嗚呼、神様……。
相変わらず作者の性癖です。
私の日常は、控えめに言って地獄だ。
今日も1日が始まる。
そのあまりの憂鬱さに、二度寝の誘惑の余韻を楽しむ暇もなく、私は堅いベッドの上で目を覚ます。
「……おはよう」
誰もいない無機質な室内で1人そう呟き、手早く身支度を整えて学校に向かう準備をする。
「……学校、か」
行きたくないぁと呟きかけて、なんとかその言葉だけは飲み込む。
“普通の女子高生”ならば、学校くらいしっかり行っていないと。
そんなタテマエを内心嫌々反復しながら、再支給されたばかりの真新しい制服に袖を通し、荷物をまとめて家を出る。
まあ、今日も頑張るとしよう。
「……みんなのために、頑張ろう」
ぼそりと呟いた言葉に、すれ違った人が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたのは、きっと気のせいだと信じたい人生だった。
*
学校に着いた私がまずすることと言えば、自分の席に荷物を置き、そして即座に机に突っ伏して寝たふりをすることだった。
別に本当に眠いわけではないので、本当はこんなことしたくないのだが、しかし、人に話しかけないでというオーラを出すにはこれが最も効果的だ。
他にも、例えばイヤホンをして音楽を聴くとか、本を読むとか、色々と他者を遠ざける方法はあるが、しかし、人の顔を見ないで済むこの方法が私は気に入っている。
……まあ私の場合、“話しかけないでくれ”という意思表示より、“話しかけなくて大丈夫です”というみんなへの気遣いの意味の方が大きいのだが。
私だって、本当はみんなと──。
…………。
いや、これでみんなが私のことをできるだけ気にしないで、普通の高校生活を送ることができるのならば、私はそれで構わない。
自分にそう言い聞かせ、普通過ぎる朝の教室の雰囲気を音だけで味わいながら、私はそっと目を閉じた。
*
こんな日常になったのは、約1年前のとある事故がキッカケだった。
その日までは私も、今教室で私などに目もくれずに青春トークに花を咲かせているクラスメイト達と同じ、どこにでもいる平凡な女子高生だった。
人並みに遊び、人並みに勉強し、人並みに恋をして、そして人並みに青春を謳歌していた。
まあ、それがその時の私の望んでいた完璧な青春の形かと言われたら、そんなこともなかっただろうが、しかし、それでも私はそんな“日常”をそれなりに楽しんでいたのだ。
誰だって、きっとそうだ。
他愛のない毎日が続くと、段々とそんな平和な日常に慣れ、口癖のように「何か刺激が欲しい」と呟くようになる。
だが、その“日常”が実際に崩れてしまうと、そこではたと気付く。
自分が本当に欲しかったのは刺激などではなく、そんなありふれた日常だったのだと──。
そして、その気付きはいつでも圧倒的に手遅れなのだ。
「……私、だって」
担任の先生が朝のSHRを進めるのを、机に突っ伏したまま聞き流しつつ、私は静かに歯を食いしばる。
あの日、学校終わりに私は、いつものように友達と数人で帰路についていた。
別に、何をするつもりでも、何か予定があったわけでもない、ただの平日。
だが、交差点でのほんの不注意のせいで、私はその日、通行中の大型トラックに肩を当てられ、勢いよく吹き飛ばされることになった。
今まで経験したことのないような衝撃を全身に感じ、宙を舞って、そして道路に叩きつけられた私は、全身で痛みを通り越して痺れを感じ、ああ、やっちゃったな、なんて、呑気にそんなことを考えていた。
なんとか首だけは動いたので、私はそっと辺りの様子を伺った。
そこには、目の前の光景に理解が追い付いていない様子の友達と、そしてトラックの運転手、それに吹き飛ばされた私の左腕がどす黒い血を辺り一面にまき散らして──いなかった。
「……え?」
