第九十五話
二日後、レギン達はルストを訪れていた。
面子はレギン、リンデ、そしてエーファだ。
ティアマト戦の時にフライハイトは不参加だったが、傷が癒えたのなら復帰して貰いたい。
ジークフリートが居なくなった今、戦力は一人でも多い方が良い。
ザッハークのことも伝える為に三人でやって来たのだ。
「それにしても、どうしてフライ…さんは」
「フライハイトな。お前まだ名前覚えてなかったのか」
本人が聞いたら激怒しそうなことを言うエーファにレギンは呆れながら呟く。
リンデやレギンの名前はすぐに覚えたのに、何故それ以上に付き合いの長いフライハイトの名前を覚えていないのか。
「…長い名前は覚えにくいのよ」
「ジークフリートの方が長いだろう?」
「あの人とはよく顔を合わせていたから…同じドラゴンスレイヤーでも会うことなんて普通殆ど無いの」
言い訳するようにエーファは言った。
確かに国中に派遣されるドラゴンスレイヤー同士は会うことなど殆ど無いのだろう。
だが、それ以上にエーファ自身に覚える気が無いのではないか、とレギンは思った。
「とにかく。何であの人は直接王都に来なかったのかしら?」
「何だか、王都に行けない事情があるみたいでしたよ」
「王都に行けない…?」
思案するようにエーファは口元に手を当てる。
「うーん。何か厄介ごとの匂いがするのよね…」
苦虫を嚙み潰したような顔でエーファは呟く。
背筋がざわざわとする。
この状況でこれ以上面倒なことに巻き込まないで欲しい。
「まあいいわ。リンデの時に比べれば…」
「私の時?」
「あなたを迎えに行ったら、何故かコイツと一緒に帰ってきた時の話よ」
「あ、あー…」
リンデは少し申し訳なさそうに頬を掻く。
言われてみれば、リンデも大概だった。
ドラゴンと共に帰ってきたリンデを見た時も、エーファは今と同じような顔をしていたのだろう。
「流石に、あの時ほどでは無いと思うけど…」
「…そうでもないかもしれんぞ」
「え?」
「ほら、あそこ」
レギンはそう言ってどこかを指差した。
言われるままにエーファとリンデは指の先を見つめる。
「お腹、空いた…」
「さっき食べたばかりだろうが。もうストックもねえんだから我慢しろ」
「………」
「不満そうな顔をしても無駄だ。無い袖は振れねえってな」
まるで、我儘な妹とそれを宥める兄のような会話をする二人。
微笑ましいやり取りだが、レギン達はその二人に見覚えがあった。
「フライハイト、と…?」
その少女には見覚えが無いエーファが訝し気な顔をする。
対して少女の正体を知るリンデは目を見開いて驚いていた。
思わず指を指しながら声を上げる。
「ヴィ、ヴィーヴルさん!」
「…?」
名前を呼ばれ、ヴィーヴルはリンデの方を見た。
不思議そうにその顔を眺め、小首を傾げる。
「誰?」
「お、覚えてないんですか? リンデです」
「…人間の顔は、見分けるのが、難しい」
そう言いながらヴィーヴルは視線をレギンに向けた。
「あ、ファフニール」
「レギンだ」
「そうだった」
同族であるレギンのことは記憶していたのか、ヴィーヴルは頷いた。
そんなやり取りを見て、薄々ヴィーヴルの正体に気付いたエーファはわなわなと震える。
「まさかとは思うけど、この子って…」
「六天竜のヴィーヴルだ」
ため息をつきながらフライハイトは言った。
「俺が王都に帰れない理由は、これで分かっただろう?」
「お前がヴィーヴルと共に行動しているとはな」
「色々あったんだよ。色々と」
げっそりとした顔でフライハイトは答える。
詳しくは語りたくない、と顔に浮かんでいた。
「それよりも、先日妙なドラゴンに襲われてな」
何か言いたげなエーファから目を逸らし、話を変えるようにフライハイトは本題を告げた。
それこそがレギン達に伝えたかったことだ。
「ザッハーク、ってやつだ」
「ザッハーク…!」
「知っていたのか?」
その反応に今度はフライハイトの方が首を傾げる。
「…トラオア城跡での戦いがあっただろう」
「ああ、俺が参加できなかったアレか」
「ティアマトを倒した後に現れ、ジークフリートを殺した者がそいつだ」
「…何? ジークフリートが?」
しばらく王都から離れていた為、その情報は知らなかった。
レギン達の様子から何かあったのでは、と予想してはいたがジークフリートが殺されていたとは。
「殺された所を見た訳では無いけど、ずっと行方不明なのよ」
トラオア城跡にジークフリートを残してから五日経っている。
