠し口に当てて飲む振りをした。暫くずっとその行為を繰り返していた。



/


 話がひと段落したところで改めて

「ごちそうさまでした」手を合わせて挨拶をする。おう、と彼は頷いた。


 食器を片付けようとすると、愚痴って悪かった、俺がやっておくと言ってくれた。


 感謝して先を急ぐことにした。


「ホーガン! 寝るときは腹を冷やすんじゃないぞ」

 そんな言葉が廊下を走る私の背に届いた。


/


 寮はもうすぐなくなってしまう。

 最後に何が残るのだろうか。


                      

                           9,アダナ:ウケモチ【終わり】


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