世界拡張の振り返り
翌日、明里を妻にしたという旨を宣言すると、全員が驚いた。昨日の敵は今日の妻、とまで言われたものだ。こうやって先に宣言してしまえば後々楽なもので、すぐに明里は月面文明の市民として迎えられた。明里にも町並みを紹介しようと思ったが、明里は既に町のデータを入手しており、単なる顔見せや市民への紹介になってしまった。こういう超優秀な所も堪らなく好みなのだが。そして顔見せが終わった頃に、ようやく人格編集を受けた由美を発見した。由美の人格編集を元に戻して理由を説明するためであったが、編集を元に戻すと当然のように求婚してきた。電子生命体まで妻にしてしまった私からしてはもう断る理由も無いので、私は由美を5番目の妻として認めた。しかし執拗に求婚すれば結婚できると思われても困るので、階級を1つ下げて准夫人とした。待遇は妻という事である。権大納言の権みたいなものだろうか。兎に角公事や資金面においては一般人同等の扱いしかしないという条件を付けたのだ。宮殿に住む事さえ許さなかった。流石に酷いかとは思ったが、由美はそれでも良いと言った。その目からは少し涙が零れていた。その涙が嬉しさを表すのか悲しみのものなのかは分からなかったが、本人は気のせいと言って誤魔化した。
この世界への転移から暫く経って、ようやくこの異世界には平和が訪れた。そして統治機構の再整備を行った。月面には現在30を超える都市がある。月の外にも複数の植民星がある。アカデメイアに文明があった時代の統治機構では到底対処しきれず、法文上は現在もアカデメイアの上にかなりの権限が集中している。それらを特例によって対処している状況では流石に無理がある。という事で新たに改変する運びとなったのだ。かつての高山連邦は月都連邦へと再編され、月面文明圏の全てを正式に月面で処理できるようにしたのだ。また名称も「アカデメイアの高山市」と「月面の高山市」が乱立している状況となっていたが、今回正式に高山市が移転した事となった。また旧世界の都市については「旧高山市」というように区別するとも決まった。そして旧世界であるアカデメイアについてもどうのようになっているか調査が行われる事となった。
アカデメイア、旧高山市周辺に着陸すると、そこは森林であった。森林の中には高い建物が見える。恐らくは崖の上にある祭壇であろう。取り敢えず旧高山市内で一番の高所であるその祭壇まで登ってみねば何も分からない。目標地点を祭壇に定め、森林を切り開きながら進んでいった。祭壇までの道は遠く、約1時間要した。やっとの事で祭壇まで登ってみると、殆どの地域が緑化されている事に気付く。それでも旧高山市内はマシな方で、木々を焼き払えば何とか泊まる事が出来る程度であった。旧高山から各地域を観測すると、三壁や月都は完全に緑に覆われ、雪花はその寒冷な気候によって持ちこたえていた。旧高山の南にあった田畑は荒れ野原となり、その他穀倉地帯という穀倉地帯は全て荒れ果てていた。そして雪花では財宝を盗むために石畳が剥がされかけ、西域には最後の居住遺跡があった。救難信号を受け取ったのが丁度アカデメイアのマチュピチュであった。ここから北に行くと三壁由来の社会主義政権が今も残る筈。そうして北上していくと、やがて都市が見えた。西域に築いた都市遺跡である。2重の壁が市街を守っている。しかし壁は幾度か修復された跡こそあるものの、一部は破壊されていた。すると街からは煙が上がっていた。どうやら戦争が起こっているようだ。その場を後にしようとすると、包囲軍が我々へと向かってくる。数は多いが武器はせいぜい鉄剣。威嚇射撃でどうにか対処できるだろう。魔術兵器の複製品で周囲の地面を吹き飛ばす。更に新兵器も試してみたい。詠唱魔術である。/tpでテレポート、/fillでブロック操作などが出来るのは知っていたが、これが詠唱で出来るようになったのはついこの間の事。しかもこれまではブロック名や対象まで打ち込まねばならなかったが、単純なものは身振りや手振りで代用可能らしい。試しに/fill cobble stoneと言って右手の手の平を敵の居る方向にかざしてみる。すると丸石の壁が出来上がった。続いて/give me diamond_swardと言ってみる。するとダイヤ剣がちゃんと手に入る。壁を迂回する包囲軍をダイヤ剣で叩き潰し、包囲を突破する。敵軍がこれ以上追ってくる気配もなく、今度は旧西森市に行ってみる。すると旧西森市の建物は何一つ残っていなかった。残っていたのは僅かな道路の跡ばかりで、瓦礫が散乱していた。工業化を競った工業地帯も今はコンクリートの地面と化していた。旧西森のみがここまで荒れている理由は実はもう1つあった。気候変動の起こり始めの頃、まだ旧三壁市民が元の場所に住んでいた頃に、旧西森は既に一旦打ち捨てられていた。盗賊団がそこに目を付けて住み始め、三壁を度々襲ったが為に三壁市民は討伐部隊を寄越した。しかし外街10区で大敗を喫し、このままでは合わせる顔が無いとして拠点である旧西森を徹底的に破壊したのだという。その結果として旧西森は爆薬で破壊された痕跡しか残っていなかった。そこを過ぎれば三壁で、外街10区に辿り着く。そこには幾度もの戦乱で荒れ果て、その都度修復を試みた痕跡が残っていた。その痕跡が凍り付けられていた。その痕跡は解かされる事なく残されていた。今度は上街区まで進んでみる。するとそこには寒冷地として残された部分と、植物による侵食が進んだ部分の境目があった。一度完全に破壊された上街は、以前は再現されたものの中身は伴わず張りぼての乱立する有様であった。そこに植物がやってきたものだから、やはり道路しか残っていなかった。南端の外街1区に行ってみればもう緑の塊で、壁も含めて真緑になってしまっていた。そして更に東に行ってみると、町の残骸すら無くなってしまっていた。明代の豪華絢爛たる洛陽の福王府でさえも黄河の大洪水には抗えなかったように。東安山脈を越えてみれば、そこは一面熱帯雨林であった。しかし麓には人が住んでいる模様だ。降りて行くと、そこには旧高山と同じように祭壇があった。彼らは旧高山で細々と続いていた帝国安寧のおまじないを儀式に昇華し、宗教化まで行っていたのだ。何と面倒な事か、突然現れた新興宗教のように「作られた宗教」が存在したのだ。しかし壷を買えだの布施を寄越せだの言ってくる訳ではなく、世界論についての話を延々と聞かされた。それによると、この異世界的電子世界は何らかの創造主の目的のために作られ、それが果たされるまでは現状が続くのだという。しかし果たされればこの世界は捨てられ、何もかにもが削除されてしまうという主張であった。つまり彼らは表向き創造主に協力する姿勢を見せつつも、裏向きは削除されぬように邪魔する姿勢を取っているのであった。世界の目的。この世界の開闢目的は一体何なのだろうか。そんな事を考えながら1日が過ぎていった。
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