元剣聖はメンタルブレイクする。
短いけど、勘弁して………
明日からは、もっと計画的に頑張る。
「け、剣、剣を片しに行こう。そそそそそう言えば置いたままだった気がする……」
ロンはいまだ現状を理解できなかった。
昨夜、まさか自分が襲われた末に余裕ぶっこいて倒れ、情けかどうかわからないが命だけはまだある状態で、長年鍛え上げた肉体が細っこいちょんっっとつつけば折れるような少女に、しかも美少女にされてしまったのだ。
いくつもの修羅場を乗り越えたロンであれど、このトラブルの起こり方は怒涛も怒涛、まるで一番やんちゃして怒涛だった20代前半のトラブルを全て一夜に凝縮した位怒涛だ。
処理しきれない脳みそは仕方なく「現実逃避」という逃げの策を講じ、
「ああーそういえば剣置いたまんまだったな―抜身のままじゃ危ないもんなーこれでさえ一回り二回り、いや五回り六回りぐらい小さくなっちゃたのに、足切ってもっと身長低くなるところだった―危ない危ない!」
という、意味の分からない謎ジョークを頭の中で発してしまうほど、彼の頭はこんがらがっていた。
今の彼の脳内を例えるとしたら、まさにイヤホンのコード。綺麗にまとめたはずなのに、いざ使うときに広げてみるといろんなところが絡みに絡みまくってコードを引きちぎりたい欲にかられるあれと同レベルの絡まり方だ。
しかし、ロンの不幸はこれだけでは終わらなかった。
視点の低くなった状態と体形の違いから生じる圧倒的違和感に悩まされて足をつっかえて小指をドアの角にぶつけて、「こんなところに……?」というところに蜘蛛の巣を見つけながらもようやくついた昨日黒いナニカと争った場所。
そこにはやはり己の愛剣が無造作に投げ捨てられていた。
剣を持ったまま倒れるのは危険だ、と考えてほどほどの力で投げたのが功を奏したか、家具や床などにはほとんど傷はなかった。
「よかった……」
ふと漏れ出た自分の声があまりに高いことに驚きを覚える。女性的ではないものの、中性的な声音。げんなりとしながらも剣を持ち上げようと柄を細い指で包み込み、腕に思い切り力を入れる。
「……あ?」
重い。剣が、重いのだ。
そりゃあもちろん剣なんてのは金属の塊である。重いに決まってる。しかし、筋骨隆々ムキムキマッチョだった以前までの体で剣を重い、と感じたことはほとんどなかった。
なかった、といっても「こいつは重い方の剣だな」ということはあったし、まさにただの鉄塊の様な大剣を勢いよく振り回し、「おっも!」なんて仲間内で馬鹿な話をしたことはある。
しかしこれは違う。重い方、とか、特筆して重い、とかではない。
まず、剣がぜっんぜん持ち上がらないのだ。かろうじて膝まで。それ以上は全身の筋力不足のせいで全くプルプルと体が震えるだけであった。
片手剣を両手で持つなんてのは何年ぶりだろうか、なんて現実逃避の現実逃避が頭の中を全力で制圧していた。
「っ、はぁ、はぁ……うっそだろ」
こんな頭おかしいほど怒涛のトラブル続きの中で、何年来かわからないほど共に戦場を渡り歩いてきた相棒までもそっぽ向くというのだろうか。
確かに何度も浮気をしてきたかもしれない。特殊な剣を見つけたらすぐに使い始めるのは確かに、最低かもしれない。しかし、しかし、だ。
「このタイミングでこんなことって、ねぇだろぉぉぉ……」
幾万の兵に囲まれても崩れることがない、と言われたその何年も鍛え上げたメンタルは、両の膝とともに全力で崩れ落ちた。
「どうしろってんだよぉ……」
ナニカに襲われて一日、ロンはもう一度日が昇るまでずっと剣の柄を握りながら地面に倒れ伏していた……。
2020/05/26 20:23 誤字修正