表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある聖女の追放譚

作者: ツカノ シホ

思い付きを再び投稿。

 



「聖女リリア、君との婚約を解消させてもらう」



 日の光を集めて糸にしたかのような金色の御髪。もとは真っ白だったけど、長い旅路の果てに日に程よく焼けたお肌。見るものすべてを見透かすような茶金の瞳。婦女子が思わず見とれてしまう甘い相貌。まだ少年の幼さを残した面差しと、かつての孤独な日々に纏っていた影が微かに残り、大成されつつあるこの方の存在を稀有なるものへと高めている。


 プリンスと呼ぶにふさわしい輝かしさと、相反する人間らしい影憂いをあわせもつ、稀なる御方。此の世にたったお一人の尊い御方。わたくしの戦友にして、この国の第三王子、そしてこの度、魔王討伐のために奔走した『勇者』、エディエル・ガイ・クロウ殿下。


 この場は魔王討伐記念、祝勝祭、いわゆるこのクロウ王国挙げてのお祝いの場。その宴席にてございます。


 わたくし、リリアは聖女の正装である白い法衣を身に纏い、幽霊のようだと言われる所以の青白い髪をひっ詰めて、一切の装飾を纏わずに己の身一つで王侯貴族の馳せ参じる宮廷の戦場に挑んでおりました。


 そう、戦友と申し上げましたが、わたくしもエディ殿下とともに魔王討伐の任に当たった、当代の聖女という称号をありがたくもないことに頂いております。

 長い長い旅路と、度重なる魔物の討伐、途絶える祖国からの支援、訪れた諸外国での冷遇好待遇、数多もの苦難を乗り越えてこの国へと帰還したわたくしたちを迎え入れた人々の歓喜の声。


 殿下の言葉に、思わず過去が蘇ってきたようです。思わず溢れる涙が見る見るうちに視界を奪っていきます。


 本当に、長い、長い旅路でございました。



「婚約を解消されるからと言って涙を流すなど、やはり下賤な血は王家に、勇者たる第三王子殿下にふさわしくありませんわね」



 どこからともなく声が聞こえます。似たような言葉がいくつか行き交うのを、人よりも遥かに優秀な耳が捉えます。


 確かに、涙を流すのははしたない、と法衣の袖で拭いますが、何度拭っても止めどなく流れ落ちる涙はどうやら積年の思いが堰を切ってしまったようで止めることができません。


 焦るわたくしの頬に何かが触れます。剣ダコのできたごつごつとした掌だと気が付くと、それが殿下のものであることに気づくのは同時でございました。掌は優しくわたくしの涙を拭うのを手伝ってくれています。


 衆目の前で涙を流す羞恥と殿下にその様なことをさせてしまった申し訳なさから、顔に朱色が上ります。



「まぁ、なんと下賤な。殿下の御心の優しさに付け込んで斯様な・・・。顔を真っ赤にして・・・見苦しいと来たらありゃしない」



 全く以てその通りにございます。本当に恥ずかしくて顔から火が出る思いでした。何とか自分に叱咤激励をして顔を取り繕うと、殿下のすっかり大きくなられた掌をそっと下げさせます。



「もう結構でございます。取り乱して申し訳ございませんでした」



 わたくしは出来るだけ冷たい声で言い放ちます。突き放すような声音は、きっと静まり返って事の成り行きを見守っている方々の耳に届いたことでしょう。途端に会場はざわつきます。


