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セリナの家族

 セリナにとって初めての試験期間が終わった。


「あー、終わってよかった」


 心からホッとして呟くと、背後でメイが笑った


「よかったですね、お嬢様」


「ええ本当に。だけどねメイ、これが卒業するまで定期的にあると思うと…」


(制限時間内に回答を埋めてゆかなければならない、あの緊張感となんというか追われるような感じが…すごく苦手…)


 胃がキリキリしてくるようなあの感じを思い出して「うぅぅ…」と呻くが、とりあえず今回の試験はもう終わったのだ。今日これからのお楽しみに目を向けよう。


 クスクスと笑いながらセリナの支度を整えてくれているメイとおしゃへりをしていると扉がノックされ、ジェラルドが到着したと告げられた。



 ダンスレッスンがあったり誕生日があったりと、セリナは忙しい中でも試験勉強はやれるだけやった。後は2日間の休みが明けてからの結果発表をドキドキヒヤヒヤしながら待つのみ。


 そんな休みの1日目、セリナはシスレー伯爵家から『誕生祝いの食事会』の招待を受けていた。

 いつも、セリナの誕生日の後に都合を合わせて王都の話題のレストランに連れて行ってくれていたが、今年は誕生日当日にプレゼントを頂いている。


 もうプレゼントは貰っているから、と手紙を書いたが、叔母は「今年は成人のお祝いでもあるのだし、我が家も年に一度の楽しみにしているのだから」と返事があり、有り難く受ける事にした。



 ジェラルドが待っているであろう玄関ホールへ向かうと、そこにはセリナを迎えに来たジェラルドと─姉のジョアンナが居た。


 姉の姿を見て、セリナはビクリと固まった。姉の、ジョアンナのオーラがどす黒い赤に揺らめいていて、この色を見るとどうしても一瞬竦んでしまう


「あら、セリナ」


  ジョアンナはセリナを睨み付けながら声を掛けてきた


「ジェルに聞いたわ。お誕生祝いのディナーに連れて行って貰うんですってね」


「…はい」


 返事をしながらチラリと見ると、困ったような顔で微笑んでいるジェラルドと目が合った


「あなたももう成人したんだから、我儘を言って伯母様達に甘えるのもいい加減にしたらどうなの?」


「わ、たしは…」


 セリナが返答に詰まっているとジェラルドが「ジョアンナ」と姉に声を掛けた


「さっきも言ったけど僕達の方からセリナを誘ったんだ。」


「ジェルは昔から優しいものね。いいのよこんな子庇わなくても」


「庇ってる訳じゃないよ。母が楽しみにしているんだ」


 ジェラルドは穏やかに言葉を続けるが、姉はムッとした顔で言った


「伯母様はいつもセリナばっかり! こんなみすぼらしい子、可愛がったって何の得にもならないのに」


「…セリナはみすぼらしくなんて」

「あら、みすぼらしいわよ! みすぼらしい上にあさましくて図々しいわ!」


 セリナは黙って俯いた。姉のジョアンナが一度文句を言い始めたら、気が済むまで終わらない。反論すれば激高して余計に長引く。嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかないのだ。


「ほうら、そう言われても何も言い返せないじゃない。」


「ジョアンナ、」

「ジェル、この子はね、付け上がらせたらダメなのよ。この子のせいで、私が学園でどんなに恥ずかしい思いをしているか…!」


(恥ずかしい思い? 私のせいで?)


姉の言葉に反応してはいけないと思いつつも、訝しく思ってセリナは小さく首を傾げてしまった

 すかさずジョアンナが吼える


「わからないの? あなたがいつまでも卑しくギルバート様にへばり付いているせいで! 私が恥ずかしい思いをしているのよ!」


 ビクリとセリナの肩が揺れる

 それを見てジョアンナはせせら笑う


「何が秘密の婚約者よ、馬鹿馬鹿しい! なんの取り柄もないみすぼらしいセリナが公爵家に嫁ぐなんてあり得ないのに! 学園でもバカみたいに誤解してる人がたくさん居て、本当に困るわ!」


