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お題『ボールペン』

作者: アクーラ

 駅の失せ物市。たまたま寄ったその市で、見かけたのは可もなく不可もない普通のボールペン。天啓と言うべきか、それとも単なる予感か偶然か。目を引かれたそれを端金で買い、自分でも買った理由を思い付かずに、しかしそれでも手は動き、ノートにつらつらと線を描く。


 線は繋がり一つの形へ。特に何をモデルにしたわけでもない、無意味なオリジナルのキャラクター。名をアノマリー。人のノートに現れては、持ち主に消される、俺を代表すると言っても過言ではない、嫌がらせが込められた落書きだ。


 今日、この日までは。


「よう」

「うわぁ!?」


 ひっくり返った。文字通りに椅子ごと転がった俺は、慌ててノートを振り返る。


「なぁ、あんた、俺だよ」

「お前……アノマリーか?」

「そうだ、そうだよ!アノマリーだ!あんたが生み出したアノマリーさ!」


 アノマリーは二本の足で立ち、手を腰に当てて自分を誇示する。酷く小さいが、確かにそこにいる。思い描いた通りの手足を持ったアノマリーは、意気揚々と体を動かす。


「アノマリー……何で動いてるんだ?」

「何でって、そのペンで書いたからさ」

「まさか、このペンって書いた絵が具現化するペンなのか!?」

「概ねその通りさ!唯一つ、注意してほしい事がある」


「そのペンのインクを使いきれば、お前は死ぬ」


「は?」

「お前の前の持ち主は、使いすぎて死んだのさ。そのペンのインクは前の持ち主の血だよ」


 怖くなって、ペンを放り投げる。アノマリーはそれを見ると、やれやれといった顔で肩を竦めて拾いに行った。


「ま、使うも使わないもご自由に。もう一つ言っておくけど、そのペンで書いた時の気持ちがその絵の強さに直結する。だから、俺はそこらの虫にも負けそうな位の、雑魚絵だな」


 アノマリーはボールペンの芯を納めながら、それをこちらへ向けた。受けとる気にもなれなかったので、放置すると苦笑いしながらボールペンを担いだ。


「いいさいいさ。君に拒否権はなくなるんだ、今の内に拒否しておけよ。このペンを手に取った自分を恨みな」


 嫌に引っ掛かる言葉を残して、アノマリーとの生活が始まった。学校までついてくる事こそ無かったが、ボールペンは何時もポケットに突っ込まれていた。放り出しても、投げ捨ててもいつの間にかポケットに帰ってきている。


 急に始まったファンタジーな生活は、唐突に殺伐としたモノへ変わった。


「なんだよアレ!なんだよ!」

「■■■■■■■!■■■■■!」


 ドロドロとした体を持つ不定形の何か。おぞましい咆哮を放ちながら、俺を追い掛けてくる。学校の帰り道、暮れ泥む夕日の中を自転車で帰る最中、突然襲撃してきた。


 全速力で逃げる自転車に、いとも容易く追い付こうとするそれは、全く生物には見えない。加速する思考の中で、アノマリーの言葉を思い出す。


『拒否権はなくなるがね』『書いた時の気持ちが強さに直結する』『そのペンのインクは前の持ち主の血だよ』『このペンを手に取った自分を恨みな』


 そう言うことか、拒否権は無いんだ、あのペンを使うしかないんだ!


「クソが、自転車の上で書けるかよ!」


 急ブレーキ気味に止まり、追い掛けてくるドロドロに自転車を蹴り倒す。路地裏に入って走りながら鞄を漁る。ルーズリーフを引っ張り出して胸ポケットから件のボールペンを取り出す。アレに勝てるくらい強いアノマリーを、俺を守ってくれるアノマリーを。


「■■■■■■?■■■■■■■!!」


 自転車を貫通するように歩を進めるそいつに向き直る。書ききったルーズリーフを破き、ソイツの前に投げ捨てる。


「ハハッ、てめぇなんざ怖くねぇ!来い、俺の……アノマリー!」

「分かってくれた様で何よりだよ。少年」


 デカイ。180cmはあろうアノマリーが、ルーズリーフから這い出てくる。乱雑に書かれた顔はバランスが多少悪いが、それでも不適な笑みを浮かべている。


 対するアレは、不定形の体の一部を触手の様にして伸ばす。


「ハッ、甘いね」

「■■■■■■■■!!」


 アノマリーがそれを体を反らして避けた上に手刀で叩き切る。俺の足元に落ちた触手の欠片は蜥蜴の尻尾の様にビチビチと跳ねた。キショい。


「悪いが、君に勝つ見込みはない」

「■■■■!?」


 一撃。ドロドロの体に効果は無い様に見えるが、それでもアレは後ずさった。


「何せ、今の僕はね」

「■■■■……!■■■■■!」


 顔の様な部分に容赦の無い右ストレート、左アッパー、手を組んでの振り下ろしが決まる。ドロドロが更に不定形になっていき、更に吼える。だが、それでもアノマリーは笑みを浮かべてこう言った。


「彼の書いたアノマリーだからさ」

「■■■■■■■■■■!!!!!」


 上から捩じ伏せるように振り下ろされた右腕に、アレは断末魔の叫びを上げながら蒸発する様に消えていった。触手の欠片も消え去り、アノマリーはこちらを振り返った。


「無事かい、少年」

「アノマリー、今のは……」

「君と同じ類のペンを持った者がいる。今のは、他の所有者を殺すために作られた斥候の様なモノさ」

「そんな、誰が!?」

「さぁね。だけど、インクの怪物はインクの怪物しか殺せない。君は狙われる立場でありながら狙う側でもあるんだ。戦う他無いよ」

「……拒否権は?」

「無いよ」


 あっけらかんと言い放った彼に、いつぞやの意趣返しに肩を竦める。


「相手のインクが尽きるかのが先か、俺のインクが尽きるのが先か。どちらにせよ、命を張ったチキンレースだな」

「理解が早くて助かるよ」

「そりゃそうだ。あんなのに追われたら嫌でも分かる」


 アノマリーは、ルーズリーフに戻りながら最後に一言置いていった。


「インクの残量は確認できないから、本当のチキンレースだよ。やったね!」

「……やっぱ捨てて良いかコレ」


 俺達の戦いはここから始まった。呪われたボールペンと、アノマリー。出会うであろう数々の強敵に頭を抱えながら、俺はひしゃげた自転車を目の前に途方に暮れた。

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