 下賤な血が殿下に不敬をした、と言っているようです。



「いいえ。あなたが取り乱すのも仕方のないこと。それだけのことを私は申し上げた」



 殿下は既にわたくしに対して敬語で話しかけます。その距離感が物悲しく感じてしまわれます。



「わたくしとの婚約を解消する、とのことでしたが、国王陛下王妃殿下はご存じなのでしょうか」



 ちらりと国王夫妻のほうを見やれば、苦虫を嚙み潰したような面持ちをなさっておいでです。



「いいえ。リリア嬢、いや、聖女殿、これは私の独断です」



 ざわり、と先程よりも大きなざわめきが会場を包みます。

 当然のことでしょう。国王陛下のご意向によって組まれたわたくしたちの婚約。それを王子殿下の独断で解消できるはずもありません。


 先程からチクチクとわたくしを刺していた言葉が、今度は殿下に向けられます。


「なんと愚かな」

「これでは殿下を立太子しようとする動きも鈍る・・・」

「戦いばかりに明け暮れて国の在り方をお忘れになったのだ」

「魔物に関わりすぎて阿呆になってしまわれたのだ」

「聞けば幼少から人と群れる事を厭われておいでだったとか。やはり第一王子殿下を立太子するしかあるまい」

「あの放蕩王子か・・・」

「何を言う、第二王子殿下こそ次代の王に相応しい」



 わたくしは目を閉じて考え込んでいるように装い、周囲の声を集中して聞いておりました。聞くに堪えない言葉の群れにもういいだろう、と瞳を開けます。


 エディ殿下。光を纏うかのような神々しさを持ちながら、決して人に心を許さなかった幼き頃の少年の姿が目の前の人と重なります。



「何故、解消などとおっしゃるのでしょうか」



 答えを知っている問いを投げかける。



「私の最愛の人と一緒になるため、とお答えしましょう」



 優しい眼差しがわたくしを捉えて離しません。ふと、殿下の後ろから人影が現れます。

 彼女には似合わないことに、丁寧な礼をして、妖艶な赤い紅を差した唇が弧を描く。



「賢者・・・クリスティア・・・」



 誰かが思わず漏らした言葉が彼女が何者なのかを紹介してくれます。このタイミングでの登場は、彼女こそが殿下の最愛の人だと言っているかのようです。周囲もそう受け取ったようで、思わず息を呑む音が聞こえてくるようでした。

 美しいブルネットの髪に意志の強い、深い緑の瞳。赤い臙脂のドレスを纏って髪を結い上げ、飾り立てた姿は流石の圧巻です。大陸随一とされる智謀と見識、ありとあらゆる方面に通ずる知識の深さは、先だっての魔王討伐でも十二分に発揮されました。

 そして彼女の一番の特徴は、その存在が世に認識されるようになってから優に五百年の時を超えている事と、その類まれなる美貌にあります。

 男性関係にも噂に事欠かない御方で、賢者と呼ばれることもあればその手練手管で男性を手駒にすることと年齢不詳さも相まって、不名誉にも魔女と呼ばれることもある。



「ここでは身をお引きなさい。聖女リリア。あなたに祝福を与えましょう。愛し愛される人と出会い、永久に分たれることのない未来を」



 妖艶な笑みを浮かべたままクリスは寿いでちょん、と腰をかがめるだけの軽い礼をします。

 このクリスの行動に多くの人々が愕然としておりました。


 このクロウ王国では賢者クリスティアが王族に連なることが認められていません。噂によると何代前かの国王がクリスとそういう関係にあったらしく、遊ばれ尽くした後に捨てられた私怨だとか。

 婚約解消を求めた後に殿下の隣にクリスが立った事によって、人々は殿下が選んだ未来が国王の怒りを買うこと必至であると察したのです。


 立太子どころか、王位継承権を剥奪されかない、と人々は騒めきます。


 ご婦人らは婚約者を寝取った上に、捨てられた女に愛される人生をと寿いだ無神経さにいきり立っているようですが、先程聖女を罵っていた同じ唇で同情されても嬉しくはないというのが本音です。



「愛される御方と共にあるのが何よりの幸せ、と仰るのですね」


「ええ。そうです。聖女殿」



 事務的に返される殿下の返答。



「あなたと婚約を解消したわたくしが聖女のままでいられるはずがありません。どうぞ、リリア、と。下賤な血のため、わたくしに名乗る家はございません。ご気分を害し申し訳ありませんが名をお呼びください」



