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黄金のドラゴンスレイヤー  作者: 髪槍夜昼
五章 悪竜
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第九十話


(手応えは、あった…!)


レギンは剣を握る手に力を込める。


ティアマトの時のような偽者では無い。


手にした剣から伝わる感覚は、確かにザッハークの心臓だ。


「キキ…キヒヒヒヒ」


にも拘わらず、ザッハークの余裕は崩れない。


胸を刺し貫かれながら、嗤い続ける。


「ッ!」


その悍ましい笑みを見て、レギンは剣を引き抜いた。


途端に噴き出すザッハークの赤い血が辺りに飛び散る。


「ヒャハハハハ! 俺を殺したと思ったか? 思ったのかよォ!」


傷口から零れる血を見ながらザッハークは嗤った。


(何故だ。心臓を貫いた筈…!)


急所を貫かれた筈なのに、ザッハークの再生は止まらない。


魔力の核を破壊されていながら、肉体を維持できている。


それはまるで、


リンドブルムと戦った時のレギンのように…


「キヒヒヒ! 竜紋ファフナー。起動ォ!」


レギン達の動揺を嘲笑うようにザッハークの首に刻まれた竜紋が鈍い光を放つ。


「―――求めたのは、零落。強き者、美しき者を、穢し貶める不浄也!」


それは、憎悪と嗜虐の言葉。


己より優れている者を全て否定する呪い。


「泥土よ、呪いとなれ! 我が怨嗟を、世界に刻め!」


流れ続けるザッハークの血が変色する。


赤から黒へ。


泥土の底のような暗色へと血潮が濁る。


「『フェアフルーヘン』」


「!」


ザッハークの竜紋が発動した時、レギンは手にした剣を取り落とした。


思わず己の手を見つめ、驚愕に目を見開く。


「コレ、は…!」


四肢に、力が入らない。


ティアマトの時のように重圧を感じる訳では無い。


全身から『何か』が失われた。


魔力よりも最も根源的な物。


生命そのものが削られたような気分だ。


「レギン! どうし…」


「近付くな、エーファ!」


その異常の正体に気付いたレギンが叫ぶが、僅かに遅かった。


「お前も、味わいな!」


駆け寄ったエーファに対し、ザッハークは自身の腕を切り裂く。


傷口から噴き出す黒い竜血を、エーファへと浴びせた。


「くっ…あ…!」


毒々しい血を被ったエーファは、体を抑えて呻く。


血に触れた部分から段々とエーファの皮膚が変色していった。


「…毒か」


レギンはザッハークを睨みながら告げる。


「違えよ。コイツは呪いだ」


自身に流れる黒い竜血に触れ、ザッハークは言った。


「筋力、知力、精神力、生命力、あらゆる力が低下し、赤子同然まで弱体化させる呪い!」


「呪い…」


「『敵を弱くする』…それが、俺の竜紋『フェアフルーヘン』の能力だ!」


自身より弱い者は嬲り殺す。


自身より強い者は弱者となるまで貶める。


そんなザッハークの歪んだ欲望が形となった竜紋だ。


「キヒヒヒ! こうなれば後は、赤子の手を捻るような物」


舌なめずりをする猛獣のような目で、ザッハークはレギン達を見つめた。


「いやァ、弱い者イジメってのは何度やっても飽きねえよなァ!」


「チッ…!」


レギンは苦虫を嚙み潰したような顔で舌打ちをする。


手足が麻痺した訳では無いが、コレでは同じような物だ。


腕が剣の重さに耐えられない所か、握力さえ失われて握ることさえ出来ない。


この呪いは時間が経てば治るのだろうか。


それともザッハークが生きている限り永遠に持続するのか。


「ヒャハハハハ!」


「くそっ…」


対応策を考えるにも、抵抗するにも時間が足りない。


そもそも、心臓を貫いても死なないザッハークとどうやって戦えば…


「『魔竜剣・壱式』」


その時、レギンとザッハークの間に入るように炎の斬撃が放たれた。


「血を浴びれば呪われると言うなら、血の一滴さえ残らず焼き払ってしまえばいい」


炎を纏いながら現れたジークフリートは魔剣をザッハークへ向ける。


「ハッ! そう来ると思ったぜェ!」


黒い竜血を撒き散らしながら、ザッハークはジークフリートから距離を取った。


三つの首が口を開き、光を収束する。


今までに何度か見た、ブレスを放つ構えだ。


だが、


(どこを、狙って…?)


