15話 いつの間にか神にされてたみたいです
春、目覚めの春。
日本ならフキノトウが顔を出し、筍とつくしが美味しい。
桜が咲き、ほのかなピンクと緑が芽吹く。
だがここは異世界。
そんなものはないし、ここはそもそも沼地。
緑は確かに芽吹くが、桜はないし、筍もつくしもフキノトウもない。
そんなことを思いながら微睡みから目覚めた。
どうやら今年も無事冬を越えることができたようだ。
俺はまだ自分が餓死してないことに安堵し、同時に空腹感を覚える。
春の目覚めた直後はいつもこうだ。
そりゃ溜めに溜めてた貯蓄が空になってるだろうし、体が栄養を求めて空腹を訴えるのは当たり前だ。
早速餌を求めて巣穴を出て沼へと体を沈める。
久しぶりの湿気に体がぶるりと震える。
まるで風呂に入ったような感覚に、つい俺はオッサンのように大きく口を開けて、あぁと唸ってしまう。
いやぁ、やはりワニは両生類よりの爬虫類なんだなと実感する。
水の中が実に心地良い。
さて、それは置いといて早く獲物を探そうか。
全身を沼に沈めたあと、ゆっくりと巨体を潜航させる。
沼の中は相変わらず泥で汚いが、春らしく稚魚と思わしい魚も見かける。
出会いと生まれの春を実感するな。
そんなことをしみじみ感じながら遊泳していると、岸の方から爆音でなにかが聞こえてきた。
な、なんだなんだ!?
突然のことに困惑を隠せないが、何が起こっているのか気になるし、見るだけなら大丈夫だろう。
そう思った俺は岸を見に向かった。
岸、それも祭壇がある場所に沢山の人がいた。
彼らは木や石でできた不思議な楽器を奏でて踊っていた。
爆音の正体はこれか。
この様子だと祭かな?
だけれど昨年はしてなかったよな?
不思議に思いながらじっと躍りを見つめていた。
しかし変わった躍りだな。
前世に暇潰しに動画サイトで見たインドネシアの部族舞踊みたいだ。
というか、よく見るとこの人たち耳が尖っているぞ。
これもしかしてファンタジーに良くあるエルフなんじゃないかな?
実際見えるところにいる人全員イケメンか美女だ。
イケオジ、イケオバもいる。
流石エルフ、年を取ってもかっこいいか美人かかよ。
てかエルフがこんなにたくさん来るなんて。
祭壇の時点で薄々わかっていたけど、近くに村かなにかがあるみたいだ。
それってもしかしたらエルフの隠れ里みたいなものかな?
そんなことを考えていたら、特に年を取った風に見えるイケオバが祭壇の前に出てなにか言い出した。
「沼神様、昨年は沼神様のお陰で村に豊穣が訪れました。そのお返しを受け取ってくださいませ! また昨年は送れませんでした巫女をお受け取りくださりませ!」
そんなことを言って、手を広げて何かが来るのを待ってるみたいだ。
その沼神様って何かわからないけれど、今俺は腹が減ってる。
祭りの最中に失礼するが祭壇に置かれている肉は非常に魅力的だ。
こんなにどんちゃん騒ぎされたら動物たちもよってこないだろうし、この肉が今日の飢えを凌いでくれるだろう。
そう思ったら、例え罰当たりでも食べたくて仕方なかった。
あまり危害は加えたくないので、姿を現せば逃げてくれるだろう。
そんな軽い気持ちで体と顔を沼から出す。
泥水で覆われた沼が割れて俺が現れる。
すると人たちは予想通りどよめく。
しかし一点予想と違った。
逃げない、寧ろ尊敬にも近い視線を感じる。
え? どういうこと?
