15歳の誕生日
セリナを囲む4人─マーガレット、エレノア、ウィリアム、レイモンド─の肩が小刻みに震えているのを見て、訳がわからず困惑した。
「…ねぇ、どうして皆、震えているの?」
セリナの質問に両手で口元を押さえてプルプルしていたマーガレットが“どうにかこうにか”という感じで呼吸を整え、お茶をひと口飲むとニッコリと花のように微笑んだ。
「ごめんなさいね、あまりにもセリナが可愛くて」
言われた言葉に再び戸惑う。
ランチタイムに皆でサロンで食べようと言われ、セリナは初めてサロン棟に来ていた。
学園のサロンは予約制なのだが、伯爵家以上じゃないとその申込すら出来ないので、セリナは今まで訪れた事もなかったのだ。
子爵令嬢であるセリナがここに居るのは伯爵家の令嬢であるエレノアが予約をしていたからだ。
今日、登校してすぐに教室でエレノアに声を掛けられた。
「セリナ! あなた今日、お誕生日なのですって?」
「エレノア様、おはようございます。ええ、そうなんです。」
「おはよう。それで、セリナは今日、15歳になるのね?」
「はい。大人の仲間入りです」
ニッコリと笑って答えるとエレノアはどうして事前に教えてくれないのかと怒り、キッとセリナを睨みつけた。
エレノアの大きな黒曜石の瞳でそうされるとなかなかの迫力なのだが、セリナの目には美しい猫に威嚇されているようにしか見えず、また、誕生日を気に掛けてくれた事を嬉しく思いながら「ごめんなさい」と謝り
(エレノア様は今日も美しくもお可愛らしい)
ほわほわと頬を緩ませていると高らかに言い渡された
「今日のランチはサロンで貴女のお誕生会よ!」
そうしてランチタイムにサロン棟に連れて来られたのだが、さすが上位貴族のみ予約制で利用出来るサロン。
「お祝いなのだから遠慮なさらないで」
そう言われて堪能したランチのコースは豪華で美味しかった。そう、コース料理だったのだ。
「私達5人、午後の講義はお休みの届けを出しているから、ゆっくりなさって」
用意周到なエレノアに艶やかな笑顔でそう言われた。
学園は義務教育ではないので、試験での合格点と必要な単位が取れていれば出席率は関係ない。届けを出しておけば講義を休んでも大丈夫なのだ。
なのでセリナは有難くサロンでのコース料理を堪能した。
(今日は晩餐もお誕生日の特別なものだし、美味しい尽くしだわ)
皆から口々に誕生日のお祝いを言われ「ありがとう」と返しながら心から嬉しく思った。
デザートのお祝いケーキまで美味しくペロリと頂いて
「さてセリナ、今日こそゆっくりとお話を聞かせて貰うわよ」
テーブル席からソファに移動してお茶が運ばれてきたタイミングでエレノアがそう言った。
キラリ、とエレノアの瞳が光った気がした。
なんの事? と首を傾げるセリナを見ながらエレノアがニヤリと笑った。
そして根掘り葉掘り訊かれたのはギルバートとの事。
セリナが“噂されているような間柄ではない”と言ったのは信じるが、先日からのギルバートの─カフェテリアでのやり取りなど─を見て主に女生徒達が噂をヒートアップさせている。
セリナの口から詳しく話を聞きたい、という事だった。
(やっぱり噂、されてるよねぇ…)
セリナは苦笑しながら問われるままに語った。
もちろん、オーラの事は伏せているし、ギルバートの家の話はしないが、語れる範囲で正直に語ったのだ。
語ったのだが、セリナが質問に答える毎に、皆の口元がユラユラと歪み、その口元を押さえ始め、そして何故か全員、顔を赤くしながらプルプルと震えてしまったのだ。
(この場合の可愛い、って…)
マーガレットのように本当の意味で愛らしく可愛いわけではない。自分の容姿が平凡なものであるというのは幼い頃から母や姉に言われ続けているし─いや、平凡というよりむしろ、最近すれ違いざまに見知らぬ令嬢達から嘲るようなクスクス笑いと共に“ちんちくりん”と言われるような容姿であるという事はわかっている。
