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大人になる、ということ

「そっか、ギルバート様は相変わらず定期訪問してるんだ…」


 昨日の訪問でギルバートが土産に持ってきた公爵家自慢のアップルパイが絶品だったので、これはきっとジェラルドも喜ぶだろうと、セリナはシスレー伯爵家にやって来た。


 サクサクのパイの中身は甘く煮た薄切りのルビーアップルがたっぷり入った蕩けるカスタード。

 甘酸っぱいリンゴに優しい甘さのカスタードが香ばしいパイ生地と共に口の中で絶妙なハーモニーを奏で、2人は暫しウットリと言葉もなく美味しいお菓子を堪能した。


 幸せな気持ちで熱々の紅茶を飲んでいたセリナだったが、ジェラルドの言葉に含まれる心配げな色合いに首を傾げた。


「うん、そうだけど、どうして?」


 ジェラルドは困ったように「うーん」と言いながら柔らかな栗色の髪をかきあげると


「なんとなく、定期訪問はセリナが学園に入学(はいる)までの事だろうって思ってたからさ。」


 セリナは先日聞いたばかりのギルバートとの噂、というのを思い出した。


「もしかして、ジェルは私とギルバート様の噂を聞いて心配してるの?」


「…うん。」


 ティーカップを静かにソーサーに戻したジェラルドが眉尻を下げて頷くのを見て、ふふふとセリナは微笑んだ。


 ジェラルドのオーラの色は落ち着いたベージュ。

 おっとりと優しいジェラルドは昔からセリナの事を妹のように可愛がってくれる。

 母と姉には嫌われているが、周囲の人々には恵まれているなとセリナはしみじみ思う。


「ありがとうジェル。でも大丈夫よ。」


 セリナが笑って答えても、ジェラルドの表情は曇ったままで、アクアマリンのような優しい水色の瞳は心配の色に揺れている。


「大丈夫って…セリナももう年明けにはデビュタントだろう。妙な噂がついて回れば傷つくのはセリナだし、僕だって─」


 いつもおっとりにこにこ笑っているジェラルドが珍しく勢い込んでそこまで言うと、自分の勢いに自分で慌てたような顔をして、それから困ったように笑って言った


「…僕だって、大切なセリナがそんなふうに言われるのは…嫌だよ。」


 セリナの誕生日は11月。15歳の誕生日を迎えてから最初の公的な舞踏会がデビューとなる。貴族令嬢として、大人の仲間入りをするのだ。


 セリナにもそれはわかっているが、ミュラー子爵家はジョアンナが婿を取って継ぐ事になるだろう。母も姉も、その為にドレスやアクセサリーをふんだんに取り揃え、少しでも()()()()を捕まえようと奮闘している。


 だが母はセリナには全く興味は無い。父も領地経営─ミュラー子爵領は数は少ないが良質な絹織物を特産としていて、実直な父は代々受け継がれてきた絹の生産や品質向上に忙しく、セリナの事を気に掛けてはいるものの、セリナの将来の婚姻については何も言われた事がない。

 もしかしたら父も、卒業後は公爵家で雇って貰えれば…と考えているのかも知れない。スタンレイ公爵家と繋がりを持つ事で家の信用も得られると考えているのではないだろうか。


