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悪役令嬢ホモに嫁ぐ  作者: 顔なし
8/11

おはよう2



赤ん坊の仕事って、泣いて笑って、栄養を取って、よく寝て元気に育つことなのよね。

大丈夫任せて、よく理解してるつもり。

赤ん坊秘技・黄昏泣き(ギャン泣き)をキメてみせるわ。ふふ、泣きの天才とはこの私のことよ!!

聞いて驚け!見て笑え!!


「ふんぎゃあ~~、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ、ゲホッオフェッ!!」


気合いを入れすぎたせいで、唾が気管に入った私は大いに咽せた。

咽せる私に気が付くと、あのプラチナブロンドの女性が慌てて駆け付け、私を抱き上げて背中をゆっくりと叩いてくれた。

落ち着いて息ができる頃には、咽せ過ぎて私は女性の腕の中でぐったりしていたのだった・・・。


あぁ・・・ありがとう、マミー。気合い入れ過ぎたわ、サンキュー、ベリーマッチ。


・・・こんな馬鹿なことをしているけれど、私が目覚めてから既に数日は経過していた。

何故、赤ん坊の姿になっているのか疑問は多々有れど、当初の混乱もある程度の時間を経ると喉元を過ぎればなんとやら、落ち着きを取り戻した。

それどころか、今自分がどういった環境、状況に陥っているのか冷静に考える余裕すら生まれていた。

改めて分かる範囲での情報を整理すると・・・・・・


先ず、私は完璧に赤ん坊であるということ。


いやね、当たり前だけど!当たり前なことだからこそ、確認って必要なわけよ。

赤ん坊だから、ろくに話すことも出来ないし、トイレだったりお腹が空いたりしたら泣くしかないのよね。

自分でどうにかしようにも、トイレには行けないし、何を食べられるのか分からないし、不便で仕方ないわ。

あー、そら豆食べたい。


次に、私を腕に抱いているこの女性ーー恐らく私専用の乳母と思われる。


どうしてそう思うかと言うと、感覚的なものもあるけれど、私に対する扱いがとても丁寧なの。


いつも笑顔で優しくあやしてくれて、眠る時には私を揺籃に入れ、目礼すると部屋を出ていく。彼女の一挙手一投足は、教養ある人間のそれであったけれど、決して親としての素振りではなかった。


優しい人ではあると思うのよ?笑うとえくぼが出来て可愛いし、吹き出物も、彼女の魅力が霞む程のものじゃないわ。


ただ私に対して一線を引いている。それが使用人(彼女の立場)から生まれた線引きであると、薄々察していた。

この部屋には続き部屋があるみたいで、基本的に女性はその部屋で生活しているようだった。私の様子がおかしかったり、夜泣きが激しい場合には、寝台で夜を共にすることもあった。


赤ん坊になってから、私は新鮮な気持ちを味わってばかりだ。親としての愛では無いけれど、ここまで深く人に世話をされたことがない私は、同時に戸惑いも覚えていた。

抱っこされた時の他者の体温の温かさであったりとか、頭を撫でられる気恥ずかしさだったりとか、それは今まで私が経験したことの無いものだった。


「~~~~~~~」


私が思考の海に潜っていると、女性はなにごとか言葉を発して、ゆっくりとワンピースの襟元を引き下ろし、雪のように真白い肌を顕にした。


「あ゛・・・あぁあ゛あ゛あ゛・・・」


その意味を理解した瞬間、私は枯れたような悲鳴を上げた。

女性の乳房が目の前に迫り、私は手足をぶんぶんと動かして抵抗する。しかし、赤ん坊の力の入らない身体では大人に勝てるはずがなかった。


授乳。


圧倒的、授乳。


知ってた。

赤ん坊の栄養手段は、母乳だって無知な私でも知ってた。

だけどね、精神年齢中三の思春期真っ只中な私が乳母と言えど、女性の乳房に顔を埋めるなんて・・・これはセクハラよ!!勝訴間違いなし。誰か弁護士雇ってちょうだい!!

新しい世界に目覚めてしまったらどうする(性的な意味で)!!


口に無理やり含まされた乳頭を噛みちぎりたい衝動を抑え(そもそも、乳歯も生えてないしね)、私は羞恥に苛まれながらも母乳を取り込んだ。


哺乳瓶と粉ミルクを持ってこい、今、すぐにだ!!


と言って喚きたい所だけど、恐らくここでは、粉ミルクだとか哺乳瓶とかいう育児用品は無いみたい。

そもそもが、認めたくない事実だけれど、現代社会とは数世紀も前の社会文化ではないかと私は睨んでいる。


だって・・・、クーラーが無いしテレビもパソコンも、それこそ赤ん坊用の玩具すらないのよ?

