表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
五章 悪竜
98/135

第九十八話


十五年前。


ザッハークがその教会を襲ったのに、特に深い理由は無かった。


考えていたのは『享楽』のみ。


己の欲望に従っただけだった。


『キヒヒヒ!』


愉しかった。


惨めに慈悲を乞う老婆が。


痛みに泣き叫ぶ子供が。


その悲鳴すらも味わうように、一人ずつ丁寧に殺し続けた。


これだから弱者を踏み躙ることはやめられない。


この世は弱肉強食。


故に、コレは自分に許された当然の権利なのだ。


『………』


しかし、一人だけその興奮に水を差す者が居た。


ザッハークの殺した子供とそう変わらない年頃の少女だ。


非力で弱々しいザッハーク好みの人間だったが、明らかに他の子供とは違った。


『…ッ』


片足を失いながらも、その少女は泣き声一つ上げずにザッハークを睨んでいた。


傷口からは大量の血が床を汚しており、どうあがいても数分後には死に絶える。


幼いながら、それを理解していながらその少女の眼はまだ死んでいなかった。


『何だァ、その眼は?』


その眼に、ザッハークは無性に腹が立った。


『手足を捥がれた虫けら如きが。この俺を睨むか?』


ザッハークの爪が少女の体を切り裂く。


自身の足で立つことすら出来ない少女は、力なく地面を転がった。


『分からねえのかァ? お前は死ぬんだよ! 他のガキ共と同じようになァ!』


『………』


『怖えかァ? 怖えよなァ? キヒヒヒ!』


泣き叫べ、とザッハークの眼が語っている。


ただ殺すだけではつまらない。


どうせこんな人間を喰った所で腹の足しにもならない。


ならばせめて、その滑稽な死に様で愉しませろ。


『ゲホッ! ゴホッ!…はぁ、はぁ…』


だが、それでも少女の心は折れていなかった。


口から血を吐き、瞼など今にも閉じそうであるにも関わらず、恐怖に屈していない。


『その眼を、やめろ』


何なんだ、こいつは。


何の力も無いただの子供だ。


ザッハークが何もせずとも数分後には死ぬ人間だ。


なのに、その心を折ることが出来ない。


『ッ…』


『やめろって言ってんだよォ! クソガキがァ!』


泣き叫べ、無様に命乞いをしろ。


弱者は弱者らしく振る舞え。


それがこの世の理だ。


誰にも逆らえない、絶対の法だ。


『あ、なた、には…』


血で濡れた口を動かし、少女は呟く。


『いつか、神様の、天罰が………』


それが、少女の最期の言葉だった。


傷口から血を流し過ぎたことで、少女は絶命した。


『神? 天罰?』


その言葉を繰り返しながら、ザッハークは嘲笑を浮かべる。


よりによって、最期に口にするのがそれか。


『そんな物、どこにも存在しねえんだよォ!』


神が本当に存在すると言うなら、何故この場に現れないのか。


教会を破壊し、敬虔な信者共を殺したザッハークを殺さないのか。


神なんて存在は、弱者の考えた妄言に過ぎない。


弱肉強食と言う現実を受け入れられない者の脳の中にだけ存在する妄想だ。


『ああ?………生き残りがまだ居たか?』


ザッハークが絶命した者達の遺体を貪っていると、クローゼットの中に気配を感じた。


『だ、誰…?』


『…キキキ』


クローゼットの中で震える子供を見て、ザッハークは嗤った。


あの少女が決して屈しなかったのは、コレが理由だったのだ。


床に転がる遺体の中にこの子供の姿が無いことに希望を抱き、必死に耐えていたのだ。


例え自分が死ぬとしても、この子供を守る為に。


『俺はザッハーク…』


名乗りながら、ザッハークは狂喜した。


最期まで心を折ることが出来なかったあの少女の努力は無駄に終わったのだ。


『さあ、お前はどんな声を聞かせてくれるんだ?』


見た所、あの少女とは違って素直そうな子供だ。


さぞかし、イイ声を聞かせてくれることだろう。


やはりこの世に神など居ない。


それを今から証明してやろう。


恐怖からクローゼットの中で蹲る子供へと、ザッハークは飛び掛かる。