取り敢えず空腹はごまかせないので、祭を潰して悪いと思いつつ、祭壇に置かれている肉をまとめて飲み込んだ。
腹に溜まり、空腹感が消える。
量は少ないが、寝起きには十分だ。
さて、帰ろうか。
そう思い沼へと戻ろうとする前に、綺麗で、でも布地の少ないほぼ痴女としか言えないような格好をした少女が出てきた。
スタイルの暴力というような魅力的な肉体を持った少女、その顔に俺は見覚えがあった。
昨年オークから偶然助けた少女だった。
その少女が急に両膝をついて、手を揃えたあと頭を下げた。
そしてこんなことをいってきた。
「不束ものですがよろしくお願いいたします」
この言葉に俺は言葉を失った。
どういうこと? 巫女をお受け取りくださりませってあのイケオバは言ってたよな。
それで他の人と違うこの格好からして、恐らくこの少女は巫女。
それが日本でのあのお約束台詞を言ってきた。
と言うことはこの人たちが崇めてる沼神様って俺?!
いくら鈍い俺でも流石にわかった。
まさか俺を崇めてるなんて思ってもなかったが。
え、だって俺なにもしてないぞ!
と言うことは毎日祭壇に置かれていた供え物も、俺へのものだったの?
いろいろ理解して使ってなかった頭がパンクしそうだけど、取り敢えず何故か神として崇められている。
逆に言えば崇められなくなったらこれ狩られることにならない?
狂暴な怪物として。
実際ワニを神として崇める文化はいろいろあるよ?
だけどワニの革が価値があるとわかった瞬間狩りだした。
それと同じように、信仰を失ったら狩られるんじゃないか?
そう考えたら不安になった。
いくら巨体とはいえ、ファンタジーらしく魔法なんかぶつけられたら耐えられるかわからないし、ワニの外殻ってそこまで固くなかったような気がするんだよ。
剣や槍で刺されたら絶対痛い、それだけは嫌だ。
狩られて死ぬなんてごめんだぞ!
取り敢えず信仰を何故かしてもらってるなら、それを失わないように振る舞わないと。
えっと、取り敢えずどうすればいいんだろう。
神っぽい動物の振る舞いとか知らないぞ!
「えっと、沼神様?」
俺が一人パニックになっていると、巫女の少女が声を出す。
綺麗な金の髪と、緑色の瞳が美しく、可愛くも見える少女だった。
服装がどう見ても痴女だけど、それが巫女の服装なんだろう。
て、それはいいんだよ。
もう人間だった頃にあった性欲は消えているみたいで、そんな肌色多めの服を見てもなんとも思わない。
とりまこの巫女さんをどうすればいいのよ。
貰えってこと?
貰ってもどうすればいいか俺にはわからんぞ。
『沼神様? もしかして、どうしたらいいのかわからないのですか?』
はい?
急にそんな言葉が脳内に響いた。
なんだなんだと思ったが、できそうな人は一人だけ。
巫女と言われた少女ならできるだろう。
だって巫女だし。
そんな特殊な力を持っていても不思議じゃない。
そこで俺は一途の望みを託して呟いた。
君俺の言葉わかるの?
『はい、沼神様のお言葉が聞こえます。今、伝承にあった巫女の術で直接話し合ってます。ですので、他の人たちには聞こえません』
そんな返答が帰ってきた。
つまり俺が沼神様なんて存在じゃないことは一瞬で巫女によってバレてるわけで……。
詰んだんじゃねこれ?
とりま俺は沼神様という大層な存在じゃないよ、でも害は出さないから狩らないで。
俺は強くそう言葉に出した。
『そうなんですか? でも伝承にはこの沼に古くから住んでるって』
いやその伝承っていうの自体知らないし、ついでに言えばそんなに昔からじゃないし。
というか君たちが俺を崇めてたことなんて、今はじめて知ったし。
『……』
唖然とした表情で固まった巫女。
そのあとちらりと他の人たちを見る。
皆非常に期待した様子で俺たちを見てた。
や、やめろ! 俺は神じゃないぞ! でもたぶんこれ沼神様じゃないことばらしたら俺がワニ革へ解体されそう。
『……取り敢えず私をあなたの巣へ連れていってもらえますか? それで祭は終わるので詳しい話はそれから』
俺がどうしようと困っていると、巫女の方が助け船を出してくれた。
俺は従い、彼女を俺の背に乗れるように体を沼に沈めて背だけ出す。
その背に巫女が乗る。
そうすると人たちから歓声が上がり、巣穴へと進んでいく俺たちを手を振って見送っていた。
なんか知らないが、騙していることには変わらないので、少し心が傷ついた気がした。
そして、これからのことを思うと非常に暗い気持ちになった。