9話 沼神伝説(ミーシャ視点)
スワイプ村。
とても小さく、人口も100を越えない。
私、ミーシャ・ハインケルの愛しい故郷。
いつも平和で、おだやかで、不幸なんてない。
食べ物に困ることは良くあったけど、それでもみんな幸せだった。
ここは所謂私たちエルフの隠れ里。
人々から差別を受けやすい私たちエルフは、時に魔族と同列に扱われる。
また先天的に魔法に優れていたため、魔法使いからは目の敵にされている。
故にエルフは人里から離れた場所に隠れ里をつくる。
このスワイプ村もそうした隠れ里の一つなの。
皆農業を主にしていて、おおらかな人ばかり。
とても素敵な人たちなの。
まあ、私が外の世界を知らないからそう言えるのかもしれないけど。
でも不自由はないわ。
たとえ村から出られなくても、皆がいるもの。
「ミー、手伝ってくれ」
「あ、はーい!」
今日もお父さんの手伝いが始まる。
そうして手伝いが終わればお母さんの暖かい料理が待ってる。
いつもと同じ、ちょっとしたドキドキとワクワクがある農業のお手伝い。
これが私の幸せだった。
オークが攻めてくるまでは。
その日もいつもと同じだったのに、突然西の家のお婆様が悲鳴をあげて逃げてきたの。
三匹のオークが攻めてきたって。
オークは力強く魔法に強い。
非力で魔法に特化した私たちでは太刀打ちができない種族だった。
たとえ数が三匹でしかないとしても。
皆急いで家の地下に隠れたり、森に逃げたりしたわ。
私も森へ逃げたのだけれど、運悪くオークに見つかってしまった。
初めて見るオークは、とても醜く醜悪で、それでいて酷い悪臭がした。
さらにオークは雌なら種族問わずに犯し、子を孕ませることで有名だった。
私は怖くて、自分が犯される姿を想像して逃げた。
必死で走って、走って。
気がついたら来たこともない沼地にいた。
足が泥にとられて思うように進めない。
泥が靴の中に入ってきて気持ちが悪い。
でも、オークに捕まることを考えると気にならなかった。
「まてよエルフのお嬢ちゃん!」
「俺たちといいことしようじゃないか」
下品な笑いをしながら、泥道を苦もなく進んでくるオーク。
私との歩幅も違うし、あっという間に追い詰められてしまった。
後ろには大きな沼、前は三匹のオーク。
あぁ、もう逃げられない。
オークに犯されるくらいなら、身を投げるしか。
「おっと、そうはいかないぜ?」
そうやって沼に飛び込もうとすると、オークに先回りされた。
あぁ、私は自分の意思で死ぬことさえできないの。
このままオークに犯されて、オークの子を孕むしかないの。
膝から崩れ落ちて、目の前が真っ暗になった。
初めては好きな人と考えていたのに、それはもう叶わぬ夢になってしまう。
「へへへ、それでいいんだよ」
「最初から素直にしてれば疲れないですんだのによ」
「なーにすぐにいろいろ忘れるほど快楽付けにしてやるよ」
オークたちが私を囲んで、腰巻きを脱ぎ始める。
オークの穢らわしいそれがあらわになる。
これで私は、私は。
「ははは、あはははは」
もう乾いた笑いしか出てこなかった。
絶望にうちひしがれ、涙すら出てきた。
あぁ、神よ、願わくば私を救って。
いもしない神に祈りを捧げ、救いを求める。
結末は見えていた、私はこのままオークに犯されるのだ。
そう思っていた。
「は?」
「え?」
雷が落ちたかのような轟き、それと同時に沼が割けた。
瞬間、もっとも沼から近かったオークの上半身が、何かによって消えた。
そのまま沼の中へと姿を消していった。
数秒たたず、泥色の沼が赤く染まり始める。
私は血の気が引いた。
そして気づいてしまった。
この沼、何かいる!
「ハッシュ!」
「なんだなんだ!?」
オークたちも驚きを隠せず、急いで腰巻きを着直し武器を抜く。
しかしそれは無駄な抵抗だというように、またオークの一匹が沼へと姿を消す。
これには流石のオークも恐怖を感じたか、腰が引けていた。
何がなんだか分からない。
そういった様子で、それは私もだった。
そして、また一瞬の間に最後のオークが沼へと消えた。
私は一人残された。
唖然としていると次の瞬間私は自分の目を疑った。
先程のオークが沼から天高く飛ばされた。
そしてそれにあわせて見たこともない巨大な怪物が現れたの。
それは竜のようでもあり、蜥蜴のようでもあり、またどちらとも違う。
それは天高く飛ばされたオークをやがて巨大な口へと落とし、飲み込んでしまった。
そしてそれで満足したのか、私には見向きもせず沼の中へと消えていった。
あれは一体なんだったのだろうか。
分からぬまま村に帰り、皆に無事かと聞かれた。
そして私はあの沼地で起きた出来事を包み隠さず話した。
皆半信半疑だったけれども、長老は違った。
「沼神様じゃ、沼神様じゃよそれは」
「沼神?」
聞いたことのないこと場に首をかしげる。
すると長老は全てを話してくれた。
「この地に古くから伝わる守り神で、沼の深みに住むと言われておる。見麗しい処女を愛し、豊穣と安全を司る神じゃ。その姿は竜のようでもあり、蜥蜴のようでもあると呼ばれておる。沼神様は、供えられたものの質が良ければ良いほど答えてくれる神じゃ」
そういって、自身の家の奥から古い本を持ってきた。
それには沼神様にまつわる伝承が沢山書かれていた。
その伝承一つ一つがリアルで、まるで本当にあったことのように語られていた。
「そう言えばミーはまだ初潮を迎えたばかり。だから沼神様に救われたのかもしれぬ」
ふと長老がそんなことを漏らした。
だとしたら感謝しなくては。
「村のものよ、聞いての通りじゃ。沼神様の居場所が分かったならやることは一つ。供えるのじゃ。沼神様を崇めるのじゃ。さすれば祝福を受けれようぞ!」
村の中には沼神様を信じず、怪物として倒すべきという人もいたけど、とりあえずお供え物をして様子を見ることにしたみたい。
それだけ長老の発言力は強かった。
これが、私と沼神様の出会い。
そしてこれがスワイプ村と沼神様との共生の始まりでした。