 そう。エディ殿下と婚約を解消したわたくしに、聖女を名乗る資格を教会が与えるはずがありません。剥奪されることは間違いないでしょう。

 何せ、魔王討伐で聖女たる力を全て使い尽くし、徒人となり果てた身。幼少のころに親を亡くし、教会に身を寄せ、その力に目をつけられて清貧を貫いてきた日々。

 王家からの魔王討伐のわずかな報酬も全て教会に吸い上げられ、魔王討伐から帰還した折より住処は婚約者に与えられる王宮の片隅。打ち捨てられた小さな離宮。それでも提供される衣類や食事は教会にいるよりましで何度殿下に感謝したことか。



「では、リリア。この婚約解消。受け入れてくれるね」



 わたくしは渾身の礼をとって答える。



「謹んでお受けいたします」



 突然の出来事にも拘らず、この婚約解消劇はあっさりと幕を下ろしました。

 問題視されたのは、国の首長たる父王の意向である聖女との婚約を勝手に公の場で解消した殿下の処分でした。


 何せ魔王を討伐した英雄・・・。


 けれどもそれまで顧みられることなく、一人ぼっちで過ごしていた十三の彼。

 そんな彼に課せられた使命は、決して達成されることはないと見限られていた。

 何せ同伴者に実力者として付いたのは賢者クリスティアのみ。その他は教会の擁する名ばかり聖女だった私、後は宰相家の脛齧りと揶揄されていた騎士のギルバード様。

 出立した時にはすでに全員が悟っていました。この魔王討伐隊はこの国の厄介者、まさしく死んでくれと言われているようなものだと。

 たった四人で世界を滅ぼしかねない魔王に何ができるというのでしょう。


 しかし蓋を開けてみれば、旅芸人の演目に彼の名が出ないことはない程に名を上げ、静観を貫いていた諸外国からも期待を背負わされ。

 歩みを進めるほどに仲間という戦力を得て戦い続けた日々。そうやって旅の中で仲間になっていった方々は、全員が全員無事に帰還したわけではありません。

 現に、最初の四人だったギルバード様は旅の途中で、私たちを先に進めるためにその命を散らしておいでです。


 顧みられることなく、思いやられることなく、ただ訪れた国々で苦難に困窮する人々を見てこのままではいけないと心を鍛え、己を鍛え、そうすることで成し遂げた偉業。

 目的を果たして散り散りになった仲間たちは笑顔で帰るべき場所へと帰っていきました。晴れやかな笑顔と共に。


 私たちは物言わぬ亡骸になったギルバード様を抱えながら、互いに同じ思いを抱いていました。


 いったいどこに帰るというのだろう、と。


『帰還せよ』との国王陛下の命を使者が伝えに来たことによって、私たちは心に疑問を浮かべながらもこの国に凱旋しました。


 魔王を討伐した英雄として歓迎と歓喜に沸く人々の明るい顔に、必死に笑顔を貼り付けた凱旋行進。

 互いに引き離されて顔を合わせる事すら許されなかった、この祝勝祭、祝賀会までの期間。

 まるで互いに情報のやり取りをすることを遮るかのような采配に不信を覚えたクリスティアによって、私と殿下の婚約が結ばれ、国王陛下が第三王子である殿下を立太子する腹積もりであることが判明しました。


 魔王すら討ち果たした一因である、賢者である彼女を抑えておけると思うほうがおかしいのですが、どうやらこの国では我々は厄介者という認識から外れていないようでした。

 その上で、立太子を目指して学んでいる第一王子、第二王子を退けてまで第三王子であるエディ殿下を立太子するなど、ろくでもないことを考えているに違いないと勘繰られずにはいられませんでした。