この家が貧乏なのかなと思わないでも無かったけれど、乳母を雇っている時点でありえない意見だわ。それに室内の家具だとか、私が身に付けている衣だとか、一つ一つの物が良いのよ。


衣服や家具と同様、全体的にレトロな印象を受ける。時折訪れる乳母以外のメイド服を身に付けた女性達を見る限りでは、現代社会のアメリカやイギリスでも無さそうだ。

赤ん坊になっていたと思えば、見知らぬ外国人に世話をされ、あまつさえ現代社会でないと知れれば、あまりの現実味の無さに長い夢を視ているのではないかと考えてしまっても仕方の無いことだった。


私、何でここに居るんだろう・・・。


混乱を抜けると疑問が湧いてくるもので、何か答えに繋がる情報は無いかと首をあっちにやり、こっちにやり探す日々を送った。けれど、部屋に居ても答えが落ちている訳でもなく、私が空腹や意味の分からない状況に腹を立てて泣いても、駆け付けるのは乳母だけだった。


泣いていても仕方が無い、この状況を受け入れるしかないんだ。


私がお腹いっぱいになると、乳母が背中を優しく摩ってげっぷを促した。

「げぇっふぅ・・・」

ここまでされると、私の心はオッサンだ。

最初こそ、食後のげっぷも拒否していた私だけど、一度げっぷをせずに横になっていたら、母乳を吐き出して散々な目に会ったので、この点に関しては、抵抗をしないことにした。


おぉ、乳母よ・・・、コーラとあたりめを持ってきてくれたまえ・・・。


心はおっさんの私が尊大な態度で乳母の心へ語りかけたが、当然無視された。


悲しみ・・・・・・。


乳母は私を抱いたまま、窓へと移動した。

部屋の窓からは、屋敷の庭園が一望できた。既に見た風景だが、現代社会の一般家庭の小さい庭とは比較にはならない程、広大な敷地だ。庭園には、様々な花々が咲き乱れ、開け放たれた窓からは花の馨しい香りが届いた。

外は夕陽に照らされて赤く染まり、何故だか郷愁にかられる。


帰りたいと思っている、そんなこと認めたくない。あんなに、私を否定する世界を懐かしく感じるなんて、それこそ間違っている。

間違っている・・・、はずなのだ・・・。

あぁ、けれど、どうしてだろう。

なんて長い夢、遠い所にきてしまったんだろうか。


私の目に、みる間に涙が溜まっていく。

中学生だった頃は、涙を我慢することができたのに、今では簡単に溢れてしまう。

制御出来ない昂りに、私は声を上げることなく泣いた。それに気が付いた乳母は、ほんの少しだけ眉を下げて私の眦に口付ける。


「~~~~~~♪」


乳母はゆらゆらと私を揺らしながら、子守唄を口ずさんだ。

それは、この時代ではよく子守りに歌われるものなのか、私が泣いていると同じメロディのこの歌をよく聞かせてくれた。

歌詞どころか言葉すら分からないのに、歌に込められた、心に触れるほどの優しさが私を包んだ。




「うぅん・・・」

いつの間にか眠り込んでしまった私は、ふと人の気配に目を覚ました。

既に灯りが消され、窓からさす月光だけが部屋を照らしていた。

私が横になっている隣に、女性の寝息が聞こえる。

闇に目が慣れ、隣に目を移すと乳母が寝台で眠っていた。

私のお腹に乗せられた彼女の手から、じんわりと体温が移る。

私は思わず、寝台に散る乳母の髪を握った。

それは柔らかく、夜闇にもプラチナブロンドが輝いて見えた。

慣れなかったその髪色も、この数日で見慣れたものになっていた。それだけ、濃密な一時を彼女と過ごしたということだ。

「あぁうぅん」

ありがとう、その気持ちは言葉にならず、静寂に包まれた部屋に落ちた。

けれど乳母には届いたのか、長い睫毛が揺れて、ゆっくりと目蓋が開かれていく。

ぼんやりと宙を彷徨うコバルトブルーの瞳は、次第に色が強まって私を見つめた。


あらやだ、起こしちゃったのね、ごめんね。


「うぅゔあぁ」

くいくいと髪を緩く引くと、乳母は、目をただただ柔らかく細めた。

「ーー・・・おはよう、悪戯っ子さん」




ーー朝起きたら、何を目にする?ーー


私はね、真っ暗な押し入れで目が覚めるの。目が覚めてダイニングに行っても、誰も私に「おはよう」なんて声をかけてはくれないわ。

だから、私はいつも無色透明で、どこか遠い場所にぼんやりと意識があるの。意識は宙を彷徨って、常に居場所を探していた。


あぁ・・・、そうか、ようやく分かったわ。

此処が、私の居場所なのね。


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