通信機を持っているジークフリートからの連絡は一切なく、生存は絶望的だった。
ジークフリートと戦っていた筈のザッハークが無事な姿でフライハイトの前に現れたことから考えるに、恐らくは殺されてしまったのだろう。
「お前はよく無事だったな」
「俺も結構ヤバかったんだけどな」
そう言ってフライハイトは腰に下げた剣を見下ろす。
それは魔剣では無く、宝石の剣。
ヴィーヴルが魔力で作り出した魔剣を超える剣だ。
コレが無ければ恐らくはフライハイトもジークフリートと同じ運命を辿っていただろう。
「だが、仕留めることは出来なかった」
「………」
「止めを刺そうとした時、アイツが何故か嗤っていたのが気になってな。咄嗟に手足を斬ってその場から逃げることを選んだ」
その笑みに嫌な予感を覚え、狙いを心臓から手足に変えてザッハークの動きを止めようとした。
決着を付けることは出来なかったが、ヴィーヴルを連れて逃げ出すことは成功したのだ。
「その判断は間違いで無かったと思うぞ。奴は、心臓を破壊しても死なない」
「チッ、やっぱりそう言う類の能力か」
己の急所である心臓を庇おうともしなかったのは、そう言う理由からか。
むしろ、至近距離で心臓を貫けば返り血でフライハイトの方が敗北していただろう。
「つーか、心臓を潰しても死なないなんてどういうからくりだ?」
「さあね。そっちの子は、何か知らないの?」
「………」
ちらりとエーファはヴィーヴルに意見を求めるが、ヴィーヴルは何も答えない。
「ヴィーヴル」
「…ん。知らない」
フライハイトが声を掛けると渋々と言った様子でそう答えた。
無口なのは相変わらずだが、フライハイトにだけは多少心を許しているように見える。
「同じ六天竜と言っても、顔を合わせることなんて、百年に一度くらい、だから」
「そう言うものか」
「…むしろ、ザッハークに竜紋を与えた、ファフニールの方が、詳しい筈」
「そう言われてもな………ん? 竜紋って俺が与えたのか?」
ここに来て初めて聞く情報にレギンは少し驚いた。
「そう。六天竜は、全員ファフニールの竜血を与えられている。それが、竜紋」
ヴィーヴルの頬にダイヤマークのような竜紋が浮かぶ。
忠誠の証にして、邪竜の力の一片。
六天竜が他の竜と別格として扱われる理由の一つだ。
(俺の竜血、か)
「でも、ザッハークは最も若い六天竜。たった五百年しか生きていない子供。昔は、今ほどの力を持っていなかった、と思う」
「…五百年生きた竜が子供扱いか」
千年以上生きた竜が半数を占める六天竜らしい発言だった。
本人の性格上、戦闘経験が殆ど無いヴィーヴルから見てもザッハークは弱い竜だった。
それがドラゴンスレイヤー最強のジークフリートを倒す程まで力を付けたのは、やはりリンドブルムとティアマトを喰らったからだろう。
「…だけど、どれだけの魔力を取り込もうと、死を克服できる筈がないわ。だってその魔力の核となっているのが心臓なのだから」
エーファは冷静に告げる。
例えファフニール以上の魔力を得たとしても、その核となっている心臓を破壊されれば死ぬ。
肉体を維持できなくなり、溜め込んだ魔力は霧散して消えるだろ。
だから、ザッハークの不死性はその魔力とは無関係だ。
「そう言えば…」
「何だ? リンデ」
「いえ、実は前に王都でザッハークと会ったことがあるのですが」
王都がネーベルに襲撃された時の話だ。
リンデが初めてザッハークと出会った日でもある。
「その時に、あの人は私のことを『ラインの乙女』と呼んでいて」
「ラインの乙女?」
「ええ、意味は教えてくれなかったのですが」
次に会う時に聞こうと思っていたのだが、状況的に聞くことが出来なかった。
「フライハイト、何か知っているか?」
「さあ、何かリンデの体質と関係があるのか?」
首を傾げてフライハイトは視線を巡らせる。
「…ヴィーヴル?」
そこで気付いた。
何やらヴィーヴルが驚いた顔をしていることに。
普段の表情からすれば珍しいくらい驚愕を顔に浮かべている。
「ラインの乙女? まだ百年、経っていないのに?」
「何か知っているのか? ヴィーヴル」
「………」
口元に手を当て、ヴィーヴルはリンデの顔を凝視する。
様子がおかしい。
それだけ、ラインの乙女と言う存在はドラゴンにとって重要な存在なのだろうか。
「…ラインの乙女は、六天竜なら誰でも知っている伝説の存在」
リンデの顔を見つめながら、告げる。
「古代から存在する、最初のドラゴンスレイヤーとなった者だよ」