その時だった。


『ッ!』


ぴたり、とザッハークの動きが止まった。


その首に刻まれた竜紋が疼く。


それは、ファフニールからの呼び出しだった。


『~~~ッ!』


それに逆らうと言う選択肢は、ザッハークの中には存在しない。


一分一秒でも早くファフニールの下へ向かわなければ命は無い。


『クソッ…!』


あの少女を嬲るのに時間を掛け過ぎた。


睨むようにクローゼットを一瞥し、ザッハークはその場から去っていった。








「昨日はびっくりしたな…」


ルストの街を歩きながらエーファは昨日の出来事を思い出す。


リンデの魔力によって本来の姿に戻ってしまったヴィーヴル。


本人曰く、数百年ぶりだと言う姿は確かに千年生きる竜に相応しい物だった。


ヴィーヴルの能力もそれにより強化されたらしく、何やら作戦を思い付いた様子だ。


六天竜の中でも古株であるヴィーヴルの力を得られるなら、ザッハークも倒せるかもしれない。


しかし、姿まで完全に竜となったヴィーヴルを王都には連れていけない為、取り敢えず一日はルストに滞在することになった。


「でも、コレってグンテルにどう説明すればいいのかしら?」


何だかんだ物分かりの良いファウストは大丈夫そうだが、グンテルはどんな反応をするだろうか。


あまりレギンに対して敵意があるようには見えないが、内心はどう思っているか分からない。


グンテルは実の妹をドラゴンに殺されているのだ。


「………」


その点では、ある意味グンテルとエーファは同じ境遇なのだ。


グンテルは妹を、エーファは姉を、ドラゴンに奪われている。


正直な話、エーファ自身もドラゴンと共闘することには思う所がある。


様々な出来事を経て信頼するようになったレギンはともかく、ヴィーヴルのことは何も知らない。


フライハイトはヴィーヴルが人を襲うことは無いと信じているようだが、エーファはそれを無条件に信じることは出来ない。


ヴィーヴルがフライハイトを騙している、とは思っていない。


だが、


「………」


レギンは竜化する度に理性を失っていく。


それは竜は本能的に破壊衝動を持っているからだと思っていた。


しかし、ならばヴィーヴルは何故冷静でいられるのだろうか。


竜化してもヴィーヴルの態度は変わらなかった。


フライハイト曰く、ここ数百年の間は人を喰らっていないのだと言う。


レギンとヴィーヴル。


その違いは一体…


「おやァ? おやおやおやァ?」


バサッと翼が羽搏く音が聞こえた。


それを聞いた瞬間、エーファは武器を手にして空を睨む。


そこに、悪竜が居た。


「ヴィーヴルの気配を辿って来てみれば、何とも運命的な再会だなァ」


にたり、と悪辣な笑みを隠そうともせずザッハークは言った。


人化を得意とするヴィーヴルの気配を辿るのは本来なら不可能だが、今のヴィーヴルは竜化している。


それにより、ヴィーヴルの気配は普段より分かり易くなり、ザッハークに感知されてしまったのだ。


「運命、ね。そちらは私のことを覚えていなかったようだけど?」


言葉を返しながら、エーファは視線を周囲に向ける。


一人で戦っても勝ち目が無いことは分かり切っている。


非常に悔しいが、隙を見て逃げる必要がある。


「いやァ、思い出したんだよ」


「…何を」


「決まってんだろ。十五年前、お前の姉をぶっ殺した時のことをだよォ」


チリッ、とエーファの頭が怒りに染まりそうになる。


それを必死に理性で抑え付けた。


挑発に乗ってはならない。


乗れば復讐を果たせず、殺される。


「あの時殺し損ねたガキが、今は俺の目の前に居る。キヒヒヒ! いやァ、アイツあの世でどんな顔しているのかねェ」


「ッ…!」


冷静だ。冷静になれ。


今エーファがすべきことは感情のままに戦うことでは無い。


この場から離脱し、レギン達と合流することだ。


「ヒャハハハハ! さあ、あの時は聞けなかったお前の声を聞かせてくれ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