お客様神様居候様
初投稿です!暇つぶしがてら見て行ってくださると嬉しいです!よろしくお願いします!
一
カンカンカンカン、とけたたましい音を立てながら踏切が降りる。よく晴れている割には冷えた冬の夕暮れに、僕は目の前を黄と黒のストライプが上から下へ通り過ぎるのを、ぼんやりと眺めていた。間も無くして、鈍色の太線が西日を反射させながら住宅街を真っ二つに切るようにやってきた。僕の住むこの街、天祇市が都心勤めの人々のベッドタウンであることと、ラッシュアワーのためか、電車は人でいっぱいだった。僕は高速で動き、なおかつ人間から発される熱で白く濁った車窓を食い入るように見つめる。あっという間に電車が視界の端に消えれば、再び僕の目の前を黄と黒の縞模様が、今度は下から上に移動していく。
「ふう・・これでようやく100回目か」
僕はカチリ、と右手の中にあったカウンターを押して、コートのポケットにしまう。ぼうっとしたり、単調な作業を繰り返すのは得意な方だが、近所の踏切を通る電車の中の人間を100回観察せよ、という今回の「依頼」は目的がわからないこともあって、精神的に疲れるものだった。大学の講義をサボるわけにはいかなかったから、数日がかりの調査になってしまった。近所の小学校に不審者として報告されていないといいな、と思う。でも、丈の長い黒コートに黒いスラックス、マフラーまで黒にした時点で多分その願いは叶わないだろう。もっと自分の服のセンスを見直したほうがいいかもしれない。僕はそんなことを考えながら、両手をポケットに突っ込んだままゆらり、と踵を返して自宅へと歩き出した。
歩いている途中、住宅街に埋もれるように建つ、一軒の花屋が目に留まった。その花屋はよく言えば歴史を感じる、率直に言えばオンボロな店構えで、店の中は暗く、客どころか店員の姿も見えなかった。元は深緑だったのだろう、テントのような屋根は日に焼けて元の艶を失っており、クリーム色だったはずの外壁は、西に傾いた陽の光と相まって茶色くくすんで見えた。タイルが所々ひび割れて下に落ちてしまっているところは、閑古鳥がこの店に住むことにする決定打となっただろう。そんな開店しているのかも怪しい店で、僕の目は店先に飾られた花々に引き付けられた。
「おお…」
その花々は思わず声が出てしまうほど見事なものだった。赤やピンク、時折白のシクラメンの花が、鉢に植わって店の前のコンクリートの上にびっしりと置かれており、その上には青や紫のパンジーが、これらも鉢に入れられ黒い針金で壁に吊るされていた。隣家とのわずかな隙間には、正面から右側に椿の花の、左側には山茶花の木が植わっていた。オンボロな見た目に反し、真新しい鉢に入れられた花々に僕は思わず見とれてしまった。
「随分立派な花だなあ。よっぽど大事にされてるんだな」
実は園芸が趣味である僕は、もっと近くでそれを見たいと思い、二、三歩花屋に近寄った。とそこで突然、ポケットに入れていた携帯電話が鳴り出した。
「おいマイケル、どこで道草食ってんだ」
携帯をとるや否や聞こえてきた野太い声に僕は眉をひそめる。
「なんでマイケル?僕の名前は安東遼だってば。道草って言うけど、そもそも僕が今出かけてるのはココペリ、お前の依頼のせいだからね?というか、いい加減この依頼の目的を教えてくれないかい?」
そう僕は何度言っても名前を覚えない同居人に文句を言ったが、彼は、
「そんな妙な名前覚えてられっかよ」
と言うだけで、最寄りの踏切で百度電車がくるのを眺めさせた理由は教えてくれなかった。
(妙な名前って・・ココペリの方が変わった名前だろう)
と僕は思ったが、口にはしなかった。グローバル化のこのご時世、何か自分には想像のつかない理由があるのかもしれないからだ。もしかしたら、純日本顔のココペリはハーフなのかもしれないだろう?ココペリという名前には、本人しか知らない特別な思い入れがあるかもしれないじゃないか。僕が黙っていると、ココペリが少しイラついたように、
「それよりマイケル、お前とにかく早く帰ってこい。飯が冷める。5分以内に帰ってこなかったらお前の分食っちまうからな。もう待てねえ、腹減った」
ガチャ、と一方的に電話を切られ、僕は思わず既に繋がっていない電話に叫んだ。
「この横暴野郎、お前は今居候なんだぞ!」
そして僕は必死で家路を走った。このココペリという妙な名前の僕の同居人は、唯一の美点として決して嘘をつかない。つまり、五分以内に帰らなかったら本当に僕のご飯はアイツの胃袋に収まることになる!
「横暴だ、横暴がすぎる!」
しかし、同居に至るまでのプロセスからしてすでに暴力的だったのを思い出した僕は、ああこれは今に始まったことじゃないや、と思わざるを得ず、ひとまずは今夜のご飯のため、さらに走る速度を速めたのだった。