「第三王子であるエディエル・ガイ・クロウ、そなたには失望した」



 重々しい陛下の声が響きます。その言葉と声音だけで人々は殿下の末路を察しました。様々な思惑が行き交う中、殿下の立太子を企てたであろう中心人物は青い顔をしています。

 尤も、一番青い顔をしているのは、国王陛下自身だったかもしれません。



「目をかけてやった恩を仇で返したそなたを、王族に置いておくわけにはいかん。貴様は今この瞬間から、ただのエディエルとして生きていくがよい」



 廃嫡を言い渡されます。エディエル殿下はただ無表情に、最敬礼を陛下に捧げます。既に己の身分を受け入れてのことでしょう。



「余計な火種が後世に残ってはならぬ、そなたは曲がりなりにも英雄、名前と顔を知られた人間。この国に置いておけば国が荒れよう。国外追放をここに言い渡す。この宴の終了を以て身分を返上、速やかに国を出よ」



 殿下は同じ姿勢を保ったまま、さらにその角度を深めます。了承の意を示しているのです。



「聖女リリア、・・・リリアよ。そなたも同じ沙汰を言い渡す。その穢れた身では二度と教会に身を置くことはできまい。せめてその愚息を捕まえておけば死ぬことはなかったろうに」



 分かりやすい蔑みの言葉に、殿下がピリリとした殺気を放ちかけますが、後ろに下がっていた私が最敬礼をしたことによってその殺気を収めてくださいました。

 聖女の力がなくなる=処女を失うという考えは古いのだと、誰も認めてはいないこの国で生きていこうなどと思っていなかったので、願ったり叶ったりの処罰です。

 何せ今この国では、聖女の血を飲めば長生きできると実しやかに囁かれているようですので。陛下の言葉は無事に国を出ることができるわけがない、と笑っているようですね。

 思惑通りに事が運ばなかった腹いせもあるのやもしれません。


 陛下の冷たい視線がわたくしを通り過ぎます。



「そしてそこな魔女、クリスティアよ。そなたは今この場で、極刑を申し渡す!!!」



 国王陛下の怒気がビリビリと伝わってまいりますが、クリスは涼しい顔で片眉を綺麗に上げただけで最敬礼を返すこともしません。当然ですね。彼女の一番嫌う逆鱗に触れてしまったのですから。

 彼女に『魔女』と呼びかけるなど、愚の骨頂です。

 かつて彼女の美貌を手に入れようとした無謀な王族によって陥れられた彼女の名前。その時の契約によって、国に縛り付けておきながらなんたる言いぐさでしょう。しかし、極刑を申し渡したことによってその契約が国側の責で破られ無効になり、クリスは自由になりました。


 陛下の言葉を聞いて力が抜けてしまったのは、エディ殿下もわたくしも同時でした。

 なんとか穏便に済まそうと、最敬礼の姿勢で耐えていたのに。力が抜けてしまったため、諦めて退室の礼をとってエディ殿下と二人並んでこの哀れにも狭い国を後にせんと背を向けます。

 陛下がクリスへ向けるわかりやすい怒気よりも、クリスの放つ冷え冷えとした憤怒のほうがよほど恐ろしい。


 わたくしと殿下が並び立って立ち去る様子が目に入った方々がざわつきます。国王陛下のお言葉の途中で退室するなど前代未聞。えぇ。存じ上げておりますが、わたくしどもも、命が惜しゅうございますので。



「「永久のお暇を、頂戴いたします。お目汚し失礼いたしました。皆様方に、女神の祝福があらんことを」」



 一言一句違わず、ズレず一糸乱れぬ退去の礼を優雅に魅せた二人に、果たしてあの二人は今さっき婚約を解消したギスギスした関係ではなかったのだっけ、と呆けた顔をされた顔が幾つか。

