第九十四話
「ドラゴンスレイヤーだとォ?」
ヴィーヴルを庇った男を見て、ザッハークは訝し気な顔を浮かべた。
「馬鹿かお前? 何故ドラゴンスレイヤーがドラゴンを庇う?」
ザッハークの言葉は当然の疑問だった。
ドラゴンスレイヤーであるからにはザッハークと敵対するのは当然だが、何故ヴィーヴルを助けるのか。
助けられたヴィーヴル自身も疑問に思っているのか、ぼんやりとフライハイトの背を見つめていた。
「全くだ、俺自身も馬鹿なことをしていると思っているよ。これじゃあ、エーファやリンデのことを馬鹿に出来ねえな」
苦笑を浮かべてフライハイトはその言葉を認める。
今のフライハイトは正しくない。
ドラゴンスレイヤーとして、間違ったことをしているのだろう。
「だが、傷付いた女を見捨てろ、とは師に習わなかったものでな」
フライハイトの脳裏に、いつかの男が過ぎる。
誰よりも憧れた男が、目に浮かぶ。
彼ならば、きっと自分と同じことをしただろうと言う確信があった。
「例えこの女を見殺しにした上で英雄と呼ばれようと! それは俺の憧れた英雄じゃねえってな!」
紅く染まった剣を片手に、フライハイトはザッハークへと迫る。
「ハッ、下らねェ! 人間如きが英雄だの何だのと!」
泥土から生み出した大蛇の首がフライハイトへ襲い掛かった。
「お前達は俺を愉しませる道具に過ぎねえんだよォ!」
「滅竜術『紅剣脈動』」
フライハイトの魔力が剣に宿り、強化を施す。
「『レベルⅡ』」
二つ名と同じく、真紅に染まった剣は一太刀で大蛇の首を刈り取った。
斬り落とされた首の断面から鮮血が舞う。
(返り血、か)
それを見たフライハイトは攻撃の手を止め、返り血を浴びないように身を退いた。
(ヴィーヴルに外傷は無かった。その身体に触れていたのは奴の血だけ)
戦いを続けながらも、フライハイトは思考を巡らせてザッハークの能力を分析する。
その性質、その限界を見極める。
(竜血を浴びせた者を弱体化させる力。体に流れる血液全てが強力な呪いを含む猛毒…!)
厄介、と言う次元の話では無い。
返り血一つ浴びずに敵を斬り殺す必要がある。
「どうしたァ! 威勢が良いのは口だけかァ! ビビってんじゃねえぞォ!」
返り血を浴びないように付かず離れずの距離を保つフライハイトに、ザッハークは叫んだ。
ザッハークの狙いは己の竜血を浴びせること。
だからこそ、フライハイトの攻撃を誘っているのだ。
その他者を馬鹿にして煽るような言動も、その戦闘スタイル故かも知れない。
相手に攻撃されることで最大限効果を発揮する能力故に。
「『レベルⅢ』」
フライハイトは『紅剣脈動』の強化を一段階上げた。
剣に込められた膨大な魔力が可視化し、赤い霧となって刀身を包む。
「切り裂け!」
振り上げた剣を纏う赤い霧が回転する。
刀身を中心に真紅の魔力が渦を巻き、収束していく。
「『屠竜飛刃』」
真紅の斬撃が大気を裂いて放たれる。
振り下ろされた剣から解き放たれた一撃は、ザッハークの生み出した大蛇を全て断ち切り、ザッハーク自身の体をも切り裂いた。
「キ、ヒヒ…キヒヒヒ! 痛えじゃねえか」
「チッ…」
ザッハークの浮かべた笑みを見て、フライハイトは大きく舌打ちをした。
浅かった。
フライハイトの刃は確かにザッハークに届いたが、止めを刺すには至らなかった。
「ならもう一度だ」
再びフライハイトは剣に魔力を込める。
一撃で仕留められないのなら、倒すまで続ければ良いだけの話だ。
フライハイトは赤い霧を纏う刀身をもう一度ザッハークへ向ける。
「キヒヒヒ! そう何度もチャンスが残っているのかァ?」
「………」
「気付いているんだぜェ? お前のその剣が、魔剣じゃねえってことにはよォ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべてザッハークは言う。