となると、この“可愛い”は、何かしら今の自分の話が、笑われるような…稚拙さや無知による、幼い者を見るような“可愛さ”だという事なのだろう。
そう考えて気持ちが沈んだように感じた瞬間、ローテーブルの向かいのウィリアムが、笑顔をスッと引っ込めてセリナを見た
「違うよ。君が思っているような意味じゃない。」
その真剣味を帯びた声音に、他の3人も慌てたようにセリナを見て口々に謝る
「いやだ、ごめんなさい! 違うわよ! 私…私達は決して貴女を馬鹿にしたりして笑ったんじゃないわ!」
「そうだよ、いや、確かにちょっとズレてる所があるなとは思ったけど、それはバカにしたのではなくて」
「そうよ、むしろあなたの純粋さに感動しているのよ」
(…ズレてる)
どこがどういう風に? やっぱりマナー知らず、世間知らず、という事なのか。
セリナが困った顔で(これは早急にギルバート様にマナーとしきたりの教師を紹介して貰った方が良いのかも知れない)と考えていると
「僕達はそんな君が可愛くて仕方ないんだ。大好きな君が変わらずに、そのままで居て欲しいと思っているんだよ。」
というウィリアムの言葉が聞こえてきて顔を上げると、彼はその愛嬌のある琥珀色の瞳を優しく細めてニッコリと微笑んだ。
その微笑みはまるで天使。セリナは思わず引き込まれるようにその笑顔に見惚れ─
「ズルいわウィリアム! セリナ、私の方が貴女の事をもっと大好きなのよ!」
猫のような、吊り上がり気味のエレノアの大きな瞳が横からずずいと迫る。
「まあ! 私だってセリナのことが大好きな気持ちは負けませんわ。セリナは私の癒やしの妖精ですもの。」
エレノアとは反対側から、それこそ妖精姫のようなマーガレットが両手を組んで夢見るように言う。
「そういう訳だ。セリナ嬢、私達は君のその面白…んんっ、可愛らしい言動に日々、癒やされているんだよ。」
(…レイモンド様、今『面白い』って言いかけましたね?)
まぁいいや。とセリナは息を吐くと苦笑した。
皆が悪いふうには思っていない事はオーラを見ればわかる。皆のオーラの色にくすんだ所はひとつもなく、健やかに輝いている。
「ま、蒼玉の君がどんな思惑であれ、セリナが18歳になるまでまだ3年もあるしね。」
ウィリアムが天使の微笑みのままニッコリと笑うと
「そうだな、いくら公爵家といえど、それまでは実際に何も出来ない訳だし」
レイモンドが長めの黒髪をサラリとかきあげ、菫色の瞳が妖しく光る
「ふふふ、そう簡単に手に入れられると思ったら大間違いだわ」
勝ち誇ったようにエレノアが嫣然と唇の端を吊り上げ
「学園に居る間は、セリナの癒しは皆のものよ」
マーガレットが優しく微笑んでセリナの頭をヨシヨシと撫でた。
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何か酷い勘違いが起こっているような気もしたが、まあ皆から面白いと思われていて、それが彼らの癒しとなっているのであれば、それはそれで(ま、いっか)と思ったセリナが学園から帰宅すると、プレゼントの山が待っていた。
シスレー伯爵家からは、キラキラ光るビーズバッグが伯母から、繊細なレースが縁にふんだんに使われた柔らかなショールが伯爵から、ジェラルドからは暖かな毛織物のひざ掛けが、それぞれカード付きで贈られ
ギルバートからも大きな花束と公爵家の焼き菓子の詰め合わせ、それに綺麗な小箱に収められた美しい髪留めが贈られていた。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
今朝、目を覚ましてすぐにもメイは言ってくれたが、帰宅して着替えてから、プレゼントの包みをひとつひとつ開けて歓声を上げるセリナにお茶を出しながら再度、笑顔と共に言われ
セリナは幸せそうに頬を上気させて「ありがとう」と返事をした。
お茶を飲みながらギルバートが贈ってくれた髪留めを掌に乗せてうっとりと眺める。
