3.無謀
冒険者ギルド。
国や民間から出た依頼を受諾し、冒険者たちに仕事を斡旋する仲介業者。
基本的に王国の冒険者たちが請け負う仕事はギルドを介しており、冒険者を名乗る以上はギルドへの加入が必須となる。
冒険者という強力な存在を束ねるその組織はいつしか国力の一つに数えられるほどの強大なものへ発展した。
最近では国内の治安維持なども請け負うことがあるほどだ。
そんな冒険者ギルドの本部は今日も大勢の冒険者でにぎわっていた。
ギルド本部の施設内には酒場を併設しているということもあり、仕事を探す者に同業者と情報交換をする者、任務達成の祝杯を上げる者達など過ごし方は様々。
騒がしいというよりかは活気があるといった方が正しいのだろう。
その光景も冒険者ギルドの名物の一つだ。
だが突然、その喧騒をも突き破るほどの勢いでギルドの扉が開かれた。
「た、大変だあああ!!!」
大きな音を立てた開いた扉に、中にいた冒険者達の視線が集中する。
息を荒げて入ってきたのは、一人の男。
「ど、どうしました?」
近くにいたギルド職員が、荒い呼吸で血相を変えた男に近づいて声をかけた。
「や、奴が……血の殺人熊が生きてやがった!!」
「!!?」
男のその発言に、驚愕する冒険者達。
楽しげな雰囲気だったギルド内に緊張とざわめきが走った。
「血の殺人熊……!?」
「生きていたのか……!!」
「……嘘だろ、またあの悪夢が蘇るのかよ」
冒険者達の脳裏にあの惨劇が思い起こされる。
100名を超える被害者に、討伐隊の上級冒険者をも屠った最凶最悪のレッドベア。
果たしてこの場にいる冒険者の内一体何人が奴と戦うことが出来るのか。
それほどまでに血の殺人熊という怪物は、猛者の血を浴びてきたのだ。
「それで奴は今どこにいる」
ざわめきが治まらない室内を、凛と通った声が貫いた。
「ゼノアさん……!!」
ギルド職員の女が目を丸くさせる。
今度はその声の主に冒険者達の注目が集まった。
右横が刈り上げられた黒髪に左目を覆う眼帯。
男と比べても高い部類に入るその身長と長い脚。
その腰の左右には二本の湾曲した片手剣が下げられている。
第一級冒険者、ゼノア・イーゼ。
彼女は数年前の血の殺人熊討伐作戦時、奴に致命傷を与えた冒険者その人だった。
飛び込んできた男に、ゼノアは近づいて詳しい話を聞こうとした。
「被害が広がる前に私達が討伐に向かう。詳しい状況を教えてくれ」
ゼノアの背後にはいつの間にか十名近い男女が武器を持って集結していた。
ゼノアがリーダーを務める冒険者パーティー、『銀狼』のメンバー達だ。
「ゼノアさんが行くなら……」
「おい、銀狼が揃ってるぜ……」
「かっけえ……!」
他の冒険者達の視線を浴びながらゼノアは膝をついて男の顔を覗き込む。
しかし、男が息を整えて出した答えは意外なものだった。
「い、いや、それが……!!」
〇
ーーダーヴィーの森ーー
深く被ったフードのせいで顔はよく認識できないが、カイは声と体格で目の前の人物が女性ということを認識した。
その姿はカイの記憶には存在しない。
そもそも今のカイには目の前の人物が誰なのかは等はどうでもよかった。
「誰だか知らないですけど、まだセレナさんが!!」
「あんたが助けに行って勝てる相手じゃないことぐらい分かるでしょ?」
ローブの女性は冷静な声色で俺の動きを制止した。
「でも……!」
「いい? 貴方は一刻も早くここから逃げ出してこれ以上被害が出る前にギルドにこのことを伝えるの。それが今の貴方に出来る最善の行動よ」
彼女の言っていることは至極当然だった。
中級冒険者のゴーンを一瞬で殺した相手に、基本能力全てGランクのカイが敵うはずもない。