 ジェラルドの優しい気づかいに再度「ありがとう」と微笑んだセリナは安心させようと胸を張って答えた


「でもね、学園のお友達は理解してくれているし、()()も何も問題視していないから、本当に平気よ。

 私も社交は嫌いという訳ではないけれど、特に興味がある訳でもないし、必要なものだけ参加出来ればそれでいいわ。」


 ジェラルドは仕方がない、というふうに短く息を吐くと穏やかに笑った


「セリナがいいと言うなら僕からは何も言えないけど。

 でも、何か嫌な事があったり、嫌な思いをしたらすぐに言うんだよ。」


「わかったわ。」


 大人しく返事をしたセリナだが、ふと悪戯っぽく笑って


「それに、公爵家の絶品お菓子が食べられなくなったら、ジェルだって悲しいでしょう?」


 そう言うとジェラルドも「確かに」と頷き、2人で笑った。


「…まぁ、セリナと居ると穏やかな気持ちになって安心するから…ギルバート様の気持ちもわからなくはないけど…」


 ジェラルドとは子供の頃からの付き合いだが、そんな事を言われたのは初めてで、セリナは目を丸くして「へえっ?」と変な声が出た


「…そんなにびっくりしなくても。だって、ギルバート様が定期訪問しているのはセリナと話してホッとしたいから、なんだろ?」


「ああ…まぁ、そう言われれば…そうね」


 本当はセリナがギルバートのオーラのお掃除をする事によってギルバートの心身の負担を軽くしているのだが、それはギルバート本人も知らない事だし、ジェラルドの言うように思われていてもおかしくはない。


「全く、セリナはこれだから。無頓着というか、ヌケているというか。」


「悪かったわね」


 呆れたようなジェラルドの言葉にムッとして頬をぷっと膨らませると、楽しそうに笑って指を折りながら更に続ける


「のんびり屋だし、楽観的だし、」

「なっ、の、のんびり屋なのはっ、ジェルもじゃない!」


 目を剥いて憤慨しつつ反論するも


「まん丸ほっぺだし、クリクリおめめだし、」

「…っ、……はぁ?」


 全部反論してやる! と意気込んでいたが意味がわからず狼狽える。するとククッと愉快そうに笑ったジェラルドの水色の瞳は優しく細められ


「ま、セリナのそんな所が可愛いんだけど。」


 などと言うものだから、セリナは今度こそ驚きで言葉を失った。





(ああ、びっくりした。なんというか…社交界で揉まれるとジェルみたいなおっとりした人もいつの間にか口が上手くなる、という事なのかしらね。)


 子供の頃から妹のように可愛がられているし、仲が良い故の揶揄いは今までもよくあったが、セリナに向かって「可愛い」なんて言うのをジェラルドの口から聞いたのも初めてで、大いに戸惑う。


 ガタゴトと馬車に揺られる帰り道、セリナはこれから経験するであろう社交界を思い、美辞麗句が飛び交う大人の世界に、自分もいつかはそれを普通の事として慣れてゆくのだろうかと、ちょっぴり考えた。


「大人になるって…」


 溜め息交じりのセリナの呟きは晩秋の澄んだ空に消えてゆく



✼••┈┈┈┈┈┈┈••✼



 冬の気配が近付いて日が暮れるのもどんどん早くなってきた。

 セリナは暗くなる前に帰ろうと、急ぎ足で図書室へ借りた本を返却しに向かった。


 試験が近くなってきたからか図書室には生徒の姿もまだ多く、返却カウンターへ向かって歩きながら見るともなく室内を眺めたセリナは「おや」と微笑んだ。

 窓際の席に愛らしい花のようなハチミツ色を見つけたのだ。


 愛らしい花─友人であるマーガレットと、その向かいには同じく友人のウィリアムとレイモンドの顔も見える。

 本好きのマーガレットとレイモンドとはよく図書室で遭遇するが、放課後はすぐに家に帰って剣の鍛錬をしているというウィリアムが居るのは珍しい。やはり試験勉強の為だろうか。