レギンはそれを見て訝し気な顔をする。


光を収束するザッハークの顔は、ジークフリートに向けられていなかった。


それが狙っているのは、ジークフリートでもレギンでも無い。


その後方で、戦いに交ざることが出来ずに見守っていた者。


この場に居る者の中で、最も無力な者。


ザッハークが何より好む弱者。


「…ッ」


「リンデ!」


レギンが叫んだのと、ブレスが放たれたのは同時だった。


暗色のブレスは大地を削り取りながら、真っ直ぐリンデの方へ向かう。


レギンは急いで走り出そうとするが、足が動かない。


エーファも同様だ。


「キヒヒヒヒヒヒ! ヒャハハハハ!」


ザッハークの嗤い声だけが、辺りに響いた。


「………」


巻き上げられた土煙がリンデの姿を隠す。


レギンもエーファも、何も言葉を発することが出来ない。


やがて吹いた風が、土煙を取り去った。


「…え」


「な…」


最悪の想像をしていたレギン達の眼に飛び込んできたのは、リンデを護るように立つ男。


ザッハークの狙いに気付いた瞬間から全力で走り、間一髪で間に合った者。


「じ、ジークフリート、さん…」


「…無事かい。リンデ」


カタカタと震えるリンデに、ジークフリートはいつものように笑みを浮かべた。


リンデの身代わりとなってブレスを浴び、酷い火傷を負った顔。


焼け焦げ、炭のように黒ずんだ足。


そして左腕は、肩から先が残っていなかった。


「キヒヒヒ! やっぱり庇ったかァ!」


満身創痍のジークフリートを見て、ザッハークは嗤った。


「知ってんだぜェ? お前がそのガキに執心していることはよォ! ヒャハハハハ!」


だからこそザッハークはリンデを狙った。


それがジークフリートの弱みであると知っていたから。


レギンとエーファは無力化し、残る戦力はジークフリートのみ。


そのジークフリートが重傷を負った以上、もう脅威は無い。


後は弱体化したレギン達と、弱ったジークフリートを嬲り殺すだけだ。


「…滅竜術『白斑煙クヴァルム』」


ジークフリートは残った右腕で魔剣を振るった。


放たれるのは炎では無く、煙。


ダメージは無いが、一時的に敵の視界を塞ぐ白煙だ。


「さて、これで少しは時間が稼げるかな」


「ジークフリートさん、傷が…!」


「…これくらい大丈夫さ。だからそんな顔をしないでくれ、リンデ」


今にも泣きそうな程に顔を悲痛に歪めたリンデに、ジークフリートは落ち着いた声で言う。


責任を感じるリンデを宥めるように。


「俺は、嬉しいんだ」


「嬉、しい…?」


「ああ、あの時は失敗したが、今回は成功した」


あの時、とはクリームヒルトの時のことだろう。


ジークフリートはかつてクリームヒルトを護れなかった。


目の前で、その死を見届けた。


「君は、クリームヒルトじゃない。だけど、本当にアイツに似ているんだ。君に出会った時、まるでアイツが生き返ったような気分だった」


愛おしそうに視線を向けるジークフリートの眼は、リンデを通して失った少女を見ているようだった。


「今まで、後悔と喪失感だけで生きてきたが、君を護れたなら今まで生きてきたことも無意味では無かったかもしれない」


「ジークフリートさん…?」


その言葉にリンデは嫌な予感を覚えた。


それはまるで、死地へ向かう戦士のような。


命尽きる最期に自身の価値を見つけたような。


「ジークフリート! お前は…」


「レギン、か」


駆け寄ったレギンに向かって、ジークフリートはリンデを預けた。


「レギン、エーファ、リンデ。ここから逃げろ」


ジークフリートは真剣な表情でそう告げた。


「俺が時間を稼ぐ。その間に皆は王都へ戻るんだ」


「そんなの…!」


エーファが悲痛な声を上げる。


今のジークフリートが一人でザッハークを倒せる筈がない。


ここに一人残ると言うことは、犠牲になると言うことだ。


「どのみち、今の状況では俺達に勝ち目はない。なら君達は王都へ戻って他のドラゴンスレイヤーと合流するんだ」


今のままでは勝てない。


ザッハークの不死性の正体も、能力の限界も分かっていないからだ。


だが、三人を逃がして時間を掛ければ、きっと倒す方法が見つかるとジークフリートは信じている。


「ジークフリートさん!」


「…泣かないでくれ。君の顔が曇るのは、辛い」


苦笑を浮かべてジークフリートは言った。


「………」


レギンは無言でジークフリートの顔を見つめる。


その決意は固い。


例えどれだけの言葉を尽くしても、ジークフリートは意見を曲げないだろう。


これこそが最善だと確信している。


「行け!」


「…分かった」


苦い表情でレギンは重々しく頷く。


弱体化した体を魔力で無理やり動かし、涙を浮かべるリンデの手を掴んだ。


「死ぬなよ」


意味の無い言葉だとしても、レギンはそう告げる。


「…ああ」


ジークフリートもまた大きく頷いた。


その意味が無かったとしても。


「ッ」


その会話を最後に、レギン達はジークフリートに背を向けて走り出したのだった。

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