美子の不機嫌
萌香が来てから、美子がきつく当たってくる気がする。
萌香は割と万能なので、ペテルブルグをモデルにした「湯岐市」改め「雪花市」の埋立地に工業地帯を建設し始めたのだ。
火薬を作りたいといえば硝酸工場を建設し、カメラが欲しいといえばアルコール工場を設計し、何かを移す画面が欲しいといえばブラウン管の量産設備を整えてしまった。
何で出来るんだよ。
美子は負けじと建設事業を始め、大陸縦貫道路や森林伐採に開墾運動などをしたが、やはり萌香には叶わなかった。
このように萌香は非常に有能なのだが、1つ難点があった。
私に悪戯をする癖があるのだ。
何故私だけなのかは分からないが。
この様子を見た美子は、萌香が私を好いていると判断したらしく、
「振っちゃえ振っちゃえ」
とうるさいのである。
多分、萌香に妬いてるのだろう。
ともかく2人目の現実世界での知人。
それも偶然ではなく召喚で呼び出した人。
萌香が何故応じてくれたのかは不明だが、この直後から美子の態度が本当に冷たくなった。
美子には西森や南三壁のことまで任せてしまっていて、仕事が重過ぎるのだろうと思った。
しかし美子に、「高山の仕事だけにしようか?」と言えば、余計に怒った。
萌香はとても仕事ができるので、任せていた雪花市はあっという間に無人地帯から人口1000人の大都市となった。
私が雪花に招かれた時の衝撃は今でも覚えている。
彼女は市街の中央にあるエルミタージュ美術館を模した少し緑がかった宮殿で暮らしていた。
元々あまり住む事を考えてなかった所為で、窮屈そうではあったが。
その日はその1部屋を借りて泊まらせてもらった。
翌日、市街を巡ると、2階建が標準で、所々3階建がみられる町並みだったが、萌香はこれを最大で7階建、最低でも4階建にすると言って、私を帰した。
美子とは一応付き合っているつもりなのだが、そういえばどういう間柄なのだろうか。
確認した事が無い事に気付いた。
高山に戻って少し訊いてみると美子は、
「他の人が居るんだ?お幸せに」
とだけ言って私を宮殿から追い出した。
いや、そこ私の持ち物なんだが。
暮らすところの無くなった私は高山市街を彷徨っていた。
すると萌香がやってきた。
昨日言い忘れた事を言いに来たのだとか。
そして何故夜にもなって街を彷徨っているのかと訊かれ、素直に事のあらましを言うと、また雪花で泊めてくれるらしい。
「暫くこうしても?」
と訊くと、彼女は快諾した。
数日も経つと、借り暮らしも当然に思えてくる。
本国は私が居ないと大騒ぎだろうな。
そう思いながらも、たまには息抜いたっていいだろ、という事でここに留まっていたのだ。
萌香が一緒に外に出ようというので一緒に外出する。
何故か萌香が旅費を用意してるし、2週間くらい休むからと既に言っているらしく、更に私にこの世界を案内しろとうるさいので、案内してあげる事とした。
高山を通ると美子に捕まりそうな勢いなので、辺境の海峡県を通って西森に至る。
宮殿を追い出された時に西森の任務は解いたから、美子にはバレない筈。
「というか何故逃避行になってんの?」
「たまには良いじゃん、こういう『デート』も」
「デートのつもりじゃなかったんだけどな」
こんな感じで歓談しながら、世界を紹介する。
外街7区駅から壁内に入り、自慢の鉄道路線を紹介する。
「そういや鉄道好きだったよね」
と寄り添ってくれるあたり、美子とは違う。
美子だったらきっと、
「で?」
の一言で終わってしまう。
もう美子に延々と囚われるよりも、萌香と付き合った方が良いのかもしれない。
そう思い始めた。
その後は外街12区や小麦道を通って東安へ。
東安の防衛機構を紹介した。
東安は穀倉地帯化してしまっていたが、思い描いていた町並みの美しさは変わらない。
条坊制の計画都市だ。この街を見せたかったのだ。
そして開封市を紹介した。
「湿地の民」の来襲まで、誰にも良さが分かってもらえなかった都市だ。
今では水上交易路の要衝として、高山に並ぶ繁栄を極めている。
すると月都の兵士が何人かいた。手にはWANTEDの文字とともに、私と萌香の顔の記した紙がある。
「これは月都のとこの皇帝陛下じゃないのかね」
「皇后陛下が捜しておられるのだ」
てかいつの間にちゃっかり美子が皇后って事になってるんだよ。
「あっ!お待ち下さい!皇后陛下がお呼びですよ!」
ここで追っ手が来たか、急いで逃れて岩山まで逃れる。
最早今となっては古戦場のようなものだ。
追っ手を撒いて、急いで横穴に隠れる。何だか楽しい。
でも、そろそろ国が崩壊しかねない頃合いだろう。
美子も仕事が出来る方だが、自分と同じパフォーマンスを他人に押し付けるタイプだ。このままだとかなりマズイ。
最悪の場合、美子が殺されかねない。
そう萌香に伝えると、一言。
「やっぱり美子ちゃんなのね」
言い返す言葉が見つからない。
「それでも、私は貴方が好きよ」
一方で美子らは踊らない大捜査線を張っていたらしく、東安の管轄である開封を再訪した際に、捕まってしまった。
高山まで極秘裏に連行され、宮殿まで連れ込まれる。
玉座に座る美子の姿が見える。
「何のつもり?」
と一言。黙り込んでいると、
「そこの他の女とどこ行ってたのよ!」
あっ、妬いてくれてたのか、などとほっとしていると、強烈なビンタが飛んできた。
「ずっと…心配してたんだから」
いつもこう、しおらしく、というか何というか、ともかく可愛くしてくれれば良いのに。
まあ、そういう姿を押し付けるのも傲慢だが。
そして美子は萌香にこう言った。
「第一夫人は私なんだから…」
萌香と私は見つめあい、これで良いのかと当惑した。そうしていると、
「あんたはまず私を見なさい!」
とまた、しばかれる。
平和に終わって良かった―そう思う私であった。
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