 呆けている場合ではありませんよ、と言いたくなりますが最早後の祭り、ですね。




 この後の顛末は、上機嫌な顔で現れたクリスによって伝え聞いております。

 彼女曰く、二度とかの国が賢者と呼ばれるほどの魔法使いを輩出できないように、魔法使いが生まれない呪いを国土にかけてやった、のだとか。

 何度も確認したのですが、彼女が直接手を下して人の命を奪ったわけではないとのことです。


 かの国を離れて三か月経つ頃には、国王陛下の崩御、宰相家の没落、立太子を巡った第一王子と第二王子の殺し合いによる国家の分裂の情報が流れてきました。

 ようやく魔王のいない平和な世界を喜んでいた民を思えば胸が痛む出来事ですが、クリス曰く。



「なるようにしてなったのさ。あの国も、私たちもね」



 の言葉を戒めと慰めにして日々を生きております。

 彼女は時々わたくしたちの前に現れては、以前のように変わらぬ姿で変わらぬ態度でお茶を飲んでお喋りしては消えて、また現れます。

 わたくしたち・・・わたくしとエディ様は、今は二人でかの国から遠い、海を渡ったかつての魔王の居城を、クリスの魔法で浄化して生活の拠点にしています。

 辛く、悲しいことも多かった旅路。けれども、仲間と共に生きた日々はそれだけではなかった。互いに確かな絆を結んで、今もこうして手を取り合って生きているのです。あの旅の終わりに、わたくし共は互いに想い合っていることを伝え合ったのです。



 あの日、エディ殿下が告げた婚約解消は、人気と名声を手に入れたエディ殿下を傀儡にしてその後も己が実権を握ろうとした、年老いた国王陛下による暗愚な策を搔い潜るためのものでした。

 何とか穏便に国を出るにはそれが一番だったのです。国を代表する人間が集まる場所で、国主たる責務を負わせるに値しない、と判断されるためのものでした。



「リリア」



 エディ様の優しい声が耳をくすぐります。思わず綻ぶ顔は能面聖女と呼ばれた過去を知る人には信じられないものでしょう。



「はい、ここにおります。エディ様」


「わたしのリリア。またクリスがやって来たようなんだけど、どこにいるか知らないかい?」



 まぁ、と驚いて考えをめぐらせます。



「エディ様のところにも、わたくしのところにもいらっしゃらないのであれば・・・」


「あぁ、やっぱり、・・・ギルバードのところか。・・・では、しばらくはそっとしておこう」



 孤独を分かち合い、苦難を共に乗り越えた始まりの四人、そのうちの一人であるギルバード様の亡骸は、結局かの国には置いてはいけない、という判断で遠く離れたこの大地、クリスの手によって立派な庭園に仕立てられたその場所に埋葬されています。