レースのように複雑に透かし彫りされている金を台座にして、ダイヤを花芯にターコイズとサファイアが雫型にカットされたものが花弁になっている2色の花が散っている。
「綺麗ねぇ…」
普段あまり宝石などに興味のないセリナだったが、これはとても気に入った。美しいだけじゃなく、とっても可愛い。
ギルバートの誕生日は春。毎年ミュラー子爵領の絹を使ったアスコットタイを贈っているのだが
(来年はお礼にちょっと奮発しよう)と思った。
母と姉は今夜は夜会に出掛けていて不在だというので、晩餐は父と2人だった。
父はそれを怒っていたが、セリナにとってはその方が有難かった。朝からずっと続いている幸せな気分に、水を差されずに済む事にホッとした。
ミュラー家の使用人達からも、朝から口々に「おめでとうございます」と祝われ、心のこもった誕生日の特別な晩餐を父と楽しく過ごした。
父からは自領の絹を使ったデイドレスを贈られた。
「でもお父様、デビュタントのドレスも作って頂くのに、こんな…」
そう言うセリナに父は笑って
「それはデビュタントの、成人のお祝いだ。これはセリナの15歳の誕生日のお祝いだよ」
「ありがとうお父様…」
15歳の誕生日は特別。そう聞いてはいたが、こんなにして貰うと胸がいっぱいで
いいのかな、と思ってしまう。
デイドレスはパステル調のミントブルーの生地に、艷やかで鮮やかなターコイズブルーの絹糸で花の刺繍が施されて、襟元と袖口に重ねられたクリーム色の繊細なレースが美しいドレスだった。
(ギルバート様から頂いた髪留めが似合いそう)
そう思って「ふふ」と微笑んだセリナの頬はほんのりと色づいていた。
就寝前、セリナの洗い髪を丁寧に乾かしてくれていたメイと鏡越しに目が合うと、にこりと微笑まれ
「お嬢様…成人おめでとうございます」
しみじみと感慨深くメイに言われ、気恥ずかしくなった。
「成人…なのよねぇ。」
呟くセリナにメイが忍び笑いを漏らす
「今日から大人の仲間入りだ、と言われても…すぐに実感は湧きませんよね。」
「そうなのよ。昨日の私とどう違うの? って思うわ。」
「それは追々、実感してきますよ。例えば…デビュタントの時ですとか」
ウキウキと言うメイの言葉でダンスレッスンを思い出し「うぅぅ…」とセリナが呻くとメイが楽しそうに笑った
「私、デビュタントがそんな大層なものだとは思ってなかったのよね。」
「うーん…お嬢様は太平楽でらっしゃいますからねぇ。」
メイに苦笑と共に言われ、ちょっと拗ねる
「私ってそんなにのんき者かしら? ジェルにも『のんびり屋で楽観的』って言われたわ」
「さすがジェラルド様、お解りになってらっしゃる」
「もう!」
二人でクスクスと笑い合う
「お嬢様は今までも大変お可愛らしくていらっしゃいましたけど、これからどんどん、お綺麗になってゆかれますよ。楽しみですこと」
5つ年上のメイはセリナにとって本当の姉より姉らしい存在だ。
(それは身内の“贔屓目”というものよ)
と思ったが、そんなふうに言ってくれるのが嬉しくて、「そんな…」とだけ言って照れ笑いをしていた。
するとメイは「あら!」と指を立てて
「最近、母がしみじみと言ってました。『近頃のお嬢様はどんどんイサベル様の肖像画に似てくる』って。」
「お祖母様の?」
「ええ。私は仕舞いこまれたイサベル様の肖像画を拝見した事は無いのですが、」
祖母の若い頃に仕えてくれていたマリサの母親─メイの祖母─の話では『お若い頃は妖精姫と呼ばれていた』のだそうだ。
髪の色と瞳の色がセリナと同じというセリナの祖母。
伯爵家から嫁いできたという祖母の、仕舞いこまれた肖像画をいつか見てみたいと思った。
美しく、聡明だったと言われる祖母。
『美しく聡明』というと“あのお方”を思い出すセリナは
(これからどんどん大人になって、“あのお方”…エリザベス様のような凛とした女性に、なってゆきたい)
そう、思うのだった。