5話 月日は流れて
俺はあれ以来怯えて暮らしていた。
いつ飛竜に襲われるかを考えると、夜も眠れなかった。
あの凶悪なガーを一瞬で連れていってしまったあの光景が、目から焼き付いて離れなかった。
あのガーのように、俺も連れていかれるんじゃないかと考えると、恐ろしくてたまらなかった。
連れていかれればどうなるかは大方予想できる。
喰われるか、雛の餌にされるか、あるいは両方か。
どちらにしても、明確な死の光景が浮かんでいた。
捕まれば生きたまま体を引き裂かれて喰われるのだ。
それがトラウマとして俺の心に深く突き刺さり、月日を重ねても消えることはなかった。
体が段々と大きくなっていき、気がつけば巣が小さく感じてきたときでさえ、俺は飛竜を恐れていた。
飛竜のことを知らない。
当たり前だが前世に飛竜の生態など載ってないのだから。
故にどうすればいいのか、全く分からない。
それも恐怖を助長させた。
ただあの光景を忘れられず、いつまた現れるとも分からない飛竜に怯え続けた。
そうして俺の恐怖が多少ましになる頃には、最低でも数年はたっていた。
俺はもう立派な成体となっており、体も非常に大きくなった。
正直こんなに大きなワニを俺は知らない。
正確な大きさは分からないが、明らかに普通のワニの数倍のサイズであった。
食するものも魚から肉メインに変わり、体を洗いに来る鳥などを襲って喰らった。
時には水を飲みに来た獣も襲い、水中で窒息させてから食した。
何となく分かるようになってきた。
どの生き物なら襲っても大丈夫か。
どの生き物なら安全に食べられるのか。
どの生き物なら俺に危険を与えるのか。
これもワニの本能だろう。
ここ数年でその本能は、俺の人としての部分よりも強くなっていた。
ただ飛竜への恐怖に怯え、日々を生きることに必死だったからか、人としての思考する部分を放棄していた。
そのツケが回ってきたとでも言うのだろうか。
前世であれだけ可愛いと思っていた生き物たちも、今や腹を満たす獲物にしか見えない。
そして大きくなったお陰で、ずっと湖だと思っていたこの場所が、じつはそんなに大きくないこともわかった。
水深こそかなり深いが、広さはそこまで広くない。
正直この体だと少し狭く感じる。
泥が多く、池というより沼に近い感じだ。
実際植物よりも木々が回りに生い茂り、人目のつかない山奥と言った様子。
辺りも浅いが沼がいくつかあり沼地なのだろうここは。
そのなかでもっとも深い沼が俺のいる沼だった。
もうこの沼では俺を襲うような生物はいなかった。
唯一の懸念があの飛竜だった。
逆に言えばあの飛竜以外には恐れを抱く必要はどこにもなかった。
俺はこの沼地の生態系の頂点に立ったのだ。
その事は喜ぶべきだろう。
身の危険を感じることがなくなったのだから。
しかしそれでも俺はあの飛竜を恐れている。
また何時かやって来るのではないかと。
俺に弱肉強食の掟を教えたあの飛竜が。
そう考えながら、今日も俺は生きる。
この変わることのない沼地で。
そう、ずっと変わることがないと思っていた。
あの日が来るまでは……。