一人でも多く生き残る事を考えれば、カイはセレナ達を見捨ててはここから逃げるのが一番だ。
「僕は……」
「?」
「……僕は彼女のことを任されたんです。それに命の恩人を全員見捨ててまで生きたいとは思わない!」
カイはそう言って木の陰から飛び出した。
幸いまだ、レッドベアはセレナの下へ到達していない。
「はぁ……」
ローブの女性が持っていた杖でカイを制止する。
「何もなしに突っ込んじゃただの犬死になるってことが分からない?」
「じゃあ、僕があいつの気を引きます……!! お願いします。その間にどうか彼女を連れて逃げてください!」
カイはそうローブの女に頼むと、前に伸ばされた杖を無理やり押しのけて前へ出た。
「ちょっと、待ちなさい!」
呆れたようにローブの女はカイの肩を掴んだ。
この森にいるということは彼女も冒険者か何かなのだろう。十中八九、基本能力が存在する。
そうなればカイの動きを力づくで止めることなど何の造作もないだろう。
しかし、女は何故かつかんだカイの肩を一瞬で離した。
「やば、触っちゃった……!!」
カイから離れるように身体をのけぞらせる女。
「?」
何が「やばい」のか理解はできなかったが、拘束から放たれたカイは腰の鞘から剣を抜きレッドベアに向かって走り出した。
勿論勝算などあるわけがない。
しかし、ほんの数秒でも時間を稼ぐことが出来れば。
サレナの事はローブの女に賭け、カイはレッドベア。もとい最悪の怪物、血の殺人熊に向かって剣を振りかざした。
「うあああああああ!!!!」
逃げまどっていた弱者の思わぬ攻撃。
しかし、そんなものは避けるに値しない。
「馬鹿っ……!!」
ローブの女が叫ぶがもう意味はない。
レッドベアは背後から迫ってきたカイの方を振り向き、その巨大な腕を大きく振り上げ、そして振り下ろした。
ザシュッ。
紅蓮に染まった液体が身体から噴出し、付近を血の海へと変える。
たった一撃で彼の命は潰えたのだった。
〇
死臭が辺りにに漂い、それに引き寄せられた小虫たちが宙を飛び交っている。
「おいおい、これは酷いな……」
冒険者の男が気分の悪そうな表情で、口元を抑えながら惨劇を目の当たりにしていた。
へし折られた木々に、辺り一面に広がる血液と肉片。
一緒に来ていた冒険者の数名はあまりの凄惨さに嘔吐したほどだ。
「リーダー!」
リーダーと呼ばれた男の下に、一人の青年が駆け寄ってくる。
装備を見るに彼も冒険者の一人なのだろう。
「四級冒険者、ゴーン氏の死体で間違いありません」
「そうか、わかった。家族のために出来るだけパーツは集めてやれ」
「はい」
青年が返事をして立ち去るとまた別の男が彼の下へ駆け寄ってきた。
「リーダー。こちらの確認もお願いします」
「はいよ」
そう言ってリーダーの男はダーヴィーの森の出口。街道方面へ足を進める。
低級魔物達が多く生息する筈のこの森も何故かこの時は静けさを醸し出していた。
「こちらです」
「これは…………」
目的地へ到着した男はその光景に言葉を失う。
彼の人生三十年以上でこんな光景を目にすることはまずなかった。
「……一体何が起きたらこんなことになるんだ?」
男の口が開いたまま塞がらない。
男の目の前には血で塗れた地面と、倒木が広がっていた。
倒木のその数は十を遥かに超えている。
そして、その倒木のほとんどが綺麗な断面で『伐採』されていたのだ。
木が生い茂っていた筈のその場所は、視界が開け遮るものが消えた日光が眩しく照らしていた。
「矢も通さず、刃をはじく身体を一刀両断か……」
男の眼下に転がるのは、下半身と綺麗に寸断された上半身。
「これじゃあどっちが怪物か、分かったもんじゃねえな」
男は伐採された木々の前に捨てられた、血の殺人熊の死骸をまじまじと見つめてそう呟いた。