 噂をされているというのは聞いていたが、そんな話になっているとは知らなかった。

 ジョアンナが憤るのは別として、これではギルバートの迷惑になってしまうとセリナは青くなる。


「ジョアンナ!」


 ジェラルドにいつになく強い口調で呼ばれ、ジョアンナが怪訝そうにしながらジェラルドを見た


「いい加減にしないか。妹に対する態度じゃないぞ」


 途端にカッとするジョアンナ


「…な、なによ! ジェルはセリナの味方なの?! ふざけないで! ふざけないでよ!」

「相変わらずね、ジョアンナ」


 いつの間に玄関ホールに現れたのか、伯母が立っていた。執事が斜め後ろで申し訳なさそうに頭を垂れている


「アメリア伯母様…」


「セリナ、お誕生日おめでとう」


「あ、ありがとうござ」

「伯母様! 相変わらずってどういう意味ですの?」


 セリナの言葉を遮るようにジョアンナが叫ぶ


「時間が無いのよジョアンナ、お店を予約しているの。癇癪起こして邪魔をしないでちょうだい」


「な、なんですって?!」


「行くわよセリナ」


「あ…は、はい」


 姉がまだ何か喚いていたが、これ以上お待たせする訳にはいかない。

 セリナは叔母に付いて邸を後にした。




「全く…ジョアンナにも困ったものね。あれでは婚約者探しもひと苦労でしょう。ベルローズは一体どんな教育をしているのやら…と言いたい所だけど、あの子も似たような感じだったから、仕方ないのかしらね…」


「伯母様…すみません…」


 シスレー伯爵家の2台の馬車に、男性と女性に別れて乗り込んだ。

 今は馬車の中で伯母と二人だ。


「あら嫌だ。セリナが謝る事ではないじゃない。むしろあなたはあの妹の元でよくちゃんと育ってくれてると感心してるのよ?」


 セリナは身が縮む思いだった。

 昔から知られているとはいえ、あんな場面を家族以外に見られるのは苦しい。


「でも、あんなに騒いでいたのにベルローズが出てこないのも珍しいと思ったんだけど、出掛けてるの?」


「あ、はい。母は…ええと、婦人会…に」


「なるほどね」


 伯母は「ふぅ」と息を吐くとクスリと笑った


「大方、私に会いたくなかったんでしょうね」


 その通りだった。母は自分の言い分が通らない姉を毛嫌いしており、今日も伯母達が迎えに来ると聞いて「顔も見たくないわ!」と早々に出掛けてしまったのだ。

 セリナは恥ずかしくて俯いた


 伯母はそんなセリナをじっと見つめると真剣な顔で言った


「ねぇセリナ、前々から何度も言ってるけど、うちの子にならない?」


「伯母様…」


 セリナはへにゃりと笑った


「なあんてね。妹はともかく、マティウス様は貴女を大切に思っているからねぇ。無理は言えないわ」


 仕事で忙しくしている為にあまり会えないが、父が自分を大切に思ってくれているのはわかっている。

 でもそれを自分以外の第三者の口から聞くのはやっぱり嬉しくてセリナは今度こそにっこりと微笑んだ。



✼••┈┈┈┈┈┈┈••✼



 王都の貴族街にあるレストランでのディナーはとても美味しく、そして楽しかった。

 貿易をしているシスレー伯爵は話題が豊富で、いつも珍しい話をたくさんしてくれる。

 伯母によると伯爵の若い頃はおっとりしたのんき者だったそうだが、学園を卒業して父親の仕事の補佐をし始めてから随分変わった、のだそうだ。


(ジェルもおっとりした性格だし、きっとおじ様に似たのね)


 楽しい話にクスクスと笑いながら、ジェラルドを見る


(という事は、ジェルも卒業しておじ様とお仕事を始めたら、そうなるのかしら?)


 みんなどんどん大人になってゆく

 それが楽しみなような、寂しいような、不思議な気持ちになった。




「セリナ、まだ時間も早いし、少し街を歩かないか?」


 食事が終わり、店の馬車留めへ向かおうという時にジェラルドがそう言った


「え?」


「ああ、いいわね。セリナ、試験も終わったんだし、気晴らしも大事よ」


「でも…」


「テネス川の川沿いの、蛍石のイルミネーションが綺麗なんだよ」


「えっ、見たい!」


(ウィリアムとマーガレットが学園で話してたやつだ)