そこには、人間が1人轢かれた、というよりは、まるで車同士が接触事故を起こしたかのような、辺り一面にネジやねじ曲がった金属片などが散乱していたのだ。
これは、一体。
あまりに予想と乖離した目の前の光景に唖然としつつ、ふと、私は吹き飛ばされたはずの左肩に目を向ける。
「……ッ!?」
そこには、とても人間の傷口と呼ぶにはふさわしくない、あまりに機械的な傷口が開いていた。
例えるならそう、まるで割れた基盤のような、そんな断面が私の千切れた左肩からは顔を覗かせていた。
「……うそ、でしょ……?」
見ると、友人たちも私のことを、まるでバケモノを見るかのような目で見つめていた。
トラックにはねられ、それなのに無事で、しかも身体の中は機械──それは、確かに“バケモノ”そのものだった。
「…………」
その後のことは、正直よく覚えていない。
何か様々な施設で検査を受け、どこへ行っても気味悪がられ、親に泣かれ、友達に見捨てられ──そして、どこをどう辿ったのか、私が最終的にたどり着いたのは、有体に言えば世界を壊そうと企む悪者と戦うという“ヒーロー”の立場だった。
彼らが一体なんなのかだとか、彼らの目的だとか、そんなことを色々と説明されたが、しかし、そんなことは私にとってはどうでもいいことだった。
私は、ただの女子高生だ。
この身体が並の人間より強靭で、世界を守るために戦うのに都合がいとか、そんなことは向こうの都合でしかない。
それでも、例えどれだけ私を使おうとする大人を嫌悪しても、バケモノにあってしまった私には他に選択肢がなかった。
彼らと戦い、ボロボロになって世界を救う。
それが、私に課せられた使命だった。
望んでなんていなかった。
それでも、私は私なりにその新しい使命に一生懸命に取り組んだ。
これで世界が守られるなら。
心の底からそう信じ、来る日も来る日も、時には死にかけてまで戦い続けた。
しかし、そんな私の奮闘と反比例するように、クラスメイト達は私を避けるようになっていった。
世界を守るヒーロー、と言えば聞こえはいいが、所詮は私なんてただのバケモノ。
そんな得体の知れない存在が身近にいたら、クラスメイト達にとって私がヒーローだなんてことはどうでもよくなってしまうだろう。
ただ、私のことを異質扱いし、避けるようになる。
それは、私が彼らの側でもきっとそうしただろうというくらい自然で、そして残酷な展開だった。
「……もう、辞めたい」
世界を守るだなんて浮かれた考えは徐々に薄れ、いつしか私はそう呟くことが増えていた。
それでも、私が生きていくためには戦い続けるしかない。
戦う度に破れ、常に真新しい制服──。
掃除の時間になっても、1つだけ誰も手を付けない机──。
まるでクラス名簿に載っていないかのように振る舞う担任──。
そんな、生きているのか死んでいるのかわからないような地獄にも、私はいつしか慣れていってしまっていた。
それでも、私は戦う度に強く願う。
神様、私の日常を返してください、と。
「……ッ!」
今日も今日とて、私は彼らに身体の一部を吹き飛ばされ、それでも血も涙も流せず、ただ1人で彼らと戦い続ける。
私の戦いで、世界を救う。人々を守る。
そんな高尚な考えはすでに頭になく、ただ、あの頃の日常に恋い焦がれ、自身の身体を呪い続ける。
嗚呼、神様。どうして私だけ。
どれだけ呪っても祈っても、私の運命は変わらない。
そんなことを思っている間に、また1本、盛大に足を切り裂かれ、千切れた足が綺麗な放物線を描いて宙を舞う。
嗚呼、神様。いっそのこと、殺してください。
ざくっと鈍い音がして、視界が一気に回転したところで、私は考えるのを辞めた。
メカバレ、いいですよね。バレちゃったときの、いや、気づいちゃったときの絶望の表情含め最高です。
もし少しでもいいなorいかれてるなと思ったら評価感想、「良き」の一言でもいいのでいただけるとどんどん性癖を量産していきますので、よろしくお願いします。
では、またどこかで。