 エディ様と心を通わせたわたくし・・・勿論、エディ様もクリスとギルバード様の間にあった絆・・・互いへの想いに気が付いておりました。

 決してその想いを伝え合うことがなかった二人に、クリスに、わたくし共はかける言葉がありません。

 思わず、しんみりとしたその場に、クリスが現れます。彼女はごく普通の顔で微笑みを浮かべて私たち二人を眺めます。



「なんだい?湿気た面して?それはそうと、新しい交易品だよ。うまいって評判の茶葉を手に入れたんだ。エディ、さ、これを淹れてきておくれ?」



 ずいずいと茶葉の入っているらしい缶を渡すクリスはいつもの調子です。エディは困ったように笑いながら給湯室へと消えていきます。

 先程まで心配していたことがまるで勝手な気苦労、お節介だったようで安心と共に苦笑がもれます。



「腐っても宮殿で育ってるから、茶葉のうま味を引き出す温度や時間を正確に捉えるのはエディが一番だからね?」



 ね?とニヤッと笑うクリスに思わず、おかしくなってしまいます。今も昔も身分も関係なくエディに言いたい放題だったことが思い起こされます。



「いつも思ってたんだけど、何を書いてるんだい?」



 クリスがずい、とわたくしの手元に身を乗り出しました。見られて困るものでもないものの、思わず恥ずかしくて引っ込めそうになる手をクリスが遮り、読み出します。



「あぁ、こりゃあいい。いいよ。リリア。うまいじゃないか」


「あ、あの・・・。まだ起きた出来事をまとめている段階で・・・形になっていないのですけど・・・お恥ずかしい・・・」


「完成したら私に譲っていただきたいね。ブンショルワーを覚えているかい?奴さん、今御国で本を作る仕事をしているらしい。奴にこれをたくさん作らせて売るんだよ。そしたらあんたはその収益でもっと自由に物買いできるさ」



 思わぬ発言に、わたくしは慌てふためきます。ブンショルワーはかつての旅の仲間の一人です。彼は辛くも生き残った伝令係でした。



「えっあのっ、こ、これは、ただの、わたし個人の記憶整理、というか、今までの出来事を整理しようとしてっ!!なにより、皆さんのことなのに、わたしの一存でそんな勝手なことはできませんっ!!」


「おや、リリアが珍しく慌ててる。『わたし』呼びとはよほどだね。何を言ったの?クリス?」



 いつの間にか馨しい香りをさせているポットとティーカップを運んでいるエディ様がクリスの広げるそれを覗き込みます。少し読んで合点がいったようで、あぁ、と頷きました。



「登場する人物たちのことを気にするなら、存在しない名前や国を使えばいいんだよ。その他の細かいところも変えてしまえばいいのさ。そうすれば、誰も私たちのことだとは言い切れないだろう?」


「え、えっエディ様まで何をおっしゃるんですか!?」


「ほう、いいねぇ。これはあくまで作り話です。と言い張るんだね。いいじゃないか。それなら何でもありだ」


「むっむ無理無理無理!!!無理です!!そんなこと!!!」



 二人は盛り上がってわいのわいのとああすれば、こうすれば、と語り合います。そしてふと、クリスが寂しげにほほ笑むのです。



「頼むよ。リリア。ギルの、あの子の頑張った、生き様を後世に残しておくれ。ギルだけじゃない。他のみんなのも、だ」



 思わず無理を連発する機械になりかけていたわたしは、一時停止し、頷くしかなかったのです。



「大層なものは書けませんからね・・・」


「あぁ。でもあんたは文才があるよ。すらすら読めてしまうさ」


「本は残っても記憶には残らないかもしれませんよ」


「十分だよ。本と言う爪痕はいつの時代の人間の心を抉るのか分からない。それが楽しみなのさ」



 これは、つまはじき者たちの物語。


 これは、とある勇者の追放譚。


 これは、とある騎士の追放譚。


 これは、とある賢者の追放譚。


 これは、とある聖女の追放譚。





 これは、とある人々の奮闘記。














読んでくださってありがとうございます。


(追記)誤字報告ありがとうございます!初めての体験でした!凄く便利かつ気づいてくださる方凄い…と思いました…。拙い表現、文読んでくださってありがとうございます!

こんなにたくさんの方に読んでいただけるとは思っておらず、嬉しさのあまり涙が出そうです!!


(追記の追記)直したと思ったら沸いて出てくるかのような誤字に震えてる筆者です・・・。おかしいな・・・じゃぱにーずなのに・・・。うれしさのあまりにTwitterで叫びまくってますので、お暇があればアホな筆者を鑑賞してください。

沢山の方に読んでいただけて泣きそうどころか泣いてます本当にありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] リリアは勇者エディの真意を城を出るまで知らなかったのですね。敵を騙すにはまず味方からと言いますけど。内容が内容だけに、あらかじめ知らせておくのは難しかったかもしれないのはわかります。 国王…
[一言] 勇者の父、では我慢できなかったか 過ぎたる欲は身を滅ぼすって事だな 立場が立場だけに色々巻き込んだようだけど
[気になる点] 教会へのざまぁがないようですが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