 蛍石は魔石の一種で、僅かに含む魔力がほんのりと光を放つ。含有している魔力の種類によって様々な色合いになる。

 その蛍石を使ったイルミネーションがテネス川沿いに年明けまでかかっていると聞いて、見てみたいと思っていたのだ。


「ふふふ。じゃあ二人で行ってらっしゃい」



 ジェラルドと馬車に乗り、テネス川の近くの馬車留めまで行き、そこからは歩いてイルミネーションの場所へ向かう。

 近付いてくるとどんどん人が多くなってゆく


「お祭りみたい」


 セリナがワクワクと呟くと、ジェラルドが「セリナ」と呼びながら手を差し出した


「え?」


「この混みようだとセリナが迷子になりそうだから」


 ジェラルドが揶揄うように言うが伯爵家の護衛も付いているのだ。「ならないわよ!」と言いながらも不安になったセリナは素直にその手を取る


 たくさんの人が楽しげに歩いている。はしゃぐ子供達の姿を見てジェラルドが懐かしそうな顔で言った


「セリナ覚えてる? 小さい頃に建国祭の夜店に行って二人で迷子になった時の事」


 言われてセリナも思い出した

 ジェラルドと手を繋いでお祭りの夜のキラキラ光る夜店をあれこれ見ていて、気が付いたら大人達とはぐれていた。


「ああ! 覚えてるわ。伯母様達とはぐれてしまって、ちょっと冒険みたいだったわよね」


 ジェラルドはそれを聞いて楽しげに笑った


「全く、セリナは気が強いわけでもないのに、そういう時でものんびり落ち着いてるよね。普通の女の子だったら心細くて泣き出してるよ」


 あの時、急に怖くなって「どうしよう」と青褪めるジェラルドにセリナはニコッと笑って「ジェル、たんけんごっこ、しよう!」と言ってジェラルドの手を引っ張り、勇ましく歩き出したのだ。


「あら、だって」


(失礼しちゃうわね!)


 そう思いながらセリナは言った


「それはジェルが一緒だったからよ。一人だったら泣いちゃってたと思うけど、ジェルが居たから何にも怖くなかったわ」


 ジェラルドのベージュのオーラはいつだって温かく、その暖かさにセリナはいつも心を護られてきた。

 優しくて穏やかで、兄のようなこの従兄弟が傍に居れば、怖いことなど無い。


 セリナがにこにこと言うとジェラルドがふいに立ち止まった


「ジェル? どうしたの?」


 黙ってセリナを見ているジェラルドにセリナは首を傾げた


(私、何か変なこと言ったかしら?)


「ジェル?」


「………もし…その時一緒に居たのが…ギルバート様だったら…」


 その時、二人の横を子供達がきゃあきゃあとはしゃぎながら通り抜けた


「えっ? ごめんなさい聞こえなかったわ、なあに?」


「……いや、何でもないよ」


 ジェラルドが笑って言ったが少し様子が変だった事が気になった


「でも、」

「あの時、母にすごく怒られてさ。帰ってから父にもゲンコツ食らった」


「…なんだ、そんなこと思い出してたの?」


 セリナは安心してクスクス笑った


「あの時の伯母様はすごい迫力だったわよね」


 伯母は見つかった二人を伯爵婦人とは思えない勢いで叱りつけると、ギュッと強く抱きしめてくれたのだ。

 笑いながらそれを思い出して胸が温かくなった。

 母からは一度も、そんなふうにされたことがない。


「あの時…伯母様に怒られて、嬉しかったの」


 それから「ナイショよ?」と人差し指を口に当て


「これを言うと伯母様に、じゃあ手続きを! って言われちゃうから内緒だけど

 時々ね、伯母様やジェルが家族だったら…って思う事があるわ」


 ジェラルドが息を呑んだ


「…養女でなくとも」

「あっ、見えてきたわ! っあ、ごめんなさい、何?」


「いや…」


 セリナは笑った


「なあにジェル? さっきから変よ?」


 こうしてジェルと手を繋いでお祭りみたいな街を歩いていると、まるで昔に、子供の頃に戻ったような気がして─自分も含めて皆が大人になっていってしまう事に、心が置いていかれるような寂しさを感じていたので─嬉しかった。


「ジェル早く!」


 セリナはいつかの子供の頃のように、ジェラルドをグイグイと引っ張るようにして川沿いのイルミネーションに近付く。

 ほわりと光る蛍石のイルミネーションが川面にも映り、とても幻想的だ。

 人の流れに乗って、歓声を上げながら、イルミネーションの川沿いの道を二人でゆっくり歩いた。



ここに出てくる蛍石は

フローライトではありません。

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