10話 平和な沼地の日々
偶然とは言え、ピンチそうな少女を助けてから、俺の生活に変化が訪れた。
何と沼の縁にいつの間にか木製の祭壇のような物が建っており、そこに常に何かの食べ物がおかれるようになった。
最初は何だろうと思いつつも、内容は野菜がほとんどなので食べることはせず見るだけだった。
その翌日には内容が変わっていて、魚になっていた。
だがこの巨体になると魚では足りないし、何より毒が盛られてるんじゃないかと思って口にしなかった。
するとさらに翌日には肉が乗るようになった。
サイズこそ求めてるものより小さいが、これは魅力的だった。
ま、まあこの体だし、ワニの免疫は凄まじいから、たとえ毒があっても大丈夫じゃないかな?
結局俺は肉の誘惑に勝てずに飲み込んでしまった。
んーしょっぱい量。
これなら普通に猟をした方が腹が膨らむな。
でもまあ無いよりましか。
そんなことを思っていた。
また翌日、肉のサイズが大きくなっていた。
と言っても、オレからすればドングリの背比べだが。
何にしてもまたいただくことにした。
なんだか餌付けされてるみたいだな……。
こうして気がつけば俺の生活に、祭壇に置かれた肉を食べるという習慣がついた。
誰へ送るモノなのか分からないが、食えるなら腐らせるよりいいだろう。
そうして普段の狩りに混ざるように、祭壇に置かれた肉を食べる。
祭壇の肉だけで暮らせたら楽なんだが、量の関係上それは無理だろう。
そう思いながら暮らしていた。
今日も沼は平和そのもの。
魚たちが優雅に泳ぎ、鳥たちがそれを狙い、その鳥たちを俺が狙う。
生態系はここにしっかりと確立されていた。
しかし今日は鳥たちが少ない。
理由は雨だからだ。
濡れて重くなった翼で飛ぼうとする鳥は少なく、大抵は巣で籠っている。
故に俺の食事も減っていた。
そしていつもなら来る祭壇も、今日は来ない。
ここへ来るには小さな底無し沼地帯を抜けなければならないのに、水でそれが見えなくなれば危険も増える。
そういうことで俺は空腹だった。
勿論数日食事を抜いても俺は死なない。
だがこの空腹感は別だ。
こうして野生の動物として生きていると、人間だった頃がいかに素晴らしかった分かる。
安全に暮らせて安定した食料を得ることができ、飢えることも知らず、天敵もいない。
今でこそ俺も天敵はいないが、幼い頃の記憶を思い出す。
アリゲーターガーや飛竜の恐ろしさを。
記憶の隅に焼き付いた恐怖を。
俺はこの恐怖を忘れたいが、忘れてはならないと本能が伝えている。
大自然の掟、弱肉強食。
その恐怖に怯えた頃を忘れてはいけない。
俺もまた大自然の一部であることを。
それを忘れたら、この大自然の中で生きていけない気がした。
そう考えていると、ふと視界に入る動物。
見た目は鹿のようだ。
よくこの沼地の水を飲みに来る種だ。
危険と分かっていても、他の場所がないのかもしれない。
それを俺は可哀想と思わない。
思ってはならない。
これで俺の命は繋がっているのだから。
今日も今日とて沼地は平和。
鹿の悲鳴にも似た鳴き声が、水の中へと消えていった。