 本の返却が終わったら声を掛けよう。そう思って返却の順番待ちをしながら彼等の方を見ていたのだが。


 マーガレットのほのぼのと白いオーラに、急に黒い靄がインクを水に落とした時のようにぶわりと現れ、セリナは驚きに目を瞠った。

 オーラに黒い靄が漂っているのはよく見かけるが、こんなふうに現れる瞬間を見たのは初めてだった。


 その時、

 セリナの近くで固まっていた数人の令嬢達が呪詛のように呟く声を聞いた。


「たかが子爵令嬢のくせに、生意気ですわよね」

「見て、あのわざとらしく媚びた笑顔」

「ミエミエですわよ。見目の良い高位貴族狙いって」

「ホント、浅ましくて嫌らしいですわね」

「どうして殿方って、ああいった方に騙されるのかしらね」

「ちょっと可愛いからって、いい気になってるんだわ」


 醜い言葉を延々と垂れ流す毒気に吐き気を催しながらセリナがおそるおそる其方を見ると、全員が赤黒く揺らめく、濁ったオーラを身に纏わせていた。

 それはセリナのよく知る色。

 母が、姉が、この色を纏っている時はろくな事が起きないという事を、セリナはよく知っていた。


 少し離れた窓際に居たマーガレットだったが毒の気配に気付いたのか、令嬢方の方をチラリと見た

 その顔は青褪め、ペリドットの瞳は不安の為に昏く揺れている


 セリナの心臓がドクンドクンと嫌な音をたてる

 こういう時にどうしたらいいのか、セリナはわからない。いつも、早く嵐が去ってくれるよう願いながら、黙って待っているだけなのだ。

 けれどそれは自分に悪意が向けられている場合の話で、友人にそれが向けられている今、どうすれば──


「貴族としての矜持があるならば─」


 その声は決して大きくはなかったが、辺りに凛と響く気高さにハッとして見ると

 件の令嬢達の後方からスラリとした美しい女性がゆっくりと歩いてくるのが見えた。


「こう在りたいと思う理想を掲げ、常に己を磨き、高めてゆく─」


 清廉な銀の髪を靡かせ、高潔な金の瞳を艶やかに細めて


「そんなふうで在りたいと、思いませんこと?」


 思わず溜め息が漏れるような耀く微笑みに、その場に居た誰もが声もなく見惚れている。

 女神のような微笑みと共に声を掛けられた件の令嬢達も毒気を抜かれて見惚れ、ウットリと彼女を見つめると「はい…」と囁くような返事をした。

 それを聞いた彼女はまたひと際艶やかに微笑むと


「では、ごきげんよう」


 そう言って涼やかに去っていった。

 セリナもまた、呆気に取られたままその後ろ姿を見つめていたが、その耳に周囲の人達の声が聞こえてくる


「最高学年のエリザベス様よ」

「嗚呼…っ! 本当にいつ見てもなんて素敵な方なのかしら!」


 最高学年4年生のエリザベス様、という事は


(あの方がハワード公爵令嬢、同じ4年生である王太子殿下の婚約者の最有力候補と言われる…)


 噂通り、とても美しく気品溢れる方だった。でもそれよりもセリナが驚いたのは…


(あんな美しいオーラを持つ方は初めて見るわ…)


 彼女を取り巻くオーラは普通の人よりも大きく、その色は煌めく銀。だが特徴的なのは…


(オーラの周りが虹色に光っていた…)


 悪意や汚れ、醜いものを浄化するような眩い光。その強さと美しさにセリナは呆然とし、そして強く憧れた。


(あの方のようになれたら…)


 そう思いかけて、いやいやと恥ずかしくなる。

 セリナはセリナ、あの方はあの方。人は自分以外の誰にもなれないのだ。


 とはいえ、憧れるエッセンスは目標として取り入れたい。虹色の女神のようにはなれなくとも、あの凛とした強さと優しさはセリナにとっての『こう在りたいと思う理想』だ。

 それを目標に、自分を磨き、高めてゆきたい…


(すごいなぁ)


 あの方は、あのほんの一時で、たくさんの人を救ったのだ。

身の裡から毒を作り出していたような令嬢方を。それに怯えていたマーガレットの事も、無力感に苛まれそうだったセリナの事も。そしておそらくはあの場に居た人々全員を。


(あの高潔な魂に、少しでも近付けたら…)


 そうだ、大人になるという事は、既存の枠に自分を無理矢理押し込む事ではない。

 なりたい自分に、成っていいのだ。


 これから大人になってゆく自分の目標となる人物に出会えた。セリナはそれがとても嬉しかった。

セリナのお誕生月の修正をしました。

1月ではなく11月です(ミス)


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登場人物が多くなってきて…

自分でもわからなくなりそう(ˆˆ;)

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