その視線はフライハイトの握る剣に向けられていた。
「ただの鉄の剣! そんな物に無理やり魔力を流して強化して! 一体いつまで持つかなァ?」
元々フライハイトの『紅剣脈動』は武器に強い負担を与える術だ。
魔石で作られた魔剣であっても、何度も使えば壊れてしまう程。
鉄の剣では、限界はより早く訪れる。
「今の斬撃。あと何発撃てるかなァ? 一発? 二発? それとも…」
「その不快な口を閉じやがれ! 『屠竜飛刃』」
ザッハークの嘲笑を遮るように、フライハイトは剣を振り下ろす。
例えザッハークの指摘が事実だとしても関係ない。
剣の限界よりも早く、ザッハークを仕留めるだけだ。
「答えは、ゼロでしたァ!」
「な、に…?」
パキン、とフライハイトの手にした剣が砕け散る。
たった一発。
先程の斬撃を放った時点で、剣は限界だったのだ。
「俺の血に触れた物は弱体化する!」
「!」
「それは無機物であっても同じなんだよォ! ヒャハハハハ!」
最初の一撃目、フライハイトは大蛇の首を剣で断ち切った。
返り血を浴びないように気を付けてはいたが、流石に剣に血が付着することは避けられない。
その瞬間からザッハークの呪いは剣を蝕んでいたのだ。
「キヒヒヒヒヒヒ! ヒャハハハハ!」
狂ったように嗤いながらザッハークはフライハイトに迫る。
武器を失ったフライハイトにもう戦う術はない。
「『ブレス』」
その時、フライハイトの後ろから声が聞こえた。
ヴィーヴルだ。
言葉と共にその口から輝く結晶が放たれる。
宝石を削り出して作ったようなそれは、剣に似た形をしていた。
「それを、使って!」
「ッ! 滅竜術『紅剣脈動』」
フライハイトの魔力を帯びて、宝石の剣は真紅に染まる。
「『レベルⅣ』」
刀身に真紅の棘のような物が浮かび、大きく変化する。
ヴィーヴルの魔力によって生み出された宝石は、魔剣よりも尚硬い。
本来なら武器を壊してしまうフライハイトの強化を使っても、ひび一つ入らない。
「これが最終段階だ! くらえ!」
フライハイトは竜殺しの魔剣と化した剣を振るう。
「…キヒヒ」
ザッハークはそれを嘲笑を浮かべて眺めていた。
「さて、これからどうするか」
王都にて、レギンはリンデと二人で歩いていた。
会議は結局、殆ど分からず仕舞いで終わった。
グンテルは国王へ報告に向かうと席を立ち、レギン達も解散となったのだ。
具体的なことが決まれば連絡するとは言われたが、今の所はこちらから仕掛けることは禁じられている。
そもそも、ザッハークが未だトラオア城跡に居るとも限らない。
どちらにせよ、今のレギン達に出来ることは何も無いのだ。
『おい。おい、レギン…!』
「ん? 誰だ?」
突然懐から聞こえた声に、レギンは首を傾げた。
『フライハイトだ。それより今は王都に居るのか?』
「ああ。そう言えば、お前には伝えていなかったな。今ドラゴンスレイヤーは全員王都に…」
『ドラゴンスレイヤー全員? なら丁度いい。俺もこれから王都に………』
そこでフライハイトは言葉を詰まらせた。
『あー、駄目だ。俺は王都に行けない』
「何かあったのか?」
『…そうだな。二日後、ルストの街に来てくれないか? そこで会いたい』
何やら事情がありそうな口ぶりなフライハイトに、レギンはますます訝し気な顔を浮かべる。
「…よく分からんが二日後にルストに行けばいいんだな?」
ルストなら王都からそれほど離れていない為、問題が起こってもすぐに王都に戻れるだろう。
そう考え、レギンはフライハイトの言葉に頷いた。
『ああ、頼む。また連絡する』
フライハイトは一方的にそう言うと、通信を切ったのだった。